caffè e llatte
この部屋は、窓から日差しがよく入る。
ここのマンションは世間でいう『タワマン』で、私の住む家は28階にある。
一応、夜はカーテンを閉める日もあるが、土日は私は朝も夜もほとんどカーテンは閉めない。
そうすると、朝日で目が覚めることができるのだ。
28階の高さともなると、窓越しに目が合う、なんてことはまず有り得ない。
マンションの構造上、真ん中は吹き抜けになっていて、その周りを囲むように玄関が並んでいる。
窓はどの部屋もみんな、
外に向かって作り付けられているのだ。
誰かと目が合おうものなら、それは、
お祓いでもしてもらって盛り塩でもした方がいいだろう。
私が休みの日に目が覚めるのは大体朝の10時過ぎだ。
父と母はもう仕事という名の遊びに出掛けている。
あの人達と顔を合わせる時間なんて正直ほとんど無かった。
別にいいけど。
会ったところで話すことなんて何も無い。
継美と会うのは12時きっかりということになっている。
でもきっと彼女は、メイクだの洋服だのバッグだの何だのって、結局時間通りには来ないだろう。
だから、私は12時半を目安にカフェに着くように準備する。
幼馴染というのは、まぁ、腐れ縁…と字にしてみるとなんだか嫌な感じがするけれど、
私達は特に何も気を遣うこともなく、自然体でお互いのことをわかり合えているのが、とても心地よかった。
この16歳とかいう、なんとも面倒臭そうな時期に、
そういう『友人』と呼べる相手が一人でもいることは、
とても恵まれていることなのかもしれない。
私はベッドから出て洗面所へ行き、顔を洗って歯を磨いた。
好きでも嫌いでもない、自分の顔。
『メイク』とか『ヘアアレンジ』とか『ネイル』とか、
『ブルベ』『イエベ』とか、
私は全く興味を持てずに、そしてその言葉達さえも私の前をするりと通り過ぎていくような、そんな気さえする。
とりあえず、日焼け止めを塗って、寝癖を水道水で濡らして髪に櫛を入れる。
唯一拘っているのは京都で親戚が買ってくれた『つげ櫛』で髪を研ぐことだ。
セットで椿油も貰ったが、匂いがあまり好きではない…でも、
私はそのオイルを数滴、掌に垂らして体温で温め、
毛先から髪全体につけていく。
『髪はね、女の命なのよ』
そう言って私の髪を撫でる叔母を思い出す。
大好きな叔母は去年の春、乳癌で亡くなってしまった。
綺麗な、端正な顔立ち、という言葉がとてもしっくりくる、
だけど仕草がなんとも可愛らしく上品な、
細やかな気遣いのできる優しい女性だった。
強いて言うなら、あんな女性になってみたいけれど。
近しい存在だった為、たまにそんなことを思ってみたりするが、それがどれだけ高望みで難しいことなのか、
大人に近づくにつれようやく理解し始めたのだった。
濡らした髪はそのままに、
ドライヤーもせずに部屋に戻った。
パジャマ代わりのTシャツとハーパンを脱ぎ捨て、素早く黒と白のボーダーのブラトップを着る。
ジーンズを履いて、ベルトを締めて、
ブラトップの上から白シャツを羽織る。
出来上がり。
暑いから今日はサンダルで行こう。靴下履かなくていいから楽だし。
小さめのリュックに、
財布と、スマホと、家の鍵と自転車の鍵、
ハンカチ、ティッシュ、除菌スプレー、
アレルギー用の目薬と鼻炎スプレーに薬用リップクリーム、
そしてミンティアと、
忘れちゃあいけない、マルメンとライター。
まだ待ち合わせには(12時半の方)少し早いけど、
家にいたところでどうしようもなかった。
私は自分の顔も服も鏡で確認することもなく、
サンダルを引っ掛けて玄関のシューズボックスから折りたたみ傘を拾い、
勢いよくドアを開けた。




