87 ラーメン
コフィアでの「バニラアイス乗せアップルパイ」披露の場は、アイス試食会に続いて驚嘆からの大騒ぎとなった。
ホールのアップルパイが二つも三つも消化されたため、本当に試食なのだろうか? とデルフィーナは疑問に思ったが、それぞれが幸せそうだったので目を瞑ることにした。
おもにデルフィーナのせいで、拘束時間と職務内容がかなりブラックな職場になっている気がするコフィアだ。
様子を見る限り離職の懸念は全くないが、その理由を考えれば、こういう時に彼らの望むまま食べられる方がいいように思う。
給与はきちんと支払っているが、金銭とは別にこういった試食を自由にできるのは、食いしん坊達には良い環境と言えるはずだ。
デルフィーナのレシピを元に作る菓子類は、今のところ、カフェテリアコフィアでしか出していない。
最新の菓子を食べられるのはコフィアに勤めるからこそで、その役得に魅力を感じる限り、辞める可能性は低い。
なおかつ、まかない料理もかなり目新しくて美味しいとなれば、コフィアの重要なスタッフであるイェルドとリベリオは絶対に店を離れないだろう。
さて、そんなまかない料理だが。
これも実は従来にない料理で美味しいものばかりだとアロイス経由で知っていたカルミネは、説得を重ねてデルフィーナの了承を取り付けて、料理がメインの飲食店を出していた。
もちろん、料理のレシピがデルフィーナ発だとわからないように、エスポスティ商会の新たな店として宣伝している。
そちらの従業員はデルフィーナとの接触が一切なく、まったくデルフィーナの存在を認識していない。商会長の姪、子爵家の令嬢、というだけだ。
危険回避のため店へ行けないデルフィーナは、店内の様子や客層などは、又聞きで話を聞くことしかできない。
そのため新たな料理は中々提案できないのだが、構わないとのことだった。
画期的な料理も、食べ慣れれば客にとっては定番料理となる。美味しければ何度でも食べたくなるから、定着してしまえば目新しいメニューは必要ないのだそうだ。
確かに、天ぷら屋、ステーキハウス、寿司屋など、絞った料理の店は過去世でもたくさんあった。定食屋みたいなものだと考えれば、違和感はない。
主な客層が平民なら、次々目新しいメニューを出しても都度の説明が大変だし、慣れない料理に手を出す者は少ない。日々の食事で冒険するのは、お金にゆとりのある人間だからだ。貴族ならば次々新しいものを求めるので知らない料理があれば注文するが、平民ならばその割合は少ないだろう。
そんな飲食店も、王都内に二店舗目を出すことが決まった。
食をメインにした酒は控えめの店なのだが、中々の繁盛ぶりと聞く。
ここで初めて、カルミネからレシピについての相談があった。
一店舗目との違いを出すため、なにか新しい料理が欲しいらしい。
デルフィーナは、重曹が手に入ったので、中華麺を作ることにした。
パスタを茹でる時に入れるだけでももちもちになるが、麺を作る段階からかん水の代わりに入れれば、パスタと違う乾麺として売り出せる。
王都は海が近く、海産物もそれなりの鮮度で食べられる。
スープを魚介ベースと鶏ベース、豚骨ベースとして、ローストポークと野菜を入れればなんちゃってラーメンができる。野菜は青菜が理想だが、季節によっては難しいため、その時期に得られるもので妥協する。
海苔はないがワカメは海産物にあるらしいのでこれも入れる。
豆の種類を選ばなければ、もやしもあるらしいので、これも入れる。
デルフィーナの知識内では醤油がないと叉焼は作れないため、似せても煮豚にしかならない。料理人が作り慣れているのはローストポークだろうから、後々煮豚にするにしても、開店直後はローストポークでもいいだろう。
煮卵も、醤油なしでは単なる塩ゆで卵となる。入れるかどうかは試食を経て決めた方がよさそうだ。
メンマは作り方が分からず、ナルトは魚のすり身を蒸せばいいはずだが、蒸し料理がバルビエリにはなく、蒸し器を作らねばならない。
蒸し料理に関しては別で色々考えているため、ここでは使わないことにした。
アイスクリームを乗せるためのアップルパイに意外と時間を取られて、コフィアでは結局新しい別の料理は試作できなかった。
中華麺の試作をコフィアで、と思っていたのが流れたわけだが、よく考えればコフィアの厨房ではスープが作れない。
コフィアに魚だの豚骨だの鶏骨だのを運び込むのも――既にゼラチンのためコウネルニの耳を入れているのだが――どうかと思い、なにより匂い問題として棲み分けをすべきと判断した。
結果、中華麺の試作とスープ作り、煮豚作りはエスポスティ家の厨房へお願いすることにした。
屋敷の料理人達はなぜかイェルドをライバル視しているようなので、ある程度は新しいレシピをそちらへ回す方がいい。
彼らとて秘密保持の契約をしているのだ、デルフィーナが遠慮なく案を出しても大丈夫だろう。
そんなこんなでラーメン作りは進み。
エスポスティ家全使用人を試食係として巻き込んで、屋敷がほぼラーメン屋となった末。
カルミネの考えから逸脱して、エスポスティ商会の新しい飲食店は、ラーメン専門の三軒目が建つことで決着がついた。
「マヨネーズだけで本当によかったのかしら?」
「よかったんじゃない? 二軒目の目玉にはなるでしょ、あれ」
「でも一軒目にも回すんですよね?」
「それはねぇ。二軒目にばっかり客が流れそうだからねぇ」
デルフィーナは、アロイスと共に応接室にいた。
今日は、かねて相談していた画家の紹介を受けるのだ。
少し時間があったので、二人は屋敷の応接室でのんびりとお茶をしていた。
カルミネに相談されていた新しい料理は、結局、マヨネーズを使ったものに落ち着いた。
ドレッシング代わりにサラダへ使ったり、切っただけの生野菜にディップソースとして添えたり、ポーチドエッグに乗せたり、「そのままの形」で使うのは二店舗目だけとした。
炒め物や焼き物など、マヨネーズそのものが分かりにくい料理は一店舗目でも出せるようにした。これで、差別化を図りつつ、客の偏りも防げる。
当初考えていたラーメンがあたり過ぎた弊害もあったが、なんとか二店舗目の目玉ができてよかった。
コフィアに作ったような冷蔵室、簡易氷室は一店舗目も二店舗目も作ってもらっているし、カルミネに探してもらって、マリカの殺菌魔法と同じような魔法を使える人材も確保してある。
こちらは中々に見つかりにくく、それまではマリカ一人で生卵の殺菌をしてもらっていた。屋敷の調理器具、食器類、食品類、コフィアの調理器具、食器類、食材と完成した料理、すべてに魔法をかけていたマリカは、かなり魔法を上手く使えるようになったと苦笑していた。
更に商会の飲食店でも魔法を使うのは無理があったため、確保できて本当によかった。
マヨネーズは、レシピを知りたいと求められることが予想された。
貴族が相手の場合断れないため、デルフィーナは条件をつけることにした。
簡易氷室の設置と、殺菌魔法の使用を前提に盛り込んだのだ。
両方が確認できて初めてマヨネーズのレシピを販売する。それならば、サルモネラ菌による食中毒は防げるだろう。
殺菌魔法をかけておけば、他の菌類も死滅して、食中毒自体のリスクがほぼなくなる。
他の商会へレシピを売る場合も、同じ条件をつける。
大手ならなんとかなるだろうが、殺菌魔法を使える人は少ないようなので、貴族が能力者を保有していたら、見つけられないかもしれない。
エスポスティ商会としても、二人目を探し出そうと頑張っているそうだ。
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