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80 襲撃




「うん、いいわね」


 屋敷の一室、デルフィーナの秘密を知る者とだけ面会する応接室で、デルフィーナは頷いた。

 その視線の先には、金メッキされた金属と白い平皿から成るケーキスタンドがあった。

 シンプルで、何を乗せても良さそうに思える。


 皿は縁に絵を付けても見栄えがするだろう。

 季節によって違う絵の皿に変えてもいい。


 デルフィーナはほくほく気分で口元を緩めた。

 淑女として、ニヤニヤ笑いができないため、これでも気を引き締めているのだ、一応。


 他にも、温室での栽培が順調に進んでいるとか、重曹らしきものが見つかったとか、嬉しいことが続いており、ここ数日ご機嫌に過ごしている。

 自室へ戻り、陶磁器工房のフラヴィオへとお礼の手紙をしたためようと、鼻歌を我慢しつつ廊下を歩いているときだった。


 ざわざわと玄関の方が騒がしい。

 いつもは静かな空気がかき乱されているような、落ち着かない雰囲気だ。


「なにかしら?」


 予定外の来客でもあったのだろうか。

 首を傾げたが、ここにいても判然としない。客であったら鉢合わせしないように、と、そっと玄関ホールへ進む。

 二階にいたデルフィーナは吹き抜けのホールを上から覗く形でそっと顔を出した。


 客と言っていいのか否か。

 武装した兵士――制服からして街の衛兵だろう――が何人かと、家の従僕達がおり、スチュワードのアメデオが対応しているようだ。


「なにかあったのかしら?」


 普段家では見ない衛士の姿に、心持ち不穏を感じながら見ていたが、エレナがその背にそっと手を当てた。


「何があったのか確認して参りますので、お嬢様はお部屋へお戻りください」


 確かにここにいても何もできないし、デルフィーナが顔を出しては邪魔になるだろう。頷いて、デルフィーナは静かにその場を離れた。




 しばらく部屋で手紙を書いていたデルフィーナは、少し青ざめた顔で戻ったエレナが、「旦那様がお呼びです」と告げたため、ペンを置いた。

 サインを入れればおしまいのそれを、乾かす間、人に見られないよう引き出しへしまう。


(なんだろう。あんまり良くないことが起きたのかな)


 衛兵の姿と、エレナの顔色、普段デルフィーナを呼ぶことのないドナートが呼んでいるという事実から、不安になる。

 だが行ってみないことにはわからない。

 デルフィーナは駆け出さないよう気をつけながら、早足でドナートの執務室へ向かった。








「アロイス叔父様が襲われたっ?!」


 執務室へ入るとすぐにソファへと促され、なぜかドナートは隣へ座った。

 落ち着いて聞きなさい、という前置きの後聞かされたのは、そんな衝撃の知らせだった。


「ああ。命に別状はないが、右腕に怪我をしているらしい」


 命に別状はないと聞いてほっとする。

 街の外にある工房へ行く途中、郊外へ出たところで襲われたらしい。たまたま近くに、訓練のためまとまった兵士達が来ており、すぐに駆けつけてくれたため、大事はなかったという。

 襲ってきた者達はそこそこの人数がいたらしいが、全て捕縛され連行されているとのことだ。

 施療院へ向かったアロイスにはジルドが付き添っており、衛兵を伴ったフットマンが先に知らせに戻ってきた。

 御者は、一部が壊れた馬車を検証のため兵士達と共に詰め所へ運んでいるそうだ。


「でも、どうして叔父様が襲われたりなんか?」


 ほっとしつつも震えそうになる身体を叱咤するように、両手でぎゅっと腕を押える。

 そんなデルフィーナのことを、ドナートは難しい顔で見つめていた。

 きっと理由はわかっているのだろう。それなのにドナートは何も言わない。その眼差しに、段々とデルフィーナは悟った。


「まさか……私のせい、なのですか?」


 血の気が引く。

 真っ青になったデルフィーナを宥めるように抱き締めると、ドナートはその小さな背中をポンポンと優しくたたいた。


「お前のせいではないよ。悪いのは犯人だ」

「でもっ」

「たとえきっかけが“稀人”であっても、襲うという手段を選んだ以上、悪いのはあちらだ。お前に非はない」

「それは……そう、なの、でしょうけれど……」


 それでもデルフィーナは動揺を隠せない。凍り付いたように身体が強ばって、指先は冷え切っていた。

 抱きしめてくれるドナートの温かさがなかったら、ガタガタと震えていただろう。


「詳しい話は、アロイスが戻ってからにしよう。手を負傷していると、なにかと不便だろうからな。助けてやりなさい」

「……はい」


 悄然としながらデルフィーナは執務室を後にした。

 エレナの気遣う様子にも気付かず、重い足取りで廊下を歩く。

 ドナートの言うことは分かる。もっともな話だ。襲われたことに関してデルフィーナは悪くない。それでも落ち込んでしまう気持ちは誤魔化せなかった。


 過剰な知識は、時に危険を招き寄せる。

 分かっているつもりで、全然分かっていなかった。


 リスク回避も、本来ならもっとしなければならなかった。

 自分の見通しの甘さが招いたことに、デルフィーナの心は沈む。


 きっと、デルフィーナの知らないところでずっと、デルフィーナは守られていたのだろう。

 アロイスが、ドナートが、カルミネが、他のたくさんの人が、悪意や害意をデルフィーナに悟らせぬよう動き、守ってくれていた。


 しょんぼりとしていたデルフィーナは、またざわざわと屋敷の空気が動いたのでハッと顔を上げた。

 騒がしくなったのは玄関だ。慌てて走り出す。


「お嬢様!」


 エレナの制止を振り切って廊下を駆ける。

 淑女のふりなどしている場合じゃない。


「アロイス叔父様!」


 玄関ホールを見下ろせば、アメデオと話している姿があった。

 施療院で治療してもらったのだろう。上着は右腕を通さず肩にかけており、その下には白い布が見える。動かさないよう布で吊っているようだ。


 デルフィーナは、階段を駆け下りた勢いのままアロイスへと飛び込んだ。


「っと」


 負傷した腕を避けるためだろう、少し仰け反ったアロイスは、それでも転ぶことなくデルフィーナを受け止めた。

 お腹へと顔を埋める姪っ子の背を、宥めるように左腕で撫で擦る。


「心配をかけちゃったねぇ」


 いつもと変わらないのほほんとした声に、デルフィーナの我慢は限界を超えた。


「わああぁぁぁん、ごめんなさいぃ、ごめっ、ん、ぁさいぃ!」


 大声で泣きながら謝る。

 誰もデルフィーナを責めない。きっと怪我したアロイスですら、デルフィーナが悪いとは言わないだろう。

 それでもデルフィーナは、領地で田舎暮らしを満喫していたアロイスを引っ張り出した本人なのだ。

 領地でのんびりした生活を送っていたら、きっとこんな事には巻き込まれずにすんだ。

 襲ったのは確かに襲ってきた奴らが悪い。

 けれどデルフィーナにも、アロイスを巻き込んだ責任があるのだ。


 しゃくりあげながら謝るデルフィーナを抱きしめたまま、アロイスはじっとしていた。

 ときおり、くしゃくしゃと頭を撫でたり、背中をぽんぽんと叩く。


 感情の波が静まるのを待っていたが、いつもは年齢に見合わない落ち着きを持つデルフィーナが、一向に泣き止まない。

 冬の玄関ホールは冷える。

 ふ、と息を吐いたアロイスは、上着の内側へ手を入れ肩の結び目を解いた。右腕を脇へとおろして自由にすると、少ししゃがんでデルフィーナの膝裏に左腕を通す。


「よっと」

「?!」


 抱き上げられて驚いたデルフィーナは慌ててアロイスの首にしがみつく。

 その様子に笑ったアロイスに、またボロボロと涙が出た。


 一瞬泣き止んだかと思ったのに、また泣き出すデルフィーナを見てアロイスは苦笑しながら歩き出す。

 エレナが先導してくれたので、ゆっくりと階段を上がってシッティングルームへと向かう。

 ジルドがすぐ後ろにいるため、階段を落ちる心配もない。


 歩き出す前にエレナが差し出してくれたハンカチを顔に当てながら、まったく泣き止まないデルフィーナは、シッティングルームでソファにおろされてからもアロイスに抱っこされたままだった。







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