97 イルミナート2
アロイスが応えると、執事のアマートがワゴンを押して入室してきた。
デルフィーナの空腹具合をエレナから伝えられていたため、彼女の分のティーセットを持ってきたのだ。
イルミナートも水を差された形で、怒りを一旦収めたようだった。
「デルフィーナ、君のセットでイルミナート様に説明をして差し上げて」
アロイスの言葉にデルフィーナは得心する。
アロイスとイルミナートは、デルフィーナが来る前にいくつか食べていて、セイボリーは残っているがスイーツはかなり欠けていた。
「かしこまりました。それでは……どちらに座りましょう?」
「私のとなりに」
同じ向きでセットを見た方が説明は聞きやすい。それがわかっているイルミナートは、間髪開けず自分の横を示した。
ソファはローテーブルを囲んでコの字型に置かれているので、一人がけは空いているが、念のため確認してよかった。これでアロイスの隣に座っていたら、またお怒りを買ったかもしれない。
「……はい」
妙な圧を感じるのは、アロイスへの怒りが未だ残っているためか、甘味への熱意が漏れ出ているのか。
(貴族ってポーカーフェイスが大事なんじゃないのかな? それは場によるのかしら。それとも時代による、とか?)
ぼんやりデルフィーナが考えている間に、手早く執事が空いた皿を下げてデルフィーナのセットと入れ替えていく。
そこには何故か二人分乗っていた。
確かに一人分より二人分の方が、アフタヌーンティのケーキスタンドは見栄えがする。するのだが。おそらくイルミナートの分だとわかるのだが。
アフタヌーンティのセットはかなり重い。空腹時に食べ始めても、食べきるのが大変だったと過去世で経験しているデルフィーナは、己の身体の大きさを考えていつも減らした量で出してもらっている。
説明のためでもあるので、今は減らさずフルで乗っているのは納得できるが、これをイルミナートはおかわりできるのか。
(え、大食漢なの??)
有産階級の令息にはふくよかなタイプも一定数いる。
太るほど食べられる、贅沢ができる証でもあるため、太りすぎていなければ、嫌がられることはない。
一方で、よく身体を動かす――武術や乗馬、狩猟を趣味とするタイプは、引き締まった細身が多い。もっと年を重ねると、筋肉にも幅が出て精悍な体つきになる。
イルミナートは痩身とはいわないが、細めのタイプだ。
その身体に、この量が入るのか。
懸念はしたが、余したらお土産にするお客様もこれまでに多くいた。
もちろん、お持ち帰りになる時は、ご家族の分も、と多めに包むから、それを見越して残す方もいる。
だからまあ心配はないか、と気を取り直して、デルフィーナはテーブル上に視線を落とした。
「紅茶についての説明は必要でしょうか?」
「それは後でいい」
「かしこまりました。では、ケーキスタンド――こちらをケーキスタンドというのですが、それを上から順に参ります」
確認のためとなりを見れば、渋面だった顔は真顔になっている。
変化があったにもかかわらず、相変わらず怖い。美形の真顔はどうして怖く感じるのか。人間味が薄れるからか。
「上段こちらは、フルーツゼリー、キャラメルムース、チーズケーキです」
こういう時に小さな手は、何を指し示しているのかわかりやすくていい。揃えた指先でそれぞれの名前を挙げながら紹介していく。
「中段はエッグタルト、パウンドケーキ、アップルパイ、下段はフィンガーサンドイッチになります」
サンドイッチという名はバルビエリでは使われていなかったが、デルフィーナがわかりやすくしたかったため、コフィアのメニュー名に採用した。エスポスティ家でも使っているため、ほぼ定着した。このまま一般にも浸透してくれたらと願っている。
挟むものは季節によって、また輸入されたもので変わってくる。
「今日のサンドイッチは、ハムとチーズ、レタスとベーコン、鶏卵にマヨネーズですね」
「マヨネーズというのは?」
「私が作ったソースの一種になります」
「ふむ、これもか」
イルミナートはまだ食べていなかったセイボリーに手を伸ばす。
一口で食べて一瞬止まり、咀嚼を続けた。
「なるほどな」
何かしら納得できたようで、残りのサンドイッチも一つずつ食べていく。
一口が大きく、食べるのが早い。が、全く下品ではない。味わっている様子もある。
それなのにあっという間に下段が空となった。
「アップルパイというのは先ほど食べたが、独特の香りがした。あれはシナモンか?」
「そうです。それに、クローブとスターアニスもほんの僅か入れています」
スパイスの配合はイェルドと屋敷の料理長とが、それぞれ別でおこなっている。
そのため店と家で少しずつ違うが、デルフィーナはどちらも好きだ。
「いつもはバニラアイスを乗せるんだけどねぇ、今日は作るのが間に合わなかったかなぁ」
またアロイスが余計なことを言った気がする。
ちょっと痛む頭をデルフィーナは押さえたくなった。
これはあれか。いつも振り回していることへの仕返しか。そうなのか。
にんまりと笑ったアロイスに、サンドイッチで緩んでいたイルミナートの表情がまた曇る。
「バニラアイスとは何だ」
「バニラビーンズで香りづけをした、牛乳と卵を混ぜて凍らせた<アイスクリーム>という氷菓の一種です」
「それをパイに乗せるのか」
「はい。焼きたての上に乗せると、冷たさと熱さとを楽しみつつ、溶けるアイスをクリームソースのようにつけて食べられるので、甘い物がお好きな方ほど、アイス乗せを好まれます」
「なぜ今日は出ない」
「ええと……アイスの作り置きは難しく……」
保存が問題なのではない。
作った端から食べてしまうのだ、皆で。
「急にいらっしゃるからですよぉ。それは次のお楽しみにしてくださいねぇ」
笑顔のまま告げたアロイスに、イルミナートは唇を噛んだ。
それを見たアロイスが小さな声で、勝った、と呟く。
何の勝負なのか。
その後も一頻りそれぞれのスイーツについて説明をしたデルフィーナに、一応満足したのか、イルミナートはフォークを置いた。
「それぞれ味も香りも食感も違って、非常に楽しめた」
満足げに息を吐くと、壁際に控えていた彼の従者へ視線をやった。
「それをこちらへ」
短い一言で、従者は手にしていた箱を運んでくる。彼の両手で収まるくらいの大きさで、持っていることに気がつかなかったくらいだ。
受け取ったイルミナートは、それをテーブルの空いたところ、デルフィーナの近くへ置いた。
「これはな、時間停止をかけておいた、帝国の菓子だ。アロイスへの土産にと用意していたが、君にやろう。アロイスには分けてやらなくていいぞ」
「えぇぇ、それは酷いです」
デルフィーナが答える前にアロイスが声を上げる。
イルミナートはふんと鼻で笑った。
「酷いものか。お前の方が余程酷いだろ」
「デルフィーナの作った菓子と帝国の菓子はそれぞれ違うでしょう、ずるいです」
「ずるくない。お前にはやらん」
「えぇぇ~」
ガクッと落ち込んだアロイスに、イルミナートは小さく、勝った、と呟いている。
だからそれは何の勝負なのか。
気にしないことにして、デルフィーナはテーブル上の箱を見つめる。
化粧を施された箱は、運搬時に欠けるほど繊細ではないが、彫り込まれた細工が美しい。箱だけでも十分贈答品になる。
さすが侯爵家の用意する品。
「いただいてよろしいのですか?」
「ああ。帝国で流行の菓子だ。まだバルビエリにはほとんど入ってきていない。食べてみるといい」
勧められて、食べないわけにはいかない。
出してもらったティーセットは、結局説明している方が多かったため、あまり食べておらずまだお腹には余裕がある。
魔法がかかっている箱は、以前紅茶をブルーノから購入したばかりの頃に、よく開けていたからもう慣れている。
デルフィーナは素直に頷くと、箱の留め金を開けて、蓋を開いた。
「まぁ……!」
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