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90 画家達との面談3




 アロイスがいるから甘さ強めのものだろうか。

 砂糖多めの菓子は財力の提示にもなるため、客へ振る舞うのは甘いものほどいいとされているが、エスポスティ家では最近、バターをたっぷり使った菓子の方がよく供される。

 鮮度の高い乳製品をふんだんに使うのも、資産の豊かさを示せるため、甘さが抑えられていても問題ない。


 むしろ過剰な甘さよりは食べやすい菓子に仕上がっているので、ほとんどの客人が喜んでいるとか。

 砂糖をありがたがる文化とはいえ、アロイスほどの甘党は中々いないということだろう。


 外からのノックに対応したエレナがワゴンを押して入ってきた時には、思わずソワソワとしてしまった。


 雇用期間や報酬内容、守秘義務の確認など、細かいすり合わせをしていた画家達とアロイスは、漂ってきた香りに一旦話を止める。


「皆様、サインは後ほどにして、お茶を楽しみませんこと?」


 デルフィーナの言葉で、できる侍女と従僕はすすっと動いた。

 エレナが紅茶と焼き菓子を並べていくのに合わせて、ジルドが書類を片付けていく。

 しまわれてしまった契約書類に気を残しつつも、ローテーブルに所狭しとサーブされたものに、画家達の意識が向けられた。


 馥郁たる香りを立たせる紅茶に、バターと砂糖の空腹を刺激する香り。

 これを無視できる者などいまい。


 ティーセットと共に並べられたのはベリーのタルトにサンドケーキ、アップルパイにオレンジ入りゼリー。

 セイボリーとしてポテトチップスと、ハムとチーズのフィンガーサンドイッチもあった。


(これ全部食べたら夕食が入らないよ! 選ぶの悩む~!)


 デルフィーナは自分の胃と相談して、どれを食べるか悩む。


 瞳を輝かせてうきうきと菓子を見つめるデルフィーナは、傍から見れば年相応の少女でしかなく。

 絵具の話をしていたときとの落差に画家達は驚く。

 そして、テーブルに並べられた茶器類の美しさに、噂でのみ知っていた紅茶に、たくさん並べられた綺麗な菓子類に、驚嘆で息も吐けなくなる。


 驚きの波状攻撃を受けて、もはや呆然としている四人に、デルフィーナ以外の面々はこっそり苦笑を噛み殺したのだった。








 画家達との契約が終わった翌々日。

 デルフィーナは、休店日のコフィアの厨房に来ていた。


「本日は、タコ焼きを作ります」


 ドンッ! と音を立てたいところだが、小さな両手をテーブルに着いてもほとんど音は鳴らず。とりあえずデルフィーナはポーズだけで満足することにした。


 彼女専用の台に乗って、コフィアの厨房中央に立ったデルフィーナの前には、黒光りする鉄の板がある。


「タコ焼き」

「タコ焼きとは?」

「タコってこのあいだお嬢様がアレのことをそう呼んでいたような」

「アレってまさか」


 初めて聞く料理名にリベリオはワクワクしつつ続きを待つ。

 一方で、フィルミーノは首を傾げ、リーノは青ざめていた。


 これまで、デルフィーナはタコ焼きを作るつもりはなかった。

 そもそも、タコが食卓に上がったことがなかったからだ。


 王都バルディは海が近いため、しばしば魚料理が晩餐に上がり、街中でも干物を見るし、少し高めの飲食店では普通に提供されている。

 それなのに、イカもタコも見たことがない。

 デルフィーナの生活圏にないだけで食べるのかもしれないが、と過去世の記憶を探れば、「悪魔の魚」と呼ぶ地域があり、そこでは外見や墨を吐くことから忌まれていたな、と思い出す。

 だから、バルディでも食べないのだろうと考えていたのだが。


 両親は海辺で漁師をしているというタツィオが、実家から送られてきたと言って、壺に入った酢漬けを持ってきたのだ。

 タコの。


 元々屋敷の使用人で、コフィアのスタッフへ転職したタツィオは、明るく陽気なタイプで、色んな事をひょいひょいと勢いで決める。転職もそうだ。

 ノリが軽いのでたまに躊躇してほしいと思うことはあるが、仕事には真面目にあたるので、雇い主としては今のところ文句もない。

 そんなタツィオは、次々新しいものを作るためか、デルフィーナは珍しいもの好き、と思っているらしい。

 だから、一般へは売りに出すことが少ないタコを、海辺の人々は普通に食べているタコを、酢漬けにされたタコを、持ってきた。


 原形も留めていないから、大丈夫だろうと考えたらしい。


 食に対する関心が強いイェルドは以前食べたことがあると言い。

 良いところ出のリベリオはタコの原型を知って引きつつも食感に感心し。

 酸っぱいのはちょっと、と言いつつアロイスは普通に口にし。

 酢漬けは野菜しか食べたことがないとフィルミーノは興味深そうに味わい。

 生きたタコを見たことのあったリーノはドン引きして絶対に食べなかった。


 平然と食べるデルフィーナに少しがっかりしたようなタツィオは、一体何を期待していたのか。

 おおかた、タコを知らないなら驚かせることができると思っていたのだろう。

 だから酢漬けの壺と一緒に、海洋生物の描かれた紀行本などを持ってきていたわけだ。

 それは、他のスタッフへの説明にちょうどよかったので、咎められることなく終わったが。

 元使用人の様子など全く気に留めず、デルフィーナは脳内で算盤を弾いていた。


 海辺から王都中心まで馬車で数時間。

 川を遡る形で運搬すればその半分の時間に抑えられる。生きた魚を運ぶのと同じ方法はとれるが、それをするにはお金がかかる。


(昔、市場でタコが脱走しているのを見たことがあったわね)


 日本のへそと呼ばれ、時計台のあった地のそばには市場もあり、鮮魚類がたくさん売られていた。そこで箱から逃げ出していたタコを見た記憶がある。

 あれはなんの種類だったのだろうか。

 立って歩くと言われるだけあるなと眺めただけで、詳しく観察したわけではないから、わからない。

 きっとバルディ近郊の海で取れるタコと種類は違うだろう。

 それでもタツィオの持ってきたタコは酢漬けなのにプリプリしていて美味しかった。


 考えてみると、水揚げされて市場に並べられて、そこには海水がないのに、元気に動いていたわけで。

 あちらとこちらの差はあるにせよ、基本的な生命力に大差はないと考えれば、木箱に入れて馬車で運搬しても、生きたまま王都まで来られるかもしれない。

 まずはやってみよう、とデルフィーナは馬車を手配してもらい、タツィオを両親の元へ送り出したのだった。

 それが、数日前。


 結局、三往復させられたタツィオは、ヘロヘロに疲れてたが、なんとかタコを生きたままコフィアに運び入れることに成功した。


 タツィオが馬に乗れたことが大きかった。

 乗馬は、エスポスティ家へ仕えるようになってから習得したらしいが、その技術には問題なく、平坦な道で繋がっている王都と海とを短時間で移動できた。


 木箱ではなく麻布の袋に詰められたタコは、中でうねうねと動いている。

 活きがいい。

 非常に満足したデルフィーナは、コフィアのスタッフルームに崩れるように座り込んだタツィオへ、しっかりと臨時給与を出したのだった。


 そして現在。

 コフィアの厨房に集まった一同は、デルフィーナの指示で揃えた材料と器具を前に、わくわくソワソワとしている。







お読みいただきありがとうございます。

ゆっくり更新で、お待たせしております。

それでも呆れずお付き合いいただけて感謝感謝です。

引き続き、お楽しみいただければと思います。

ブクマや☆評価等で、応援いただけると嬉しいです。

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