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92 タコ焼き2




 先走って色々と考えてしまったが、まずはタコ焼きの味だ。

 デルフィーナが思索に耽っている間に、イェルドはしっかりと焼き上げていた。金串で回しながら焼くのは慣れるまで手こずるのでは? と思っていたが、全く問題なかったらしい。

 これだけ器用なのに、クビになってばかりだったとは、本当に怖い顔だったのだろうなと残念に思う。しかし、だからこそコフィアで雇用できたのだから、怖い顔様々か。

 その怖い顔も、練習の甲斐あって、かなりましになってきている。

 しかめっ面ではない真顔で、イェルドは焼き上げたタコ焼きを大皿に乗せ、厨房中央の作業台へ置いた。

 それぞれが食べる用の皿とフォークは、リベリオが既に出していた。


 フォークでは、なんとなく味気ない。

 屋台で売るのなら、小道具での雰囲気作りも大切だ。やはり、竹串や楊枝のような、木の串も作らなくては。

 幸い、金串は調理器具に既にあったので、それを木で、小さいサイズで作ってもらえばいいだろう。

 客に提供する、舟形の皿も必要だ。


「ソースとマヨネーズをかけて、いただきましょう」


 冷める前に食べたいが、令嬢たる身では口を開けながらハフハフ食べるのは行儀が悪いと叱られる。

 だがタコ焼きは熱いうちに味わうべきもの。

 先に、待ちかねている彼らに食べてもらうことにする。


「中が熱いから気をつけてね」


 それぞれ一個ずつ取り皿に取って、一同に行き渡ったのを見て、デルフィーナは頷いた。

 許可が出た、として早速に皆がかぶりつく。


「あちっ」

「はふっ」

「んんっ」


 大きく口に含んだ者は、慌てて口を開けている。

 小さく齧った者は、それでもホフホフと口に空気を送り込んでいた。


「ん、これはまた、不思議な味わいですな」

「とろりとしている中に歯ごたえのある身。ソースの香りと魚の香りが食欲を刺激します」

「キャベツの甘みも感じられて美味しいです!」

「マヨネーズがまろやかさを加えているのか。ソースだけでもよさそうだが、より味わい深くなる感じだな」

「おいしーですー!」


 論評したり、考察したり、単純に感想を述べたり、それぞれだが、概ね好評なようだ。


 自分以外が皆美味しいと賛美して、二個目三個目を取り皿に確保するのを見て、リーノもついに我慢できなくなった。

 タコは気持ち悪い。

 あんなうねうねして骨のない動き、物語に聞く魔物のような生き物を食べるなんて、どうかしている。そう思うのに、誰も食べる手を止めない。

 タコを食べておかしくなるんじゃないかという懸念も、漁師達は普通に食べていると聞けば、打ち消されてしまう。


「うう~」


 こわい。でも食べてみたい。その気持ちが全て表情に出てしまう。

 目の前で着々と減っていくタコ焼きに焦り、リーノは勇気を振り絞って口に入れた。


「あっちっ」


 齧ることなく一個をまるっと口にしたから、熱くて熱くてたまらない。

 慌てて上を向いて口を開け、口に空気を取り込む。

 外はカリッと、中はとろとろ、それでいて僅かな魚の匂いとソース、マヨネーズの香りに、もちっとコリッとした食感の中心がある。


「んま……!」


 飲み込んで、急いで口の中を水で冷やした後は、思わず大皿から追加のタコ焼きを取っていた。


「どうかしら? “タコ焼き”は」


 リーノの百面相を黙って観察していたデルフィーナは、ふふふ、と笑いながら自身もタコ焼きを口にした。

 令嬢らしく、ちまちまとフォークで解し、中を冷ましてから口に入れていた。

 過去世で覚えているタコ焼きにはまだまだ至らないが、これはこれで美味しい出来だ。


「これにね、鰹節や青のりがあると、もっといいのよ。あと紅生姜」


 梅酢がないから過去世で食べた紅生姜を再現するのは無理だが、ジンジャーをプラム酢で漬ければ似た感じになりそうだと考えている。

 昆布も青のりも鰹節も、これから探索したり作ったりするから、すぐには用意できないだろうが、先々に改善することは可能だ。

 他の飲食店だって、伝統の味でなければ、刷新したり新しい味を出したりしていると聞く。

 タコ焼きも同じように、徐々に進化させれば、客も飽きることなくリピーターになってくれるだろう。

 逆に、客離れを防ぐために初めは現状のタコ焼きを提供するのもアリだ。


「タコがこんな風になるなんて考えたこともなかったです!」

「そうだな、今までは焼くか塩で茹でるか、酢漬けにするかしかなかった」

「こんな美味しいものを今まで食べていなかったとは。完全に損した気分ですよ」

「酢漬けを食べたときにはそんなこと言ってなかったじゃないですか~!」


 イェルドは、過去に食べたタコの調理法に思いを馳せる。

 リベリオはこの食感なら貴族にもいける、と太鼓判を押し。

 そのリベリオが初めて食べた酢漬けにはこれほど反応しなかったと、酢漬けを持ち込んだタツィオは笑う。

 結局タコを食べたリーノに、美味しかったでしょ? とフィルミーノはニコニコ笑い。

 エレナは、練習なのか、黙々と次のタコ焼きを焼き始めていた。


「この“タコ焼き”も売り出すの?」


 タコ焼きを冷ましながら従業員達の様子を眺めていたデルフィーナに、アロイスがうっそりと笑う。

 ぼんやりとしたその笑みには、含みがありそうだ。

 デルフィーナはちょっと肩を竦めて見せてから、肯定した。


「もし可能なら、お祭りの時に臨時の屋台を出してみたいなと思っています」

「屋台?」

「しっかり構えたお店ではなく、もっと庶民的な方がタコ焼きには合ってますし。貴族向けではない飲食物はどんな感じがいいのか、市場調査になるかと思って」

「市場調査」

「ええ。市場調査です」


 胡乱げな眼差しの琥珀色の瞳をしっかり見返すと、デルフィーナは言い切った。

 ここで引いては、到底ドナートの許しなど得られない。

 じっくり見合った二人だが、視線を外したのはアロイスが先だった。


「……ま、後ろで見ているだけ、って条件付きでなら、許可は出るかもねぇ」


 半ば諦めたように苦笑をこぼす。

 どの道、屋台を出しても焼くのはデルフィーナではない。接客も、身長を考えれば他の人間がやることになる。

 それならば、近くで観察するだけとして、承諾を得られるだろう。


「もぎ取ります」


 デルフィーナもそれを分かっているのか、力強く拳を握った。


 すぐに避難できるところへ荷馬車を置いて、そこで待機するなど、対策を講じる必要はあるが。デルフィーナの様子を見る限り、次の祭りは参加決定だ。


 今のうちから商業ギルドに話を通して、良い場所を確保して。

 エスポスティ商会が後援する屋台に話を通すようカルミネと算段をつけて。

 祭りの時の警備はどうなっているのか確認をして、護衛の手配をして。

 普段の仕事に上乗せしたら、やることは盛りだくさんだ。


 やれやれ、と嘆息したアロイスは、全てを忘れ――後回しにして、今はタコ焼きを頬ばることにした。






お読みいただきありがとうございます。

キリのいいところで切ったら少し短めになりました。

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嬉しく拝見しつつ、続きを書く気力にしております!

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― 新着の感想 ―
ここまで人それぞれに好みがある流れで来てたのに急にたこ焼き礼賛はちょっと⋯⋯
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