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09 陶磁器工房訪問






 欠伸を噛み殺しながら重そうな瞼を擦り始めたデルフィーナに、二人の叔父は就寝を促した。

 次は紅茶を淹れて飲ませると約束をして下がった姪っ子は、既にうとうととした様子だったが、メイドが付き添っていたから大丈夫だろう。

 ゴブレットにワインを注ぎながら、カルミネは大きく嘆息した。


「あれは、いつからだ?」

「それはこちらが聞こうと思っていましたよ」


 弟の言葉にカルミネは苦笑する。

 忙しくて家を空けがちなカルミネは、姪っ子の変化に気付かなかった。事前にアロイスから転生者の話を聞いていなければ、いつも通りの応対をできなかっただろう。


 話す内容が、通常の七歳児ではない。

 つい先日まで普通の子どもだったデルフィーナが、いつ変わってしまったのか。

 アロイスを呼び寄せたのは変化したデルフィーナなのだろうから、それより前だ。


「兄上はお気づきなのか?」

「夕方確認しましたが、薄々察していたみたいです」


 はっきりとは分かっていなかったものの、デルフィーナの言動が変わったことは明らかだった。父親として、相対していて勘付くものがあったのだろう。


 ドナートに確信はなかったが、アロイスと話して得心した様子だった。


 偶に生まれ出るという輪廻の魂。稀に零れ落ちてくるという異界人。そのもたらすものは、貴族であり商人であるエスポスティの者なら知っていて当然だ。


 デルフィーナは既に自覚を持ち、動き出してしまった。

 動き出してしまった稀人(マレビト)は、理由がない限り止められない。


 もたらすものの大きさはどの程度か分からないが、上手く立ち回ればそれはエスポスティの福となるだろう。

 だが下手に動けば教会に異端者として目を付けられる。急な変化をもたらす者を万人が受け入れるわけではない。

 可愛い姪を守りつつ、エスポスティにとってプラスとなる知識を上手く活用しなければならない。そうすることで守れる部分もある。


 慎重に、けれど過剰にならぬように、動き、守らねば。


「お前を使うことを思いついてくれたのは上々だったな」


 偶然なのだろうが、無自覚なデルフィーナがアロイスを商会の顧問という名目で、監督者として傍に置くことを決めたのは幸いだった。

 共に行動して不自然ではない関係性も名目も、エスポスティの男達にとって有り難い。

 デルフィーナが転生者だと外部に悟られないよう、アロイスが隠れ蓑となる。

 信頼できて、適任である、そんな存在を無意識に作ったデルフィーナは運が良いのだろう。


「これからが大変だな」


 嘯くカルミネに、アロイスは困ったように苦笑するほかない。

 確かにこれから大変だろう。色んな意味で。


「十分大変を味わってますよ」

「そうか。俺もかなり驚いたがな」

「こんなもんじゃありませんよ」


 デルフィーナは、まだまだ引き出しがありそうだ。

 今後について相談するため、二人は連れだって当主でありデルフィーナの父でもあるドナートの元へ向かう。

 今夜は夜が長くなりそうだった。








 王都から馬車に揺られて約二時間。


 エスポスティ商会の陶器部門には、実はエスポスティ一族の者がいる。

 前商会長の息子であり、ドナート達の従弟にあたる男だ。


 彼は若い頃、各国をまわり商会の仕入れの仕事をしていた。ある国での取り引きのおり、北大陸ではまだ珍しかった磁器と、運命の出会いを果たした。

 磁器に惚れ込んだ彼は、集められるだけ集めたが、いつしかこれを自分で作れないかと考えるようになった。

 おりしも東大陸への航海が以前より盛んになり始めた頃。商会の仕事を放り出して東大陸へ渡り、技法を持ち帰ったのが数年前。

 弟子入りは断られ教わることはできなかったため、見て盗んできた状態だ。


 窯の温度、焼き時間の長さ、材質、試行錯誤を繰り返し、だいぶ近いものができたが、国内では材料の鉱石がほとんど産出しないため、陶器を売っては磁器の材料を仕入れることを繰り返している。

 エスポスティ商会の会頭命令と支援がなければ、道半ばで挫折していたに違いない。

 そんな従叔父に、デルフィーナは今回初めて会う。

 だが。


(忘れてた……いや忘れてた私も悪いけど!

 そういや馬車の乗り心地ってこんなんだった!!)


 デルフィーナはそれどころではなかった。


 初対面の親類と初めて訪れる焼き物工房に、ドキドキワクワクするゆとりなどない。

 きちんと口を閉じていないと、うっかり舌を噛みそうになる。

 記憶を取り戻してから初めて乗った馬車の乗り心地は最悪だった。デルフィーナの身体は三半規管が強いのか、今のところ酔っていない。それだけが救いだ。


 見通しの良くないガラス窓は、外の景色がぼんやりとしか見えない。

 一先ず、と緩やかな凹凸があるガラスへ魔力を流す。

 デルフィーナの魔法で平らになったガラスは、ようやく外を映しだした。思ったより不純物が少ないので、窓としては充分だろう。

 カーテンを引かないと外からも中が丸見えになってしまうが、馬車はそこそこの速さで走っている。並走しているフットマンになら中を覗けるだろうが、エスポスティ家の使用人が中を伺ったところで問題はない。


(なるほど。馬に乗れる人が移動の時に馬車でなく馬を選ぶのは、こういう訳もあったのね)


 車輪が小石を踏む度に車体は跳ねる。

 本当かどうか知らないが、江戸時代の籠で、腸捻転を起こした話を聞いたことがある。それが、なんとなく納得できてしまう。


(そうよね、フットマンが名の通り並走している時点で考えるべきだった……。うう、お尻が痛い)


 揺れる馬車の中で、デルフィーナは必死でスプリングの作り方を思い出していた。

 馬車のクッションも柔らかさが足りない。

 座布団を重ねてもこの揺れでは厳しいだろうに、車内のシートはベッドと同じく、藁と羽毛が詰まってるのだ。

 固いとは言わないが、振動を和らげるものではない。


(すぐ! 叔父様に鍛冶工房へ行く許しをもらおう! 絶対だ!)


 サスペンションの構造までは分からないが、スプリングの機能を伝えれば、きっと商会内の頭のいい人がなんとかしてくれるだろう。

 それまでは座面をスプリングのマットレスにして凌ぐ他ない。

 他力本願だが、全てをデルフィーナが作るのは無理だ。


(工学系は苦手なんだよね)


 スプリングマットレスはデルフィーナの知識で完成まで持って行けるが、馬車の強度に合わせたサスペンションを考えるゆとりはデルフィーナにはない。

 時間をかけて頭を使えばなんとかなるだろうが、時間は有限なのだ。リソースは珈琲入手の方へ全振りしたい。

 お尻の痛みを耐えながら、デルフィーナは二時間の行程をなんとか乗りきった。








「初めまして。デルフィーナ・エスポスティです」


 スカートを摘まみ、腰を落とすように少し屈んで挨拶をする。貴族らしく、頭を下げることはしない。

 淑女然としたデルフィーナの挨拶に、フラヴィオ・エスポスティは笑顔を返した。


「こんにちは、小さなレディ。ようこそエスポスティ陶磁器工房へ」


 柔和な雰囲気の男は、あまり職人には見えない。元は商人だったのがよく分かる。だがその手や肌には、土や窯の影響が如実に表れていた。


「フラヴィオだ。本家には中々顔を出さないから、アロイスも久しぶりだな。元気だったか?」

「はい。本家の皆さんも変わりありませんよ」


 二人に向かって話しかけながら、フラヴィオはアロイスと握手を交わす。

 すぐ工房の中へ促してくれた従叔父に、デルフィーナは好感を持った。

 出発前にアロイスから聞いた半生は、一筋縄ではいかない人物を思わせたが、人当たりは良く、話はきちんと聞いてくれそうだ。

 聞く耳を持たない相手に新しい物を作ってくれと願うのはかなり労力がいる。

 その点の心配が除かれて、嬉しい限り。


(ボーンチャイナの知識って殆どないけど、牛骨とその割合は知ってる。それを伝えるだけでも役に立つかな?)


 磁器の作製に一役買えるほどの知識か分からないが、今日帰るときまでにフラヴィオを見極めて、問題なければ教えるのはありかもしれない。


 フラヴィオは、まず初めに工房内を案内してくれるらしい。

 初めの部屋では、職人達がろくろを足で回しながら器の形を作ったり、型に嵌めるためのタタラを作っていた。少し離れたところに棚があり、形成されたものが並んでいる。乾燥させているのだろう。


「窯はこっちだ」


 中庭を挟んで奥へ進むと、熱気が伝わってきた。

 アロイスとデルフィーナが入っていっても、職人達は手を止めない。視線で会釈する者もいたが、ほとんどが作業に集中していて客に気付いていない様子だ。


 フラヴィオはデルフィーナを窯の傍へはあまり寄せなかった。万が一にも火傷をしないようにという配慮だろう。

 遠目で見ていた窯から離れて次の部屋へと案内される。

 そこではまた別の職人達が、陶人形や壺に絵付けをしていた。


「わぁ……」


 絵筆を持った者が細かい動きで色を乗せていく。焼いたら色が変わって印象もまた変わるのだろう。

 注文するティーセットはどんな絵柄が良いか、描かれていく絵を見ながらデルフィーナはほんのり夢想する。


(華やかな花もいいし、植物もありよね。幾何学模様はちょっと奇抜すぎるかな)


 大きな壺に職人達が絵付けしている内容は、神話をモチーフにした動物のようだ。

 人形はドレスにアラベスクのような模様を描き込んでいる。これは南大陸風だ。そのうち東大陸風の絵も流行るだろう。


(夢が広がるなぁ)


 ウキウキしながら、釉薬をかけているところ、焼き上がりを確認しているところ、火をいれる前の窯に二度焼きのために器を並べているところなど、一連の見学を終えたデルフィーナは、最後に磁器の試作をしている部屋へ案内された。


「どうだい?」

「親方」


 入っていった三人に顔を上げた男が、フラヴィオの声に首を振った。


「やっぱりカオリンが足らないと……」


 焼き上がった器を調べていたらしい男は肩を落としている。

 カオリンはこの国ではあまり産出しない。陶器を作る分には足りるが、磁器となると割合が増え、それを減らして作るのは難しいようだ。

 材料の配分と焼成の温度、釉薬など色々と試しているのが窺える。


「そんなに磁器を作るのは難しいのですか?」


 アロイスが不思議そうに問うた。

 従弟を見ながらフラヴィオは眉を落とす。


「磁器自体は作れるようになったんだよ。ただこの国で量産するのは、今の配分では材料費がかかりすぎるんだ」

「別の原料での生産を目指している、と?」

「ああ。国内のみで材料を賄えるのなら、もう少しコストを抑えられる。今のままでは売り物にならない」


 芸術作品のように高価な品として位置づければ高位貴族達に売ることは可能だろう。だが東大陸からの輸入品に一段落ちる。

 それにエスポスティ商会がほしいのは、陶器に代わる新しい器だ。

 銀器ほど高価ではなく、陶器ほど廉価ではない。

 芸術性があって美しく、使い心地がいい、そんな器だ。


「多くの人に磁器の魅力を伝えたいんだ。そのためには、もっと材料費を抑えないと、たくさん作れない」

「材料の一部が他国頼りでは、いつ作れなくなるか分かりませんしね」

「そうなんだ。全てを自国で賄えないと、事業として不透明だろ。会頭も、量産の方向性に進めるよう試作はあたう限りしろと言っているし」


 フラヴィオはカルミネの指示もあると言う。

 磁器自体は作れるようになった、それだけでも凄いのに、ここで止まらずその先を求めるのは商人だからなのか、職人だからなのか。


「なにより、多くの人の手に取ってもらえるようにしたいんだよ」


 磁器の美しさを多くの人に知ってほしい。それがフラヴィオの願いだ。

 願いのために立ち止まることなく模索を続ける男の姿勢は、デルフィーナの心に響いた。


(私も、珈琲のためにこうありたい)


 願いを叶えるために動き続けることは、実際は難しい。

 前世では、夢を叶えることなく凡庸な人生を送ったと記憶している。夢はそれを叶えるための努力こそが難しいのだ。

 フラヴィオの偽りない熱意は尊敬に値する。デルフィーナはひとつ心に決めた。







お読みいただきありがとうございます。


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