77 コウネルニの耳から
クリップにしろ歯みがき粉にしろ歯ブラシにしろ、間にアロイスかカルミネを挟んでいるため、デルフィーナはどんな人達がどんな所で作っているのか知らない。
それなりに時間が経ったら、見学という体で見に行ってみたいと思っている。
そんな雑貨店はたまに見に行く程度におさえ、デルフィーナ自身は屋敷で過ごすことが増えていた。
寒さで外出を厭ったこともあるが、なにより温室の建設が進んでいたためだ。
バルビエリは雪が少ない。
だから冬でも寒さが厳しくない日は建設作業も普通におこなわれていた。むしろ夏の方が昼間の作業を休むので、冬の方が竣工までは早かったと思われる。
そうして完成した温室は、コズモ達庭師により植物を植える準備がされた。
移植が完了したら、アロイスの魔法に頼る場面が出てくる。
だがまだプラントハンターとして雇ったチェルソは旅立ったばかり。
チェルソの旅程は、南大陸南部を探してから東大陸へ移動すると決めてある。
南大陸の最南端へ船で行き、そこからだんだん北上する予定のため、まだまだ船上にいるはずだ。
なので、温室にはとりあえず手に入る植物を植えることにした。主にベリー系だ。
季節外れの収穫ができれば、コフィアのスイーツとして提供できる。
ジューンベリー、ラズベリー、ブルーベリー、ブラックベリー、クランベリー、マルベリー。いずれも低木だったり蔓植物だったりで、巨木にはならないから移植も楽だ。
既に育っている木を入れてもらい、あとはアロイスの魔法で花を咲かせ、実がなれば、新鮮なベリーが早春には食べられる。
温室内の温度は、暖炉や地面に這わせたパイプに温水を流すことで保っているが、たまにフィルミーノにも魔法をかけてもらう予定だ。
寒い日の朝などはとても助かると、管理を任せた庭師が喜んでいた。
アロイスの忙しさが少し心配だが、ほぼデルフィーナのせいと言えるため、無理をしないようお願いするのも気が引けている。
代わりに、ファッジは欠かさず作り、他の菓子もアロイス好みの甘めのものを作って、差し入れにしていた。
ベリーが実れば、見目良く美味しいものを作ろう。
その菓子の試作をする予定で、今日も今日とてデルフィーナはコフィアに来ていた。
ベリー類を植えると決めた段階で浮かんでいた菓子。それに適した材料の割り出しが終わったと、イェルドから報告があったのだ。
他のフルーツで試作しておけば、ベリーの収穫後、スムーズに作ることができる。
「準備はできたかしら?」
アロイスは雑貨店の方へ行っているため不在だが、今日は本来定休日。
お店としてのコフィアはお休みしているが、休日出勤手当を出して、イェルドとフィルミーノに店へ来てもらった。
新作を試すと知ったリベリオとタツィオも何故か顔を揃えていたが、彼らは呼んでいないため当然無給。単に食い意地が張っているだけだと、デルフィーナは二人の存在を流す。
必要が出てきたら手を借りるかもしれないが、まずないだろう。
デルフィーナの確認にイェルドが頷く。
熱湯を冷ましたり完成品を冷やしたり、時間短縮のため必須の魔法を持つフィルミーノも、となりで頷いた。
むしろ、作り方を覚えたら、こちらはフィルミーノが担当になるかもしれない。
「これがコウネルニの耳です」
そういってイェルドが持ち上げたのは、動物の耳。形は兎によく似ているが、大きさは成人男性の腕くらいある。
見た感じは豚耳に近かった。
形はどう見ても兎なのに、厚さも大きさも違って、違和感がぬぐえない。
コウネルニ自体を見たことがないデルフィーナには、どんな形の動物なのか、本体の想像がつかなかった。巨大な兎だったらちょっと怖いと思う。あの後ろ足の蹴りはかなり強いから、馬に蹴られる以上に危険なのではと心配してしまう。牧場で飼育されているようなので、人にはある程度馴れるらしいが。
聞いたことしかなかったその耳を見せられて、デルフィーナは頷くほかない。
慣れない人にはグロテスクに見えるかもしれないが、デルフィーナは過去世で豚の頭や耳、豚足なども見ていたため、それほど気にならない。沖縄料理や韓国料理を食べていれば、慣れるものだ。
もちろん過去に見たのも、今イェルドが手にしているのも、食材として加工済みであるから、というのもあるが。
「牛、豚、兎、ヒッポエラと試しましたが、コウネルニが一番香りが薄く使いやすそうでした」
ヒッポエラはコウネルニ同様どんな動物かわからないが、イェルドはデルフィーナの要望でそれぞれの皮や骨のある部分を煮込んで、煮こごりを作っていた。油分や匂いを確認して、スイーツに使えそうな煮こごりを選り出したのだ。
肉や野菜を入れ料理にするのに向いているものと、菓子に使えるものは違う。
一番は香りだ。
魚も煮こごりは作れるが、匂いが強いためそもそも候補に入れなかった。
雑味を感じさせず、香りもほぼ感じられないのが、コウネルニの、耳を煮たものだったという。
「これを二度茹でこぼして脂を抜き、その後じっくり茹でたものがこちらです」
深い鍋に既に準備してあった。三分でレシピを紹介する番組並みに手際がいい。
中から耳を取りだして、布巾を濾過布にして大きなボウルへと注いでいく。もうもうと湯気が上がる。
移し終わったそれにフィルミーノが魔法をかけると、冷えてかっちりとした塊になった。
「おお」
思っていた以上に固そうだ。
一方の取り出された耳は、プルプルとして豚ではないがミミガーにできそうだ。とりあえず、そちらは後で食べられるよう処理するとして。
まずはボウルで固まった方の確認だ。
スプーンで少し掬って口にしたイェルドは頷いた。
無言でフィルミーノが差し出したスプーンを受け取って、デルフィーナもボウルの中身を掬いあげる。
パクンと一口で食べてみる。
味は当然ながら何もない。
香りは極々僅かにあるが、肉っぽさはなく、薄めたバターのようだ。かといって油分を感じることはない。
これなら問題なく菓子の材料に使えるだろう。
「うん、いいわね」
デルフィーナの様子を注視していたイェルドとフィルミーノは、詰めていた息をほっと吐いた。
「ではこれをベースに、ゼリーを作りましょう」
冬の果物として、リンゴとマルメロが用意されていた。どちらも甘味は薄いため、砂糖で煮てもらう。
「シロップをそのまま食べるつもりでお砂糖は控えめにしてね」
「はい」
マルメロはしっかり、リンゴはあっさり火を通す感じだ。
小さくダイスカットしてあるため味もすぐに染みて、準備は終わった。
一旦火からおろして、そこに先程のコウネルニの煮こごりを掬い取ったものを入れてもらう。
「しっかり混ぜてね」
溶かしきってから再度軽く火を通す。
「では、これに入れてちょうだい」
厨房中央の調理台には、今日のために作ってもらっていた金型が広げてあった。
全部で十二個作ってもらったが、今回は材料の量から作れて八個だろう。
イェルドが、こぼさないよう少しずつそれぞれに注ぐと、鍋に残ったマルメロとリンゴも均等に入れていく。
「冷やして、固めてちょうだい」
フィルミーノがさっと魔法をかけた。
あっという間に湯気が消えたそれにデルフィーナは手を伸ばす。触れれば常温程度だった。
「なるべく冷たい方が美味しいから、もっと冷やしていいわ。凍らないようにね」
「はいっ」
フィルミーノは再び魔法をかける。
空気は変わらないのに、液を注いだ型の表面がうっすら色を変える。中が急に冷えて、結露のように汗をかいたのだ。
「うん、いい感じ」
頷いたデルフィーナの指示で型を皿の上にひっくり返す。
目立たないところに針を差し込んで空気を入れれば、プルルンと中身が皿へこぼれ落ちた。
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