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何を仰っているの?

作者: 夏月 海桜

 もう、我慢ならない。

 なんで俺がこんな思いをしなくてはならないんだ!

 おかしいだろう! そもそも俺とあの女じゃ、俺の方が身分が上なんだぞ!


 ……そうか。俺の方が身分が上だ。だったらもう我慢する必要なんて無いだろう。親が勝手に決めた婚約なんだ。俺が勝手に破棄しても良いはずだ!


 なんだ、そうか。そうだよな! 大体、なんで俺が身分の低いあんな女に我慢をさせられていたのか、さっぱり解らない。我慢するならあっちだろう! ああ、我慢をしてやっていた俺は、なんて心の広い男なんだ。自分の心の広さと優しさに自分で拍手と称賛を浴びせたいよ! さすがに周りに俺を褒め称えろ! なんて傲慢に思われるだろうから言わないが。もしも周りが俺の内心を知ったら、自然に俺を褒め称えてくれるはずだ。


 そう、それくらい俺はあの女に我慢をしてやっているのだからな!


 俺はあの女を探す。広い学園内だから探すのも一苦労だ。


「チッ。この俺様が探しているのだから、見つかる場所に居ろよ! それくらいはしやがれ、婚約者だろ!」


 舌打ちと悪態を吐きながら俺はあの女を探し続けて……見つけた。この俺が探していたというのに、呑気に友人達と笑って昼食を摂っている。腹が立つ。この俺が探してやっていたんだぞ!


「おいっ! お前っ!」


 怒りに任せて俺が呼びかければ、一応俺の婚約者とその友人達が一斉に俺へと視線を向けて来た。一応俺の婚約者は、俺を見るなり首を傾げて挨拶もしない。本当に無礼な女だな! 婚約者に挨拶もしないとは、コイツの家ではどんな教育をしているんだ! まぁいい。俺はコイツに婚約破棄を突きつける!


 泣いて縋って謝罪をして来るくらいじゃないと、許してやる気は無いがなっ!


「お前! 俺は我慢がならないからな! お前との婚約は破棄するっ! 全く、この俺様の婚約者だと言うのに、交流のための茶会一つ連絡を寄越さない。俺様の誕生日にプレゼントも寄越さない。入学してから全く会いに来ないし共に過ごそうという意思も見えない。貴様は、俺様の婚約者だという自覚は有るのか!」


 ふんっ、とうとう言ったぞ! 入学してから1年。全く手紙すら寄越さない婚約者なんて俺様が叱らなくてはならない。これで反省して心を入れ替えなければ、本当に婚約破棄をしてやらねばな! ここまで言えば、少しは理解するだろう。


「……失礼ですが。何を仰っているの?」


「何を仰っている、だと?」


 この俺様が、こう言っているんだから此処は泣いて縋って謝罪をする所だろう! 何を冷静になっているんだ!


 俺の婚約者は、溜め息を吐きつつ昼食を共に摂っていた友人達に一礼してから、座ったままで俺に言葉を紡ぐ。


「左様にございます。そもそも、私と貴方様の婚約は学園に入学する前に、解消となっております」


「な、何っ⁉︎」


「何故、ご存知有りませんの? 貴方様のお父様とわたくしのお父様が結んだ仮婚約は、両家の当主の意向により解消されておりますのよ?」


「婚約が解消? 仮婚約? お、俺は何も知らされていないぞ!」


「そう仰られても……お聞きになられていなかったのでは?」


「な、なんだと⁉︎」


「貴方様のお父様は我が父より今でこそ爵位が上ですが。元々は我が父と同じ男爵位の方でした。我が父は嫡男。貴方様のお父様は次男でございまして、貴方様のお父様は学園を卒業後平民になられる事が確定しておりました。ただ、学園在籍中に貴方様のお母様に恋をされて。貴方様のお母様が婚約者を亡くしていた事も有り、トントン拍子に婚約しご結婚されたわけです。貴方様のお母様は跡取り娘で、我が父より爵位が上だったから、貴方様のお父様も貴方様も爵位が上になられましたけれど、貴方様のお父様は我が父との友情に感謝して、お互いに子が生まれて男女だったならば婚約でもしようか、という気軽さで婚約を交わしました。


但し、貴方様のお父様も我が父も学園在籍中に恋人が出来る可能性を考えて。確実に婚約をしてしまうと、解消するのも大変なのであくまでも仮の婚約という形。我が家と貴方様の家は、交流は有っても政略的な意味合いを持つものは無かったので、仮婚約でも何の問題も無かったのです。そんなわけで、わたくし達にお相手が他に見つかったなら仮の婚約は解消しよう、という事になりました」


 俺は、淡々と説明されていく内容を理解出来ない。仮の婚約? お互いに他に相手が見つかったら解消?


「つまり、お前は俺以外の男と浮気をしていたのかっ!」


「何故、そうなりますの。他に好きな方が見つかったら婚約を解消出来る、というお話ですから浮気になるわけが無いでしょう。それと、わたくしと貴方様との婚約が解消されたのは、寧ろ貴方様の問題です!」


「はぁ⁉︎」


 俺様の問題だと⁉︎ 俺様の何が問題だというのだ! 俺様が口を開く前に俺の婚約者がまた溜め息をつく。


「先ずは、その態度ですわ。貴方様の家が我が家より爵位が上だとしても、貴方様ご自身の努力では無いのです。あくまでも、貴方様のお母様が子爵家の跡取り令嬢だっただけ。貴方様はその身分を笠に着ているだけです」


 母上が子爵令嬢だったなら、俺だって子爵子息なんだから、威張っても当然だろう!


「ああ、良くいらっしゃいますわよね。ご自身は何一つ努力していないのに、身分が良いからと言って威張り散らす勘違い男」


 婚約者の友人の1人がそんな事を言い出した。と思ったら。


「そうそう。自分の手柄でもないのに、家柄が良いだけで、ただの子息にも関わらず、自分は偉いと勘違いしている男ですわね」


 更に別の友人がそんな事を言い出す。


「身分が上とか威張る前にご自身の言動を振り返るべきですわよね」


 また更に別の友人……なんなんだよ! 俺はそんなに酷い事をしているのか⁉︎


「まぁ皆様、落ち着きになって? 貴方様との婚約を解消した理由ですが、先程も言ったように威張り散らしておられるし、わたくしの名前すら呼ばずに“お前”と呼びかけ。わたくし“お前”では有りませんことよ。その上、いつもご自身を俺様と敬称付き」


 此処で婚約者が一息ついた途端。


「まぁ、名前も呼ばないなんて、名前を覚える頭が無いのかしら」


「きっと、名前を知らないのよ」


「あらもしかしたら名前を呼ぶのが恥ずかしいのかもしれませんわよ?」


「名前を呼ぶのが恥ずかしくても“お前”は有りませんわ。あなた、と呼びかけられるのなら納得出来ますけれど」


「それもそうですわよね。お前、なんて何様のつもりかしら? あ、“俺様”のつもりでしたっけ?」


「あらあら」


 うふふふふ……と婚約者の友人達が一斉に笑って来て、俺は恥ずかしさと怒りで全身が熱くなり震えが来る。怒鳴り付けようと息を吸い込んだところで、また婚約者が友人達に声を掛ける。


「まぁ皆様落ち着きになって? この方、あまりに正論を突かれると理不尽にお怒りになられて怒鳴り声を上げますのよ」


「まぁなんて野蛮な」


「わたくし、聞いた事が有りますわ。そのような方は外国ではモラハラと言うのですって」


「モラハラとはなんですの?」


「モラル・ハラスメントという言葉が語源で陰湿な嫌がらせなどで相手の精神にダメージを与える事らしいですわ」


「まぁっ。物理的な暴力を振るうだけでなく、言葉などで嫌がらせをする行為にもそのような言葉が有るのですわね! 初めて知りましたわ!」


 婚約者の友人達の発言に俺は口を噤んだ。此処で怒鳴り声を上げれば、モラハラだと非難を浴びるのは目に見える。そんな事はしていないと言うのに!


「まぁ皆様ったら。でも、そうですわね。当たり前の事を指摘しただけで怒鳴り声を上げられる貴方様のご性質も、わたくしが仮婚約を解消した理由の一つですわ」


 婚約者が友人を宥めつつ、俺を見る。怒鳴り声を上げた事は……残念ながら有るから、反論が出来ない。俺が何も言わない事で、更に婚約者が続ける。


「その上、入学前の定期的な交流会で貴方様は、いつも他の茶会や交流会で出会ったご令嬢の話ばかりして、わたくしと比べておりましたでしょう? 挙げ句の果てに、他所のご令嬢方を褒めながらわたくしを貶して、お前ももう少し褒められる令嬢になる必要が有る、とばかり。最初はそんなにもわたくしはダメな女かしら……と思っていましたけれども、お父様もお母様もそんな事は無い、と否定して下さいましたし、良く良く考えてみれば、わたくしを貶してばかりの貴方様の言動や振る舞いは、わたくしを貶すより先に改めるべきでは無いかしら? と思いましたら、貴方様と婚約を続ける理由なんて無いと思いましたのよ」


「お前が、他の令嬢達に劣っているのは確かだろうが!」


 さすがに自分のダメな部分を俺の所為にするとは……と声を荒げる。


「まぁ! 本当に怒鳴り声を上げましたわよ!」


「それどころか、ご自身の言動や振る舞いを省みずに婚約者の悪い部分を指摘し論うなんて……」


「というか、そもそも何も悪い部分なんて有りませんわよね。何を根拠に、何を見て、そのような的外れな事をされているのかしら」


「そもそも、婚約者の前で他の女ばかり褒めて婚約者は貶すだけって、誰が婚約者なんですの? と尋ねたいですわよねぇ」


 俺が声を荒げただけで婚約者の友人達が一斉に非難してくる。本当になんなんだ!

 それに、婚約者の悪い部分を指摘し、直させる事が俺の婚約者としての務めだろう!


「ええ。わたくし、仮婚約期間中、一度としてこの方に褒められた事なんて有りませんのよ」


 婚約者が友人達に訴え、友人達が「まぁ、有り得ませんわ!」 などと言うが、褒められたいなら褒められるような言動や振る舞いを心がけるべきで。俺を立てる事も出来ないこの女が悪いはずだ!


「おまけに、女は黙って男に従うべきだから、お前も俺の言う事を聞いておけ、とか。あの令嬢は顔が良いが胸が足りないだの、この令嬢は顔は普通だが胸がデカいだの、とわたくしに聞こえるように仰るのよ。下品極まりないですわ! ですから、そこまで他のご令嬢が宜しいという事は、別にお相手が居るようなもの、と判断致しまして、わたくしのお父様と貴方様のお父様に連絡し婚約解消の手続きを致しましたの。正当な理由だ、と貴方様のお父様はご理解下さいましたわ」


 はぁ? 女が男の言う事に従うのは当然だし、胸のデカい、小さいは、男として当然の事だろ⁉︎


「まぁっ! 皆様、お聞きになられました? 男の言う事に黙って従え、という考えは、先程お教えしたモラハラに当て嵌まりますわ!」


「確かに当て嵌まりますわね! それどころか、他のご令嬢を褒めるだけでなく、顔や身体付きについて言及するなど、破廉恥ですわよ! しかも婚約者に言う事では有りませんわね! 女の格付けなんて、女を馬鹿にしていますわ!」


「そうそう、そういった破廉恥な発言も外国ではセクハラと言うそうですわ! セクシャル・ハラスメントと言って、性的な事を持ち出して嫌がらせ行為をする事を言うそうですの!」


「まぁっ。外国には素敵な言葉がございますのね! でも、これで仮とはいえ婚約を解消した理由はお解りになられたのでは? 此処まで説明されて、それでも自分は悪くないって思うのでしたら、女の格付けをする前に、ご自身の顔や身体付きを鏡で見直すべきですわよ。そんな格付けが出来る程、良い男なのかしらね!」


「まぁ、皆さま……。わたくしが言いたい事を代わりに仰って下さり嬉しいですわ。さて、これで仮婚約を解消した理由がお解り頂けましたかしら? そして、学園の入学前に解消したというのに、全く知らなかったという事は、それだけわたくし自身に何の興味も無かったのでございましょう。何しろ、もう入学して1年が経つというのに、今更こんな事を仰るのですから。興味の無いわたくしなど放って置いて、新しくお相手を探して下さいませね。……尤も、これだけの方の前で醜態を晒したのですから、お相手が見つかるのかどうかは知りませんが」


 婚約者の指摘で周囲を見回すと、沢山の人が俺に注目している。既に、俺が勘違いして未だに婚約をしている、と思い込んで威張っていたのも、婚約者……元だったらしいが……やその友人達から色々と言われた事も見られていた、と考えるべきで。


 俺は、今更ながら周囲の視線に気づかなかった自分に恥じ入った。視線から逃れるように慌てて食堂を出る。今後、この食堂を俺が利用することは出来ないだろう。


 そんな俺は、だから、元婚約者が溜め息をついて呟いた事を知らない。


「これで少しは、自分の言動や振る舞いや態度を改めて、別のお方とは上手くいく事を元婚約者として願いますわ。……恋情は無かったですが、それでも少しは友情くらい持ち合わせていましたのよ、さようなら」





(了)

お読み頂きまして、ありがとうございました。

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