88 画家達との面談
ゆったりと紅茶を味わいながら、そんな話をしていたら、待ち人が来たらしい。
「お見えになりました」
メイドの一人が、四人の人物を連れてきた。
二人は中年と言っていい年頃。どちらもドナートより年上に見える。中堅処の商人が着ていそうな、おそらくよそ行きと思われる服に身を包み、落ち着いた表情からはある程度の自信を感じとれた。
一方その二人へ従うように少し後ろに立っている二人は、少年期を脱したばかりの青年で、カチコチにしゃちこ張っていた。
着慣れない様子の服はどこかから借りてきたのか、首元が少し苦しそうに見える。見えるだけで、平気なのかもしれないが。
「どうぞ、おかけになって」
立ち上がって出迎えていたデルフィーナがソファを示すと、大人二人は一礼をしてから、ローテーブルを挟んだ向かいのソファへと寄る。
青年二人はソファの後ろへと歩を進めたが、デルフィーナはそれを止めた。
「お二人もソファへ」
多分青年達は大人二人の弟子なのだろう。一般的に職人の世界では、付き人のようなことは基本、徒弟がする。
えっ、という顔をした当人達に対し、師匠らしき二人は落ち着いて、助けを求めるように向けられた視線へ頷いてみせた。
「し、失礼いたします」
「失礼、いたしマス」
掛けた二人は緊張が丸見えだが、デルフィーナは気にしない。
ただ少し不思議には思う。画家の弟子なら、パトロンや依頼人は貴族や豪商だろうに、全く慣れていなさそうなのはなぜなのか。
「本日はようこそいらっしゃいました。私はエスポスティ子爵ドナートが娘、デルフィーナにございます」
「初めてお目にかかります、私はジョエレ派の絵師、ボニートでございます。こちらは弟子のティーノです」
「お初にお目にかかります、私は同じくジョエレ派の絵師フランコにございます。こちらは弟子のジーノと申します」
穏やかににこやかに、二人の画家は自分達の紹介をした。弟子は頭を下げるだけで口は挟まない。
二人の画家は同じくらいの年で同派ということは、以前から知り合いなのだろう。もしかすると、兄弟弟子なのかもしれない。
慣れた雰囲気の中にも、そこはかとない緊張感があるのは、ライバル的関係なのか。それともこの場で私が“依頼”を出すのがどちらか一方だと考えているからなのか。
まずはお茶でも、と思ったが、これは先に話をしてしまった方がよさそうだ。
「お二人とも、なぜ私が画家を複数招いたのか、疑問でいらっしゃるでしょう。早速ですが、お話をさせていただきますね」
「はい、ありがとうございます」
「どうぞよろしくお願いいたします」
「まず先にお伝えしたいのは、これは肖像画の依頼ではありません」
「え?」
「そうなのですか?」
二人の画家は目を瞠った。
普通の貴族家――絵を描かせるゆとりのある貴族家なら、生まれた時、七歳を越した時、成人した時、婚礼を挙げた時に肖像画を描かせる。
立場のある人物なら、他にも幾度か機会があるだろう。
未婚であれば、成人した時の画が、釣書に使われるのが基本だ。
政略から成人前に婚姻する者も中にはある。一概にはいえないが、七歳の時にも描くのは、その場合に備え、身上書に使う可能性を考えてのこと、との説もある。
デルフィーナはちょうど七歳になったので、描かれる立場な訳だが、今回はそれを口実に二人を屋敷へ招いたわけだ。
「ええ。まあ、肖像画も必要かもしれませんが、それは後回しでよろしいの。まずはお二人と、お弟子さん方も、デッサンを見せてくださるかしら?」
事前に持ってくるよう伝えておいたので、四人は頷いた。
それぞれの弟子が抱えていた画板の紐を解く。二枚の板に挟んだ形で、絵を持ち歩けるようになっているのだ。
羊皮紙もあれば、植物紙もある。
大小様々な紙に所狭しと描いているのは、紙を手に入れるゆとりのない弟子の物で、紙面を大きく取って風景だったり人物だったりを描いているのは師の方だろう。
師匠の方はどの紙にもきちんとサインが入れられていた。
見る限り、人物画はどちらの画家も得意なようだ。
色んな表情を写し取っている。クロッキーのような粗いものもある。
鉛筆のないこの時代、木炭か黒インクによる画が基本のため、描き込みが多いと暗い色合いになる。
スケッチを元に彩色するケースは、この時代にはまだないのだろう。見せてもらったデッサンは、黒一色だった。
過去世で見ていたような固形水彩絵具があれば、外でのスケッチに使いやすいから描いたのであろうが、そもそも水彩絵具が、今はない。
(大学の美術史の授業で教授が絵具作りを話していたのを、暇に飽かせてノートにメモを取ったのが役立つとは思わなかったわ。雑談してくれた教授に感謝ね)
教養の選択授業で美術を取ったことが、生まれ変わって活かせるとは考えもしなかった。
教授の姿や声などはさっぱり覚えていないが、紙に書いたそれを“見た”記憶があるからデルフィーナは絵具の作り方を思い出せる。
絵具に関してはまた後で話をするとして。
デルフィーナが欲しいような、植物についての絵はかなり少なかった。
静物は、梨や林檎の果物、壺や傘は東大陸からのものや家に伝わる物を描くよう依頼でもあったのか、見事な品の細部まで記録するように写されている。
食器や花の生けられた花瓶などもあった。
この生けられた花のデッサンをデルフィーナはそれぞれ注視していった。
デルフィーナには絵描きの素養はないし、過去世でも別に得意なわけではなかった。学校の美術の成績はよかったが、その程度だ。
今世、物作りのため、説明に必要でたびたび図を描いていたため画力は上がったが、画家になれるような才能はない。
本職の人々に見せるのは恥ずかしく、非常にいたたまれないが、それでも彼らへの説明に必要だと判断して、一つ息を吐いた。
四人のデッサン画を見終えたデルフィーナは壁際に控えていたエレナに視線を送る。彼女は頷いて、傍に置いていた画帳を持ってきた。
デルフィーナが植物紙で作らせたスケッチブックだ。
それを開いて、事前にデルフィーナが描いておいた“植物細密画”を、見えるようローテーブルへ置いた。
彩色もしてある。
自作の顔料を使っているため、デルフィーナの記憶にあるボタニカルアートと少し違ってしまったが、薄く使うと日本画風の色となって、少しだけ水彩画に近くなることが分かった。
壁画やキャンバスへ使う絵具は、油や卵を使うため、デルフィーナの求めるものとはかなり違った。
薄い色合いでももったりぼったりしていて、植物紙に向かないのだ。
元々絵画は、宗教画などから発展しているため、大がかりな画面、道具がベースで、絵具を含め手軽に使えるものではない。
文明が進むのに合わせて絵画も発展しているが、肖像画も屋敷のギャラリーに飾るため基本的にはある程度の大きさがある。
つまり現状あるものは、手軽に、あるいは薄い塗り方で使う、という目的には、全く即していない。
デルフィーナが即席で作った顔料は、ほぼ岩絵具だ。
色鮮やかな石を細かく砕いたものは入手できたから、それに膠液を混ぜた。
この膠液には、コウネルニの耳から取ったゼラチンを使った。こちらも、最適な配合率がまだ割り出せていないため、ごく少量の使用に留めた。
「……!」
「これは……」
手のひらサイズとはいわないが、デルフィーナの小さな手で持って描けるサイズのスケッチブックと、透けるような乗せ方をされた色に、四人は息を呑んでいた。
年末年始をはさみ、更新の間が空いてしまいました。
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