08 厨房探索と二人目の叔父
アロイスは、デルフィーナの商会顧問を引き受けた後、一旦自室へと戻った。
紅茶も、デルフィーナ曰く出涸らしになっていたのでキリが良かった。
今のうちに確認しなければならないことがある。
彼の姪は、明らかに以前のデルフィーナと違っていた。
それがいつからなのか。
他の家族は気が付いているのか。
その変化を、きちんと受け止められているのか。
大学へ通っていた頃のアロイスは、本の虫だった。
血の繋がらない家族に対してどう振る舞ったらいいのか悩んでいた思春期の少年は、精神の逃避先に本を選んだのだ。
問題行動はおこせない立場を考慮して、無意識に選んでいたのだろう。
自然と学問の道へ進み、兄達の勧めもあって寄宿学校を出た後、大学進学を決めていた。
その大学の図書寮で読んだ中にあった。
マレビト、異界人、輪廻転生をはたすもの。
この世界にたまに出現するという、異界から流されてきた者や、異界で生活した記憶を持つ者。
どこにどんな風に現れるのか誰にも分からない。この世界の生む偶然。ある意味世界の被害者であり、知識によっては革命を起こす者。
危険視されることもあれば、神のように崇められることもある。
大学で出会った友人は、親類にいる、とひっそり教えてくれた。本来他人に教えるのはリスクがあるのに、信頼されていたのだろう。本を手にしていたのを見て、興味があるなら詳しい人がいるよ、と遠回しに伝えてくれたのだ。
彼の話を思い出す。
アロイスは、生まれた時から、いや、義姉の腹に宿っている頃からデルフィーナを知っている。当然姪は異界人ではない。ならば。
(うちの姪っ子は、“生まれ変わり”だったんだねぇ)
デルフィーナは気付かなかったが、完全にまるっとバレていた。
一方のデルフィーナは、厨房へと向かっていた。
解散する前のアロイスに、工房へ注文を出すときには、似たような物を参考にあげた方が伝わりやすいのではないか、と提案を受けたのだ。
あるいは図を描くことを考えたが、この世界のキッチン用品がデルフィーナには分からない。似たものがないなら描く、あるならそれを挙げることにした。
どちらにせよ、色々と見て用途と名称を確認しないことには、説明に使えない。
さっそく屋敷内探索へ出ることにした。
(あとでカトラリーも確認しなくちゃね)
この時代、貴族が使う食器はほぼ銀で出来ており、家の財産に位置している。
そんなカトラリーの管理は、家令の仕事だ。
ドナートの許可をもらってから、家令の監督のもとでないと見せてもらえない。そちらは後回しにして、デルフィーナはひょこん、とキッチンを覗いた。
「ごきげんよう」
「おや!」
「お嬢様!?」
厨房の中まで主一家が入ってくることなど滅多にない。大抵が要件を伝えるだけで入らず去っていく。アロイスにお茶を淹れたときに用意したのも実質メイド達で、デルフィーナは必要な物を口頭で伝えただけだった。
のんびりしていた料理人やメイドは慌てて居住まいを正した。
「ごめんなさい、お仕事の邪魔をするつもりではなかったの。ちょっと厨房を見せてもらいたくて。今、大丈夫かしら?」
タイミング的に、それほど忙しい時間ではないはずだ。
夕食の支度を始めるには少し早い。
休憩を取っていたらしいフットマンを押しのけて、料理長が作業台に寄せてあった椅子を空ける。
「どうぞどうぞ」
「ありがとう」
スツールのような背もたれのない椅子は少し高くて、デルフィーナが乗るには厄介だった。足を上げれば届くが、スカートの裾をはしたなく開くことはできない。
座るのは諦めて、デルフィーナは料理長を見上げた。
料理は体力勝負、と云わんばかりに上背も身幅もある料理長は、騎士といわれたら納得してしまいそうな太い腕をしていた。
「あのね、調理器具にはどんなものがあるのかを拝見したいの」
「はぁ、調理器具をですか?」
好奇心旺盛な子どもの興味が、今日はキッチンに向いたのだろう。そう解釈した使用人達は、朗らかにデルフィーナを見つめる。
「だめかしら?」
首を傾げたデルフィーナに、皆笑顔になった。
「いえいえ、構いませんよ! お好きなだけ見てってください」
「高いところの棚は、開けて差し上げますね」
「なんでも聞いてくだされ」
にこにこと、主一家の愛娘を受け入れる。
「ありがとう。分からない物があったら、教えてね」
七歳児にとってはそこそこ広い厨房を、デルフィーナは端から見ていくことにした。
スープが入った寸胴鍋、煮込み用に使うとおぼしき半寸胴鍋、ソースパン、フライパン、スキレットなどが置かれたり吊されたりしている。
かまどの上には湯を沸かしていたのか、大きめのミルクパンが載っていた。石窯の火は今は見えない。
包丁やスパチュラ、おたま、麺棒など細々した物も、しまってあったら出してもらう。
「これはなぁに?」
「グレーターですよ。チーズをおろすんです」
「これは?」
「パネットーネの型ですよ」
「こっちは?」
「それも焼き型です」
意外と菓子の焼き型はあるらしい。あまり使っていない気もするが、エスポスティ商会の商品を進上されたのかもしれない。使う頻度が低くても、菓子型があると分かっただけで収穫だ。
すりこぎや、すり鉢もある。
これなら粉砂糖を作れる。
「これは?」
「コランダーです。水分を切ったりするのに使います」
前世ではもっぱら笊を使っていたが、洋風の笊はそういえばこんな感じだった。デルフィーナは頷きながら思い出す。
「これは何かしら?」
「これはホイッパーです」
「どう使うの?」
「手で握って、ひたすらかき混ぜる感じですな」
「そう……」
ホイッパーというからには泡立てる器具なのだろうが、デルフィーナの知るそれとは、全く形が違っていた。
なんらかの植物の束のようだが、料理長の動作を見ると、両手で挟んで回転させるようだ。
他の器具が前世使っていた物と共通する形状が多かったから、油断していた。
(これはかなり腕力と体力が必要ね)
生クリームを泡立てるのに、せめて金物の泡立て器がほしい。電動ミキサーは到底手に入れられないから、人力に頼るしかないとしても、もう少し効率のいい物を使うべきだ。
(作ってもらう物リストに追加一点、と)
デルフィーナは脳内にメモをして、他もくまなく見せてもらってから、厨房を後にした。
この世界には、輝光石という鉱物がある。
陽光を浴びた分だけ光を溜め込み、暗いところへ持っていくと光る性質の石だ。
夜は、他の輝光石がたくさんある場所でも構わず光る。一つ一つの光は小さなもので、ちょうど蝋燭一本分くらいの光量だ。
北大陸北限の、夜も日が落ちない地域から採掘されるため、「白夜の恩恵」ともいう。
大きな塊は中々採掘されず、出たときはオークションにかけられ、こぞって王侯貴族が競り落とす。
蝋燭と違って匂いが出ないため好まれるが、溜めた光は一日しかもたないため、毎日日光浴させた石と交換する必要がある。
庶民への普及率はそこそこだ。
蝋燭からの火災を避けられるため、燃えやすいものを扱う工場や倉庫、商店は必ず使っているが、個人宅ではまだまだ蝋燭が幅を利かせている。
エスポスティ子爵家では、当然ながら輝光石を使っていた。
その輝光石を取り替えに来たメイドが、カルミネとアロイスが呼んでいると伝えてくれた。
礼を言って、デルフィーナは離れのシッティングルームへ向かった。
「兄上から聞いたぞ、商会を立ち上げるんだってな?」
部屋に入る早々かけられた朗らかな声に、デルフィーナは思わず笑ってしまった。
デルフィーナのもう一人の叔父は、根っからの商売人だ。新しい物好きでもある。
こういう人だからこそ、ブルーノも紅茶を持ち込んだのだろうけれど、今回のカルミネは珍しく商機を逃していた。
いや、大きく捉えるなら、逃すことでより大きなものを得るのかもしれないが。
「ええ。つきましてはエスポスティ商会へ色々と発注したいのですわ」
にっこりと笑いながらデルフィーナはカルミネの対面のソファへ座った。
アロイスは、二人の間をもつように、両者から斜向かいにある一人がけのソファへ座っている。
弟をちらりと見ながら、カルミネは口角を上げた。
「ほう?」
「直接職人に説明が必要なものが多いんですよ」
「ふむ?」
アロイスが肩を竦めて苦笑する。
彼のポケットには、デルフィーナから聞き取った諸々を書き連ねた手帳が入っている。そのリストを思い浮かべて、アロイスは指折り数えてみせた。
無言でたくさん、と示すアロイスに、カルミネは髭の顎先を撫でた。
そんな二人の気安げなやり取りを眺めて、デルフィーナは軽く身を乗り出す。
「工房へ行って発注したいのです、融通はききまして?」
「デルフィーナが行きたいのは、焼き物の工房と、銀細工の工房ですよ」
アロイスの口添えにデルフィーナはこくこくと頷く。
「ふむ。陶器の工房は、今は磁器の作製に注力してもらっているから、それほど忙しくないはずだ。銀細工は、いつも通りの注文数で回っているはずだが、時間が取れなくはないだろう」
急ぎの客はいなかったはずだ、とカルミネは工房の予定を記憶から掘り起こす。
「時間がかかるなら、なるべく早く発注したいのです。いつなら行っても大丈夫でしょう?」
磁器の試作をしているというところも見てみたい。現状どこまで進んでいるのか、磁器の食器はいつ出来上がるのか、分かるのなら知りたい。
「明日の午前に伝えておけば、午後には訪問できるだろう。アロイス、必ず同行しろよ」
前半はデルフィーナに向けて、後半はアロイスに向けてカルミネは言った。
二人とも頷いて、明日の午後の予定が決まった。
「カルミネ叔父様、それと、お店を新しく構えるには、どうしたらいいかしら?」
「というと?」
「一から建築するわけにもいきませんし、既にある家屋を借りたいと思いますの。エスポスティ商会は、不動産は扱っていまして?」
「なるほど、店舗をどこで借りるかの問題か」
「はい」
ここら辺はアロイスにも聞いたのだが、カルミネの助言を得る方が良いだろうとのことで決めていなかった。
エスポスティ商会でも他の商会を吸収した時などに出る不動産は、そのまま保持して貸与している。立地条件などが悪く有効活用できそうにない場合は売りに出すこともあったが、現在宙に浮いている物件はない。
「エスポスティが親しくしている周旋商会はあるが、ギルドに行くのが良いだろうな」
「ギルドですか?」
「ああ。商業ギルドの方が、保有している建物は多いからな」
どの道、新しく商会を開くのなら商業ギルドには登録する必要がある。
「教会の持つ土地も多いが、あちらは商店よりも住宅向きがほとんどだ。商会が軌道に乗って黒字なら、いずれ買い上げも検討するだろう?」
「え、ええ、そうですね」
「それならギルドの方がいい、教会の物件は買い上げがしにくいんだ」
「そうなのですか」
買い上げまでは考えていなかったデルフィーナだが、確かに商会が軌道に乗ったら、店舗に使っている物件は商会のものとした方が無難だ。
そこまで持って行けるか分からないが、珈琲までの道のりの長さを考えれば、視野に入れておくべきだった。
商会の正式立ち上げと、登録と、物件の相談、全てギルドの会館へ出向く必要がある。これも早いうちが良いだろう。
「ところで、どんなものを発注するつもりなんだ?」
好奇心に満ちた瞳で、カルミネはデルフィーナを覗き込む。
にっこりと笑い返して、デルフィーナは問うた。
「叔父様、時間はおありでして?」
遅い時間だが、熱意ならデルフィーナの方が持っている。作りたいものはたくさんあるので、語るのもたくさんになるだろう。
「…………」
デルフィーナの様子にひやりとしたカルミネは、アロイスを見る。そのアロイスは、ふるふると首を横に振った。
曰く、聞かない方がいい。
「あぁ、それなら、またにするよ」
弟の無言の訴えを入れて、心なし引きつった笑いを零したカルミネだった。
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