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89 画家達との面談2




 これは一体何で彩色したのか。四人は未知の絵を凝視する。

 植物紙にしっかり色がついているのに、絵具の凹凸がない。

 あまりにも平坦で、薄いのに、色はきちんとついている。なのに紙の質感は絵具越しにはっきりとわかる。


 色の乗せ方にも驚きだが、それを乗せられている絵にも目を瞠るものがある。

 まず繊細な線。

 絵としてはかなり未熟だが、絵画ではなく植物図画として見るなら特徴を捉えているため上出来。

 色の線と合わされば、まるで写したようにそこに“花がある”。

 むしろ近いのは押し花だろう。

 これで絵が上手ければ、美しく写実的な、絵画であり学術画となるのは間違いない。


 ごくり、と誰かの喉が鳴った。


 この、初めて目にする画帳、彩色方法、描画法。どれも自分が描いたらどんな仕上がりになるのか。

 使ってみたい。試してみたい。なにより描いてみたい。

 画家としての欲求がわき上がるのを、四人が四人とも自覚していた。


「これは、植物細密画といいます。名のとおり、植物をそのまま写しとるように、細部まで描く、それぞれの特徴を捉えて描く、色もありのままを乗せる、そういった画ですわ」


 デルフィーナの声に、見入っていた四人は顔を上げた。


「これは私が描いたもののため、未熟な作品ですが。絵を生業とする方が描けば、どうなるか。皆様もうおわかりでしょう」


 挑むようなデルフィーナの視線に、画家達は力強く頷く。


「この絵に使われた絵具は何なのか、とお聞きしても?」

「これは試作なので、私の作った単純な岩絵具ですわ」

「岩絵具」

「ええ。皆様もお使いの顔料や、岩を細かく砕いた粉に、膠を混ぜました」


 他に言いようがないので岩絵具と称することにした。


 いわゆる油絵具、今一般的に使われている絵具の顔料が、水彩絵具に合うか、まだ実験途中のため分からない。

 それゆえにデルフィーナは日本画風になってもいいからと、かなり岩の粉を使った。ただし高い色は、顔料を使った。

 植物に純粋な青色は少ない。

 緑は他の石で使えるものがあった。

 一番高い青“ラピスラズリ”の粉は試作で使える値段ではないし、水彩絵具を作るのも、青は一番最後の予定にしている。

 今の絵画でも、空を描く都合上、濃くなくても青の色をつけられる顔料ならばある。

 紫の花や実を描くときは青も必要になるが、それまでにこの薄い青の顔料から濃い色を作れないかの試しをして、水彩絵具用の青色の顔料を見つけ出せればいい、とデルフィーナは考えていた。


「膠を絵具に使うとは」

「ここで使ったのは料理にも使える匂いの少ない物で、使う量もこの色の乗せ方なら少量ですから」

「なるほど」

「確かに匂いませんな」


 画帳に顔を近づけて鼻を動かす壮年男性の姿はちょっと滑稽だったが、皆真剣なため、笑うに笑えない。

 デルフィーナは別の意味で一つ深呼吸をすると、にこりと笑った。


「開発途中ですが、これとはまた別の絵具があります。将来的にはそれを使って、この植物細密画の画集を作りたいんですの」

「おお……」

「画集を……」


 驚きからか、感動からか、二人の画家は呻くように声を漏らす。

 二人の弟子は息を殺したまま、ひたすらに目を見開いている。一人は、声を漏らさないようにか、両手で口を押えていた。


「私が依頼したいお仕事は、この、新しい絵具の完成までのお手伝いと、植物細密画の習得、その後こちらの指示した植物を描き、画集を作ることですわ」


 デルフィーナの功績として献上品を作るには、編纂をデルフィーナがする必要がある。

 実際の植物の収集と管理、それを描くよう指示を出すのは、デルフィーナがしないと、画家達の功績の方が高くなってしまう。

 彼らでは手に入れられない、デルフィーナ所有の植物を描かせるのが肝要だ。


 チェルソに珍しい植物を集めさせ、家の庭師達に温室の管理をさせて、画家達にそれを描かせる。

 専用の植物紙はエスポスティ商会で作ってもらったし、絵具の材料も集めてもらっている。もちろん職人の手は借りることになるが、最終的に絵具を完成させるのは、デルフィーナが自身でするつもりでいる。


 これら全てのことに関わっているのはデルフィーナ一人。

 資金を提供し、指示を出し、新しい技法、道具、技術を込めた画集を作らせたのはデルフィーナ。となれば、デルフィーナの名の下に献上ができる。


 全体の進行に関わる水彩絵具の完成は、一番急ぎたい案件だ。それには画家の協力が不可欠。

 植物細密画を描く技術を早めに習得してもらいたいし、誰が植物細密画向きの描き手なのかも、描かせてみないと分からない。

 人数がいるなら南大陸か東大陸にも渡って描いてもらいたいし、とやりたいことは盛りだくさんなのだ。


 ひとつずつ進めていくしかないのだから、全てに影響する道具の用意は早く終わらせたい。


「私は貴方がたのパトロンになれるかもしれませんが、そのためには、この植物細密画を描けるようになってもらいます。また、この植物細密画については口外を禁じます。

 自分のアトリエで修練する場合、人の出入りには気をつけてください」


 水彩絵具は持ち出しを禁じて、エスポスティ家の屋敷でのみ使えるようにするつもりだ。油絵と違って匂いが気にならないから、屋敷の一室をアトリエにしてしまっても問題ない。

 画家の出入りは、家族の肖像画を描かせていることにすれば、怪しまれることもない。

 元々この二人の画家は、エスポスティ家が支援していることもあり、出入りをしてもおかしくない立場にある。


「もちろんです」

「契約が必要ですな」


 魔法誓詞書を使うほどではないが、互いの利益や権利を守るための契約は必須だ。


「それは、こちらに」


 それまで黙って流れを見ていたアロイスがジルドに合図を出すと、事前に用意されていた書類をテーブル上に並べた。

 それに合わせて、エレナが一旦室外へ下がる。

 出していなかったお茶を仕度するよう、廊下にいたメイドへ伝えるためだった。


 契約の内容に関しては、アロイスにお任せする。

 デルフィーナもそういった話はできるが、できることを見せてはいけない立場だ。

 エスポスティ家に関わる人間全てにデルフィーナの異質さを見せていては、早晩部外者へも噂が流れてしまう。

 まだこの四人の本質が覗えない段階では、デルフィーナは「ちょっと絵画に造詣が深い子ども」「子どもゆえに発想が画期的」「大きな商会を抱える貴族家の令嬢の箔付けに絵画が使われている」という認識でいてもらう方が無難だ。

 補佐のためにアロイスがいるのは、入室したときから彼らも認識していたはずなので、デルフィーナが無言で引いても違和感はなかった。


 自分がすべき肝要な話が終わって、事務手続きをアロイスに投げきったデルフィーナは、お茶が出てくるのを待ちながらぷらぷらと足を振った。

 ソファに深く座ると、どうしても足が宙に浮く。それをスカートが捲れない程度にふりふり動かす。

 行儀の悪い行いだが、子どもらしさも少しは見せておくほうがいい。


(今日のお菓子は何だろうな)


 屋敷の料理人も、レパートリーを増やしているため、コフィアの菓子とはまた違ったものが楽しめるようになってきた。

 差は少しだが、作り手が違うと味わいも変わるため、イェルドの菓子との違いを楽しめる。







お読みいただきありがとうございます。

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