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78 マルメロとリンゴのゼリー




 固さはこれから最適解を探るとして。

 透明度は十分。マルメロもリンゴも色味は地味だが、しっかり形が見える。見栄えについてはこれからフルーツの組み合わせを考えればいい。


「では、食べてみましょう」


 デルフィーナ、イェルド、フィルミーノがそれぞれゼリーの載った皿を持ち、スプーンを手にする。

 見守る周囲から、ゴクン、と唾を飲む音がした。

 食いしん坊は誰だ。そう思いつつゼリーにスプーンを差し込む。


 主に香りの確認をした先ほどの固いものと打って変わって、ゼリーとして仕上げたそれは、つるんと喉を通っていく。

 マルメロとリンゴの香りは爽やかで、砂糖で増した甘みはちょうどいい。

 食感は、少し弾力がある。愛玉子ほどではないが、記憶にあるゼラチンのゼリーよりは反発する感じだ。

 もちっとするほどではないが、サラサラとろとろでもない。なんともいえないプルプル具合。


「う、うま~!」


 思わず出てしまったのだろう。ハッとしたフィルミーノが口を押える。だがデルフィーナは咎めることなく真面目に頷いた。


「ええ、かなり美味しいわ」


 そういってからまた一口頬張る。

 スプーンにもりっと乗せられる弾力が嬉しい。

 そんなに大口を開けて、とエレナが注意するべきか悩んでいる気配があるものの、今はそれどころではない。

 美味しい。

 今世で美味しいゼリーを食べられるなんて、この食感を味わえるなんて。

 初なのだ。気分的には“久々”だが、デルフィーナの身体としては初。

 叶うなら夏に食べたかったが、それは半年後の楽しみとしよう。きっとイェルドならもっと美味しく仕上げたものを作り上げるはずだ。


「オレたちも!」

「食べたいです!」

「食べていいですか!?」


 三人の様子を見ていたリベリオとタツィオは我慢しきれずにじり寄る。

 作ったゼリーは八個。残った五個のうち三つは、リベリオ、タツィオ、エレナにあげていいだろう。

 あと二つはアロイスとジルドにあげればちょうどいい。


 ベリーのゼリーをアロイスのために作ろうと考えていたが、どんなものを作るのか、参考になるものがあった方が、ベリーの育成に力を入れてくれるかもしれない。


「一人一つよ。それから、これもそのうちウチの目玉商品になるから、ナイショにしてね」


 外部へ口外することはありえないが、同じ守秘義務を負った仲間内なら話すことが可能なので、屋敷の使用人に自慢されると困る。 

 食べたい! コールが無言の圧としてかかってくるのは、焼き菓子の段階で経験済みだ。


「もちろんです」

「わかりました」

「試作は店でのみですね」


 うんうんうん、と五人が首肯する。

 立てた人差し指を唇に当てたデルフィーナに倣って、イェルド以外もヒミツのポーズを取った。

 そうしてそれぞれにスプーンを持ち、皿へ出したゼリーを口にする。


「……!」

「なんだこれ」

「初めて食べる、こんなの……」


 ぷりぷり? ぷるぷる? と既に実食したイェルドとフィルミーノは表現に悩んでいる。

 二人はゼラチンの試作段階から煮こごりの性質を理解していたので、三人ほどの衝撃は受けずにいたが、本当に初めてゼリーを食べた三人は、今まで出会ったことのない食べ物に驚きを隠せない。

 リベリオはよほど感銘を受けたのか、半泣きだ。それでも味わいつつ食べるのを止めないあたりが凄い。


「これは……食の細くなった人にも食べやすいものですね」


 一方エレナはしげしげとゼリーを眺めていた。

 小さくしたリンゴとマルメロは、煮て柔らかくなっているのもあり、噛まなくても飲み込めるぐらいだ。

 確かに、もっと細かくして混ぜ込めば、どんな食品でもとろとろにできるだろう。

 入れるゼラチンの量を減らせば、流動食にできる。


「病人食か」

「それはかなり重要では?」

「喉越しの良さは抜群です。パンがゆよりこっちの方がオレは好きですね」

「そうね、ゼラチン自体は甘くないから、スープにとろみを付ける感じでしょっぱい味付けもできるわ。牛乳とか栄養の多い野菜とか入れてもいいわね」


 牛乳は寒天のイメージがあるが、ミルクプリンのようにゼラチンを使う菓子もあった。

 とろみの強いホワイトシチューのようなものや、テリーヌを作ってもいい。

 アスピックは見た目も大事だが、病人食なら肉を使ったムースもありだろう。


 単純に綺麗なゼリーを食べたいと思って菓子に合うゼラチンを探してもらっただけなのだが、思わぬ副産物が生じてしまった。

 菓子や見栄えのいい料理だけでない可能性に、デルフィーナは少し戸惑う。

 これはデルフィーナの手には余る案件だ。


「ゼリーを食べてもらったら、叔父様方とお父様に相談するわ」

「それならば、旦那様方にも食べていただいた方がいいのでは?」


 もぐもぐとゼリーを味わいながら、タツィオが言う。


「それもそうね」


 もっともな発言にデルフィーナは同意した。


「悪いけど、もう一度ゼリーを作ってくれる? 同じものでいいから」


 まだマルメロとリンゴは残っている。肝心のゼラチンも、鍋いっぱいに。

 頷いたイェルドとフィルミーノは、結局この日一日をかけて、固さの違うゼリーをたくさん作ったのだった。




 後に、ゼラチンを使った療養食は、施療院で導入される。

 教会と契約をしたエスポスティ商会は、ミントを使った歯みがき粉に続いて、教会との継続した取り引きを成立させる。

 “稀人”たるデルフィーナにとって教会との深まった縁は、得がたい“身を守る術”がまた一つ増えた形だった。







前回の更新から間が空いてしまいました。

お待ちくださっていた方には御礼とお詫び申し上げます。

継続してお読みいただけて嬉しいです。


キリの良いところで切ったため、今回少し短めです。

次回はまた間を開けず更新できたらと思っています。

引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。

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