82 午後の密談
デルフィーナが稀人となってからのエスポスティ商会の伸びしろは計り知れない。
未だ発売されていないものがたくさんあり、販売を始めたものも未だ一部にしか売っていないが、これからどんどん話題となり、売れていくだろう。
腕利きの商人は耳が早いのが普通だ。
そういったエスポスティの状態を、察知しないわけがなかった。
エスポスティ商会の好調を快く思わない彼らは当然探りを入れ、判明した原因と思われる人物を狙うのは、彼らからすれば必然だった。
危うい手段を取る商会が二つあり、ではどちらなのか、とカルミネもアロイスも調べていたのだが。どちらの勢力が狙ってきているか、どうしても明確にできなかった。
どちらも狙っている可能性があり、一方と断じるのは危険だったのもある。
そんな中でエスポスティ家の三兄弟は、デルフィーナを守るための一計を案じた。
七歳の女児は身体が小さい分、誘拐しやすい。また誘拐後も、気力体力共に大人の男性と比べれば弱く、誘導しやすい。それを掠われてはたまらない。
デルフィーナが“稀人”だと外部に漏れないようにしていたが、エスポスティ家が「たくさんの知識を蓄えている人物、ないしは情報の記された書物」を抱えていることまでは伏せようがない。
商会で目覚ましい新商品をあれだけ出せば、どこかから知識を得ているという事実は隠しようがなかった。
だから三人は、偽物の知識人――囮を作ることにした。
三人にとって幸いなことに、デルフィーナは過去世の記憶を取り戻してから、一人で行動したことがない。
しかも行動開始時には、アロイスは王都に呼び戻されていた。
アロイスはお目付役として傍にいただけだが、外部からは分からない以上、知識を有するのが誰なのか、の誤魔化しができる。
一旦は田舎に引っ込んだアロイスが、王都に戻って以降目覚ましい動きを見せている。
となれば、七歳の少女よりそちらが耳目を集めるのは当然。
ましてやアロイスは大学まで出ている秀才だ。
デルフィーナの隠れ蓑にはうってつけの存在だった。
デルフィーナ自身は全くそのような考えを持っていなかったが、父親と叔父達からすれば、アロイスの方が何かあったときの対処がしやすいし、デルフィーナを表に出さずにすむなら越したことはない。
子どもだと動きづらいから、という単純な理由でデルフィーナはアロイスを呼び寄せたが、父達三兄弟からすれば情報操作がしやすいことこの上なかった。
どちらの商会であっても大丈夫なように対策をし、そろそろ動きがあるとみて、伝手を使って衛兵達の訓練を郊外でしてもらうよう計らい、備えまでしていた。
アロイスの怪我、馬車を壊す行為は、完全に想定外の動きだった。
それにしても、メラーニ商会のやり方は思った以上に拙速に過ぎた。
エスポスティ家の抱える「たくさんの知識を蓄えている人物、ないしは情報の記された書物」の存在の察知から、詳細な情報を得るに至るまでが早かったのには理由がある。
デルフィーナには気付かれないようにしていたが、実は、屋敷の使用人の一人が買い物に出たまま行方不明になっていたのだ。
屋敷に入れる者は入念に調べていたが、家族の嗜好や趣味の情報は外でも手に入るため制限をかけていなかった。さらには、使用人自身の趣味嗜好はデルフィーナに関わらないため特に気をつけていなかった。そこを狙われたらしい。
数日後見つかった使用人は、脅されてここ数ヶ月のエスポスティ家について話せる範囲で話してしまったという。
彼は自力で逃れては来たが、小さな怪我を大量に負っており、拷問に近い脅しを受けたことがわかった。謝り倒す彼の処遇は一旦保留となり、今は療養させている。
幸か不幸か、デルフィーナについては口外できないよう魔法誓詞書で制約していたため、漏れなかった。
使用人自身、話せないことを悟られないようにしていたらしく、その分、他の話せることを聞き出されるがまま話してしまったという。
屋敷へ出入りする人物、関係性、最近食べるものなどを含め、ドナート、カルミネ、アロイスのことが主に漏れ出た情報だった。
クラリッサとファビアーノは商会にほとんど関わらないと初めに分かったようで、除外されたらしい。そこにデルフィーナも含まれていた。
詳しく聞かれていたら、制約があるため話せない、すなわち秘密がある、と察知されていた可能性が高い。
脅迫される中でも、エスポスティ家の使用人はきちんとデルフィーナを守っていたのだ。
制約がかけられていると分かれば、それ以上の追及はされないのが普通で、使用人自身も守れただろう。
だが他の角度からあらゆる質問をされれば、デルフィーナの存在自体は浮き彫りになってしまう。
魔法誓詞書で守れることにも限りがあり、その穴を突かれる可能性を理解していたために、彼はデルフィーナを守るため、必要以上の怪我を負った。
そうして、肝心の「たくさんの知識を蓄えている人物、ないしは情報の記された書物」の存在を誤認したメラーニ商会は、囮であるアロイスに食いつき、今回の襲撃を企てた。
怪我を負いながらも逃れてきた使用人が保護されたことは、犯人確保後を考えると大きい。
アロイスが襲撃時に捕らえた者達と彼からの証言で、十分犯罪を立証できる。
訴えと損害賠償請求はもちろん、事実に基づく相手方の悪い噂をばらまき、社交も商売もできないよう潰す。そうなれば最早メラーニ商会に今後はない。
権力こそないが、エスポスティにはそれだけの力があった。
金の力は大きいのだ。
商人と蔑む高位の貴族達より、ともすれば力を持っているのがエスポスティだった。
「うちの可愛いお姫様を泣かせた償いは、しっかりしてもらおう」
「そうですねぇ。まぁデルフィーナはただでは起きない性格だから、挫けずこれからも進んでいくと思いますけどねぇ」
ドナートの言葉に、アロイスはのほほんと答える。
「あとは、彼のことを伝えるかどうかだな」
捕まり逃れてきた使用人、彼がデルフィーナのために負った怪我は、アロイス以上だ。
アロイスの怪我であれだけ大泣きしたことを思うと、伝えない方が無難なように思える。
カルミネの呟きに、二人は思案顔となった。
どちらにせよ使用人の療養が終わるまではデルフィーナにも会わせられないため、すぐに結論を出さずともいいが、どうするべきかは悩ましい。
「隠しておいたらデルフィーナは怒る気がしますねぇ」
「ショックを受けるだろうが、そのまま落ち込んで鬱々するタイプではないな」
叔父二人の姪を評する言葉にドナートは苦笑する。
「さて、どうするかな」
決めるべき事は他にも色々とある。
メラーニ商会へ対する今後の具体的な方策や、もう一つの敵対的商会への対処、背後にいる貴族家への対策などなど、話し始めればキリがない。
今日の三人の語らいは、夕を跨いで夜更けまで続きそうだった。
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