98 イルミナート3
カラフルな丸い菓子が等間隔に並べられている。
ぶつかって壊れないよう、緩衝材のようにまわりを何かがおおっているが――もしやこれはパンか。
こんなパンの使い方は考えたことがなかった。
食品の隙間を埋めるのに下手なものは使えないからだろうが、それにしても妙案だ。時間停止という魔法があるからこそ使える方法といえる。
形に合わせてくり抜いたパンの中、カラフルな菓子は美しく見える。
どれも自然から取った色なのだろう、絵具のような鮮やかさはないが、菓子としては十分な色合い。
デルフィーナはそっと一つを摘まみ上げた。
薄い抹茶色のような、トーンダウンした淡いグリーンのそれを持ち上げてみれば、軽い。
ここにきて、デルフィーナの作っていない、けれど過去世でもお馴染みの菓子にまみえるとは。
震えそうになる手を抑えて、ゆっくり口に運ぶ。
これは、フォークやナイフで割るものではない。
一口で食べられなくても、齧り付く方がいい。
ぼろぼろに崩れてしまうことを考えて、あえてデルフィーナは作法を無視した。
半分ほど齧れば、パリッとした表面の食感と、ねっちりとした内側の食感に、間に挟まったクリームの滑らかさが口の中で広がる。
続いて鼻を抜けた香りは、ピスタチオ。
「んん!」
美味しい。
本当に美味しい。久々に食べたからなおのことそう感じるのかもしれない。
懐かしささえ覚えるそれは――マカロンだった。
ピスタチオがあるのは知らなかった。帝国にはあるのか。
産地で考えれば、南の方がありそうだから、南大陸からの輸入かもしれない。それならバルディでも手に入れられる。
「美味しいです! マカロンをお土産にいただけるとは思ってもみませんでした」
「君はこの菓子を知っているのか」
しまった。
目を瞠ったイルミナートに、失言を悟る。
感動のままに考えず述べてしまったが、せっかくのお土産なのに興ざめだったか。
ひやりとしたデルフィーナの懸念に反して、イルミナートは身を乗り出してきた。
「知っているなら、再現は可能か?」
イルミナートを見て、マカロンを見て、またイルミナートへ目を戻したデルフィーナは、少し考えてから頷いた。
「全く同じものにはならないと思いますが、似たものは作れます。材料の関係で、味は作れないものが多少あります。それでもよろしければ」
デルフィーナの答えは合格だったようだ。イルミナートは口角を上げた。
「よろしい。後でもうひと箱届けよう。君お抱えの料理人達に与えて再現させなさい」
「――かしこまりました」
決定事項のように言われたが、他に返事のしようがない。
相手は侯爵令息で子爵様。父と同じ爵位を持つ生粋の貴族だ。
たかが子爵家の小娘が逆らえるわけがない。
それに、マカロンはレシピを覚えている。
材料を考えるとアレンジの必要はあるが、なんとかなる。
マカロンを作る予定はなかったから、マカロンのレシピの権利をパスクウィーニ家ないしはイルミナートが主張しても、さして問題ない。
自分達が食べられる分だけこっそり店で作れば、権利を渡してもリベリオ達から文句がでることもない。
レシピひとつで侯爵家嫡男の歓心を買えるなら安いものだ。
先々を考えればイルミナートの好感を得ておくことは大事なことだ。
(あれ? もしかして……)
イルミナートは、王家へたどり着く前の後ろ盾として、理想的なのではないか。
バルビエリ国内の公爵家はその総数に比べて力のある家は多くない。名ばかりの家もあると聞く。
侯爵家も、公爵家同様、領地のある地方では力があっても、王都ではそれほどでもない家が半数以上。
元々数の多くない公侯爵家の中で、きちんと力のある家の、しかも継嗣というのはかなりの立場だ。
そんな人物との伝手は、かなり重要といえる。
アロイスは分かっていたのだろうか。
マカロンの再現が叶うと知って満足げに紅茶を飲んでいるイルミナートへ、なら自分も食べていいよねぇ、と追加分の試食を通そうとしている叔父の姿は、全くそんな風には見えないが。
イルミナートはアロイスを無視して、デルフィーナへ目を向ける。
「どのくらいで出来上がる?」
「そうですね。材料の手配と、幾度かの試作が必要ですので……」
店の休みの時にイェルドに頼むか、それとも家の料理人に頼むか。
コフィアの後ろ盾を願うなら、イェルドに頼む方がいいように思う。
エスポスティ商会はなんだかんだ高位貴族の顧客も多いし、一応王家御用達でもある。
コフィアはロイスフィーナ商会で、エスポスティとのつながりを表には出していないから、未だ知らぬ商人や貴族も一定数いる。――少し調べればわかることなのに、知らないまま悪意を持つ輩もいるようなので、頭の痛い話ではあるが。
コフィアの休みにイェルドと作るなら、二日は確保したい。
週に二回ある定休日の一日を使ってもらうとして、二週は試作にかかる。イルミナートに渡せるのは、その次となるか。
「三週間いただければ助かりますが、お急ぎでしたら二週間でもなんとかなります」
「いや、急いではいない。持ち帰ったマカロンはまだあるし、なにより、留守にしている間にバルディでは色々と菓子が増えたようなのでな」
ふん、と皮肉げに笑うイルミナートに、ちょっぴりデルフィーナは引きつる。
マカロンを待つ間、他の菓子を、新しい菓子を食べるということは。必然的にコフィアをよくご利用いただくということで。
「ええと……もしヴィルガ子爵様がお嫌でなければ、お望みの日にコフィアの席を確保しておきますが」
「本当か?」
キラッと青灰色の瞳が輝く。
「予約が中々取れないと、母も姉も零していたが?」
「それは、申し訳ありません。紅茶を楽しまれるお客様は、ゆったりと過ごされることが多いため、長めにお時間をお取りしています。そのため、予約の数を増やすことが難しく……ですが普段使っていない個室がありますので、そちらでよろしければご利用ください」
二階奥の個室は、スタッフ数の問題と、何かあった時――急な、いと貴き方々のご利用に備えて、普段は使用していない。
部屋自体は毎日清掃してあるし、内装も貴賓室として準備してあるから、侯爵家の方々にご利用いただいても大丈夫だ。
万が一、イルミナート達が使っている時にもっと高貴なお客様がいらしたら、同席をお願いするしかない。
いっそ、イルミナートに菓子の解説をしてもらっても……いや、さすがにそれは不敬か。だが万が一はまず起こらないから、なんとかなる。多分。
「ではその言葉に甘えるとしよう。後で予定を確認して伝えておく」
「かしこまりました」
イルミナートの視線を受けて、彼の侍従が小さく首肯する。
エスポスティ家の執事かアロイスの従者あたりに伝えられるから、後で確認しておこう。イルミナートが店に来る日は、デルフィーナもバックヤードに控えておいた方がよさそうだ。
本来ならもうしばらく歓談に付き合うべきかもしれないが、元々イルミナートはアロイスを訪ねてきた客で、デルフィーナの客ではない。
長居するのは逆によくないと判断して、デルフィーナは席を立った。
「それでは早速、マカロンのレシピ確認をいたしますので、御前失礼いたします」
「ああ。期待している」
デルフィーナの退席を許しつつ、イルミナートは含むところのありそうな、それでいて嫌味は感じさせない笑みを浮かべる。
淑女の礼をとりながら、デルフィーナはそっと俯くと、その視線から逃れるのだった。
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