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91 タコ焼き




「これは、職人に作ってもらっていた、タコ焼き器よ」

「この丸い凹みは?」

「ここにタネを入れて焼くの。ということで、まずはタコを絞めましょう」


 もちろんデルフィーナはやらない。

 デルフィーナの指示とタツィオのアドバイスを受けつつ、イェルドとフィルミーノがタコの処理をしていく。

 それを見ないようにしつつ、リーノがボウルに生地を作っていく。こちらもデルフィーナの用意したレシピを元にしている。


(タコ焼き器、作っておいてよかった~!)


 ソースは過去世で食べたものと違うが、似たようなものがバルビエリにもあった。

 市販のそれに少し手を加え、デルフィーナの好みに寄せたものを既に作ってある。

 ソースを一から作るのは大変なため、類似品があって本当によかった。

 マヨネーズはもう作り方を一同がマスターしているし、鰹節と青のりがないのは、今回は目を瞑ろう。


 タツィオのおかげで漁師への伝手ができたから、今後は海産物に手を出せる。

 アロイス、カルミネを通して商会のものを使うのもいいが、直で話せない以上どうしても時間がかかるのだ。

 タツィオには悪いが、毎回ボーナスを出すことにして、海へ馬を走らせてもらうこととしよう。青のりも、鰹節も、海で見つけたり作ってもらったりすればいいのだ。

 目処が立ったら商売にするなりなんなり、アロイスが動いてくれるか――カルミネが待てずに動くだろうから。


 茹でてぶつ切りにしたタコ、用意された生地に、さっそくデルフィーナは鉄板に火を入れてもらう。

 鍋と違って広い鉄板はかまどだと熱の伝わり方が均一ではないだろうが、使い慣れたイェルドなら個々の焼け具合を見て上手く調整するだろう。


 出汁も醤油もないため、代わりに小魚から出汁もどきを作った。

 昆布らしきものはあるようだが、今回は用意できなかった。今は冬で、海に潜る人がいないため、春まで待つよう言われてしまったのだ。

 確かに、真冬の海に潜るのは風邪を引きかねない。

 医療の発達していない、神殿の魔法頼りの世の中では、風邪すらも命取り。施療院で誰でも魔法をかけてもらえるわけではない以上、無理をしないのは当然だろう。


 そんなわけで。

 昆布も鰹節もない中、使える範囲で頑張ったのが小魚の出汁もどきだ。

 天かすは、その小魚を粉末にして混ぜた生地で作ってもらった。粉にするのは、リーノが魔法で頑張った。

 紅ショウガもない、青ネギもない。

 それでも焼き始めたら、菓子とは違う良い匂いが立つ。

 小麦粉の焼ける匂いの中に、混ぜた少量の摺りおろしキャベツやジンジャーパウダー、小魚出汁の匂いが混ざって、ふわふわと厨房に漂う。


「ああ、いいにおーい」


 そわそわと鉄板の近くをうろつくリベリオが声を漏らす。

 近くに行きすぎるとデルフィーナの視線を遮ってしまうため、助手のフィルミーノ以外は後方待機なのだ。

 じゅわじゅわ焼ける音に、皆、鼻を動かしたり背伸びをしてかまどを見つめたり、落ち着きをなくしていく。


 エレナですら、鉄板へ注視し小さく手を動かしている。彼女の場合、金串の使い方をイェルドから学ぼうとしているだけだが。

 おそらく屋敷に帰ったら、厨房で焼くことになるのだ、料理長の依頼で。


 そこら辺、デルフィーナはノータッチなので、使用人達の好きにしてもらえばいいと思っている。

 屋敷の外へ情報を漏らさなければ、自由に作ったり食べたりしていいと、かなり前に許可を出した。

 不自由をかける分の気持ち的な補填として許可したのだが、使用人達はデルフィーナのもたらすレシピにすっかり魅了されており、辞める者も文句を言う者も一切居らず、むしろ嬉々として働いている。

 屋敷の主人たるドナートが「新作は自分にも提供するように」という条件だけで何を使ってもいいとしているため、材料にも困らない。

 最近、使用人の皆がふくふくとしている気がして、デルフィーナはそろそろダイエットについて本気で考えるべきかと悩んでいた。


 だから、作ってもらっていたタコ焼き器も、しばらくは眠らせておこうかと思っていたのだ。


 元々は、鈴カステラのような、人形焼きのような、指で摘まんで食べられるタイプのふわふわ焼き菓子を作ろうと考えていた。

 複雑な形の鉄板は作ってもらうのに時間がかかる。

 職人に同一の丸でいいなら早いと言われ、タコ焼きサイズで作ってもらえば何にでも転用できると、それを作ってもらっていた。


 お祭りの時には定期市とは別に、大きなバザールが立つと聞いて。

 デルフィーナも参加できないか、するなら食べやすくて目新しい菓子を出したいな、と思っていた。

 その頃ぼんやり頭にあった祭りのイメージは、日本の祭りのテキ屋だった。だが実際の定期市へ行ってみれば、似て非なるもの、という雰囲気だった。

 そこで軌道修正をしたものの、出店するにあたって出しやすいのはやはり食べ物で。やりたいなと思ったのはベビーカステラだった。


 冬の間は定期市も減り、旧年を送り新年を迎える祭りしかない。

 この祭りは神殿へ詣でるもののため、市場は立たない。

 次に参加できる祭りがあるのは、春だ。


 春の訪れを祝う祭りだが、宗教が違うので、謝肉祭とは少し異なっている。そもそも肉を絶つ期間がないから、当然「謝肉祭」とはならない。

 純粋に、氷が溶けて新芽が出て花々が咲き始め、これからの豊作を願う祭りだ。

 雪がなくなり、馬車での移動ができるようになって、止まっていた流通が動き出す季節でもある。


 コフィアが成功して、他のレシピ提供した飲食店もすべて順調に客足を伸ばしているが、それはそれ、これはこれだ。

 露天商での商売もしてみたい。

 子爵令嬢としては完全にノーグッドな行動だが、エスポスティ家に限っては咎められないだろう。デルフィーナは家を継ぐ身ではないし、貴族から少し逸脱した行為でも、年齢を考えれば目こぼししてもらえる――はず。


 次なる事業展開のための、「市場調査」という名目で潜り込めないか、と考えていた。


 ベビーカステラでそれをできれば、コフィアで使うものばかりのため材料費を抑えられると思っていたが、その計画はタコ焼きに変更だ。


 タコは、漁師達、その家族ぐらいしか食べていない。船も持たない貧しい漁師や、ものすごく奇特で食に貪欲な――リベリオやイェルドのような――人物しか食べない“それ”は、ほとんど値がつかない。

 売れないから、普通の漁師も、タコが捕れても家族で食べる分以外は捨てるか海に戻すという。

 つまり、仕入れに元手がほぼかからない。


 ベビーカステラは砂糖を使う分、販売時はどうしても高めの値段にしなければならないが、タコは安く、他の材料もあまり高いものはない。

 ソースが一番費用がかかるが、それとて砂糖の比ではない。

 ビーツから砂糖を作ることを考えれば、手間も時間もタコ焼きの方が楽なくらいだ。

 販売価格を抑えられる分、タコ焼きの方が売れる気がする。


 あとは、祭りに来た人々に、タコが受け入れられるかどうか。

 デフォルメした可愛い絵でも描いて看板を立ててみようか。

 実物は絶対傍に置かず、茹でてぶつ切りにしたものしか客の目に入らないようにすれば、いけるのでは。


 人手があればベビーカステラと二本立ての方が、市場調査はしやすいだろう。

 だがコフィアのスタッフを使うとしても、両方の屋台は無理だ。


(どっちにしても、今日のタコ焼きが美味しいかどうかが次第ね)






お読みいただきありがとうございます。

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