85 献上計画
そう、デルフィーナが考えた「王家の庇護をもらう方法」は、植物精密画による画集、それも珍しい植物を収集した図解本を献上する、というものだった。
ボタニカルアートはまだ世に広まっていないし、王室へ誰かが献上したとも聞かない。
温室がまだまだ普及していない現状なので、他大陸の植物に一番明るいのは宮廷の温室を管理している庭師達だが、その立場ゆえ自ら新しい植物を探しには行けない。
庭師達は絵師ではないため、植物の特徴を文章と簡単な図で記録しているだけで、その記録はアートとは遠いものだろう。
政治とは関わりがなく、献上した後も面倒ごとが少なそう――有り体に言えば後腐れがなさそう、という意味で植物関係は狙い目だ。
一度限りの献上で止めることも可能だが、重ねることも可能。重ねる場合、一緒に珍しい植物を献上することも容易になる。
なにより本という媒体なら、飲食物と違って献上に弊害がない。
毒の懸念も減らせて、献上を認可されるまでの保留時間が長くなっても大丈夫で、持ち運びしやすくて、収めた後に見てもらえなかったとしても、収蔵に困らない。
足がかりとするにはベストなのだ。
植物学者などが作り読む“学術書”としての薬草本などは現在もあるようだが、芸術を観点としたものはまだ作られていないだろう。
見るだけでも楽しい観賞用の植物細密画の本は、添える内容が難しかったとしても、学びのきっかけともなる。
印刷技術の発達段階を考えると、複写するのも全て手作業になるだろうから、献上品と差を付ければ、売り出すこともできる。
王家からの庇護をすぐに得られなくても、絵画好きの高位貴族を射止められる可能性がある。
そうして人気が高まり、王立植物園、温室への来訪者が増えれば、王家からの印象も良くなるはずだ。
「兄上に確認してみないと確かなことは言えないけど、何人か支援している画家と、支援しようか検討している画家がいたと思うよ」
「本当ですか!」
「エスポスティ家の資産は多いからねぇ、音楽家や演劇なんかの支援もしているし。画家も数人いるはずだよ。ただ、デルフィーナが求めているタイプかはわからないよ?」
デルフィーナとしては、ボタニカルアートを理解してくれて、大陸を渡る度胸と根性と体力があれば誰でもいい。年齢も性別も問わない。
「エスポスティ家ゆかりの画家が見つからなければ、募集をかけてもいいですか?」
「うーん、その場合は、エスポスティ家からの募集って形になると思う」
「それでかまいません」
デルフィーナ個人として雇うのが理想だが、いきなり七歳児に雇われるのは相手も不安だろう。名目は気にしない。エスポスティの名前で集まってくれるなら、それでよかった。
「まずは兄上達に当たってもらおうね」
「はい!」
「それで、画家を募って何をするつもりなの?」
にっこり笑ったアロイスに、デルフィーナは嬉々として計画を語ったのだった。
アロイスは温室へ来ていた。
このガラスの温室は、デルフィーナがガラスを作り、それを使って職人が作ったものだ。基礎的なデザインはデルフィーナがしている。
もちろん建築に当たっては本職が監督しているので、建物としての不安はない、しっかりしたものだ。
ここでアロイスは、自分の持つ魔法を使って、植物を育てていた。
デルフィーナの依頼を受けて南大陸へ旅立ったチェルソは、南大陸最南端を目指して船旅をしている。
最南端へ至るまで、船は幾度も、運輸を任された荷物の上げ下ろしや補給などで港に寄る。
一度接岸すれば数日はそこで過ごす都合上、チェルソは陸へ下りる度、依頼を受けたものを探して歩いている。
肝心なのは「小さな赤い実」の木らしいが、他の植物でも珍しければ欲しいとデルフィーナが伝えていたため、なにかと見つけては送ってきていた。
元が庭師だからか、どれも北大陸にはないもの、あっても北大陸にあるものとはだいぶ違っているものをきちんと選んできている。
北大陸へ渡る船へ鉢植えと手紙を預け送りつけているチェルソは、費用はデルフィーナ持ちだからと、かなり楽しんでいる様子だ。
「だいぶ育ったねぇ」
夕空のような色をした丸い果実――オレンジが、たわわに実を付けていた。
季節感を無視した収穫ができるのは、アロイスの魔法あってこそだ。
足元には低木のベリー類が少しずつ枝を伸ばしている。
このオレンジは、南大陸ではなく北大陸に近い島で見つかった。比較的近かったため、運搬はエスポスティ商会所有の船が使えた。
大きな鉢で運び込まれた木を見たときには驚いたものだ。
「デルフィーナはやっぱりおっとりだよねぇ」
収穫しながら、アロイスは籠を持って付き従っているジルドにこぼす。
同意し苦笑する彼は、話し方だけならアロイスの方がおっとりなのにな、と思っても口にしない。
「大切に育てられたお嬢様ですから」
「それはそうなんだけどねぇ。なんというか、考え方が、平和というか、のんびりしている気がしない?」
画家を求めたデルフィーナの策を聞いて思ったことだ。
危機感がないわけではないだろう。それなのに選ぶ手段が時間がかかるもので、即効性がない。
王家の庇護を得る、という案はいいが、そこまでの計画が気長なのだ。
庇護を得るまでの間はどうするつもりなのだろう、と現実的な考えを持つアロイスは思ってしまう。
まだ七歳だからか、地位に相応しい令嬢らしくあれ、と育てられてきたからか。知識の源である異界の生活は平和なものだったからか。
どうしてもどこかお気楽というか、呑気に感じてしまう。
「まぁ、そこをフォローするのが俺たちの仕事な訳だけど」
王都に呼び戻され、デルフィーナが稀人と分かった段階で、アロイスは覚悟を決めていた。身代わりになり、怪我を負うことも織り込み済みだった。
こうなった時、デルフィーナはどうするだろう? と考えなかったわけではない。
慌てるか。泣くか。怒るか。
萎縮するか、行動を控えるか、知識を出し渋るようになるか。
デルフィーナは泣きこそしたけれど、自身の力で前進することを選んだ。その道を妨げる気は、アロイスにはない。
「献上、ねぇ」
デルフィーナの話す画集がどんなものか、実際出来上がりを見てみないとなんとも言えないが、手としては悪くないだろう。
バルビエリの文化は他国に遅れているわけではないが、さりとて進んでいるわけでもない。
軍事力などは均衡を保っているため昨今大きな戦はないが、それでも隣接する領主同士の小競り合いはある。
近隣の国家と比べて、抜きん出ている何かがあるわけではない。
そういった状態の所へ、料理や絵画とはいえ、革新的なものを出すのは歓迎される。
外交の場――昼餐や晩餐、遊戯室での交流に出せるものは、他国に対し自国の発展具合のさり気ない紹介ができる。
いわば、優位を主張する道具となるわけだ。
そのため、実は、どこよりも早く紅茶を流行らせたのは、ひとつの功績といえる。
王家への献上は、紅茶だけでも意外といけるのだが。デルフィーナが危惧したように、飲食物はリスクも伴う。
ここら辺は、時機をみる必要があった。
「しょうがないかぁ」
パチン、と枝を切って、手にしたオレンジを見つめる。
あまり気は進まないが、呑気な姪っ子のために、使える伝手は使おう。
アロイスは収穫を続けながら、脳内で今後の算段をつけていた。
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