76 雑貨店
冬の間にロイスフィーナ商会は、比較的小さめの商店をコフィアとは別に一軒オープンさせた。
コフィアと近いが別の通りで、カフェより人の往来が多い道沿いだ。
平民も気軽に入れる店にしたが、お忍びの貴族が訪れても大丈夫な雰囲気の店内は、内装をコフィアに寄せている。
扱う商品は、いずれもデルフィーナが作らせたものだ。
エスポスティ商会でも販売しているが、あちらは大店のため、高頻度で商会を使う客にしか商品を宣伝していない。店頭では他のものに埋もれて紛れてしまうため、並べていても店に通い詰めている客でないと気付かない。
そもそも大口の顧客は、屋敷へ伺う形が多く店へ来ることがないため、結果として一般には思ったより広まっていなかった。
とはいえ洗濯ばさみのような、単価も物も小さな売れ筋の商品は飛ぶように売れており、焦って売り込む必要をデルフィーナは感じていなかった。
客の間口を広げるため、ロイスフィーナ商会としての実績を積むため、雇用を増やすため、等々理由はあるが、実物を一覧のように並べていると、作ったものがはっきりわかる。まだ作っていないもの、アレもあったらいいのに、という新たな思いつきを生むためにも店があった方がいいのではないか、とカルミネから勧められたのだ。
のんびりしていたものの、チェルソを雇うことも決まり、売れた方が有り難いため、その言葉に乗った形で店を開くことにした。
コフィアはなんだかんだでデルフィーナがほぼ全てを決めている分、こちらの雑貨店はアロイスが主体で動かしていた。
デルフィーナのために忙しくなりすぎて、他へ投げる気になったカルミネが、元々関わっていたアロイスに丸投げすることにしたわけではない――はずだ、多分。
商品ラインナップとしては、コフィアで使っている陶磁器の食器類、傘、砂時計、調理器具、ティーコジーやコースターなどの布製品。
デルフィーナの母クラリッサへ、彫金工房で作らせた口金を持参でがま口バッグを教えたところ、喜んで作って友人知人への贈り物にしたらしい。
そこから広まり、刺繍がなくても欲しいという人が続出したため、お財布サイズから大型ショルダーバッグまで、色々と作った。もちろん作ったのは職人だが。
料理のレシピも、アレンジはそれぞれにできるもの、コフィアの目玉にはしないものはいくつか売っている。
バルビエリにないものとして、パズルや双六、五目並べ用のボードと駒なども作った。囲碁はルールがわからなかったため、もっと盤面の小さなものにした。
チェスに似たゲームはあったので、将棋は作っていない。囲碁にしろ将棋にしろ、もしかしたらそのうち東大陸から渡ってくるかもしれないという計算もある。
細かい物も作れるとわかったため、ドールハウスやら着せ替え人形も作ってもらった。
人形は、陶器でできたいわゆるビスクドールに近いものだ。
こちらは意外にも、少女ではなく貴婦人達によく売れた。
自分用のドレスを仕立てるのは費用も時間もかかるが、ドールサイズなら好きに作れるためだ。年齢的に着られないデザインのもの、色が自分には似合わないものも、人形になら着せられる。
硬質化の魔法をかけてあるため運搬も繊細な気遣いは必要なく、新しい服を作ってはサロンへ持ち寄って作品を見せ合ったりしているらしい。
クラリッサも裁縫が得意ということで招待されるみたいだが、ドールの服作りにはまっているのはクラリッサより上の年代が多く、かつ、人形代わりにできる娘のいない夫人が主体のようで、社交として外せない時だけ顔を出しているらしい。
そんなクラリッサの手から、がま口はだいぶ離れてしまったので、代わりに、くるみボタンを教えた。
これなら一つ一つが小さいものの、フォーマルからカジュアルなものまで幅広く作れるし、デザイン次第で簡単なものから凝ったものまで手間のかけ方も変えられる。
人へ贈るにはもってこいだろう。
親から譲られたドレスを流行りに合わせて仕立て直すこともしばしばな下位貴族には喜ばれるだろうと思ったが、案の定でクラリッサにも大変喜ばれた。
今までは木製や金属製のボタンが主で、美麗なものとしては貝殻製や半貴石があるくらいだった。
くるみボタンは共布で作れば浮かないし、逆に色を変えて目立たせることもできる。小物だが、飾りとして服のデザインの幅も広げられる。
服飾系に強かった過去のマレビトは、糸や布を作るところからスタートだったらしく――おかげで植物紙が広まってデルフィーナも恩恵に預かっているが――、くるみボタンまでは手が伸びなかったようだ。
デルフィーナに裁縫の才能はそれほどないが、クラリッサが喜んでくれて、流行りができるなら、また何か思い出した時には伝えよう、と考えている。
バネを使った洗濯ばさみをはじめとしたクリップ類、クリップボードやヘアクリップなども、商店には並べてある。
木材や、全体が金属製のものなど、素材も色々で、目的に合わせサイズも大小様々に作られた。
高級路線の髪飾りは店頭には出さず、エスポスティ商会が訪れる貴族家へ持ち込んでいるので、店には安い物が多い。だから気軽に買っていく客が多いようだ。
そして店では、デルフィーナが一番広めたかったものが大々的に宣伝されていた。
それは歯みがき粉と、歯ブラシ。
甘いものをよく売り出している手前、“高貴なる病”として虫歯を抱える顧客が増えるのは非常に困る。
歯をまるっと抜くか、高いお布施を包んで治療魔法で治してもらうしかない虫歯は、対策しておきたかったのだ。
糖分を栄養にするミュータンス菌は歯垢に多いと過去世で学んでいたので、とにかく歯垢が減るよう歯を磨くのが大事だ。
といってもこれまであった歯ブラシは柔らかい木の端を細かく裂いたものしかなかった。歯みがき粉については、何をか言わんや。
だからデルフィーナは、豚毛を植毛した歯ブラシを作り、歯みがき粉も作った。
アロイスの砂糖の消費、今はファッジなどの菓子中心に変わっているが、ともかくその食べっぷりに危機感を覚えて早々に発注していたから、歯ブラシは平民用から貴族用まで多種作れた。
一つだけ心配で確認したのは、ミントについてだ。
ハーブは、教会が主に育てている。
もちろん野生のものもあるし、家庭の庭で育てている種類もあるが、ハーブを加工して薬として売るのは教会がやっていることで、勝手に売り物に使っていいのかがわからなかった。
ミントは繁殖力が強いため、野生でもよく見かけるのだが、自分たちで使う分には構わなくても、売り物にした場合、お咎めがあるかもしれない。
ドナートに相談したところ、懇意の神官に話をしてもらえて、彼の所属する教会でも販売することで売り出す許可を得られた。
病に対しては教会、神官の専売特許とも言えるため、公然と販売できるようになったのは大きい。
もちろん、お布施もかなり包んだが。
南大陸から入ってきていたココナッツオイルに、塩、粉になるまですり潰した炭、ミントとセージを混ぜて作る。
ココナッツオイルは高いため、安価な歯みがき粉へは入れていない。
炭は竹がないので茄子のヘタを使うことにした。これも安価な方は違う炭を使っている。普通の木炭でも効果は多少あるし、なにより砂糖を食べるのは圧倒的に富裕層だからだ。
教会の許可が出たため、ミントだけでなくセージも使えたし、その点は非常によかった。
教会での販売は、売り上げの半分を収めなければならないが、八割十割持っていかれるわけではないので、これでもかなり良心的な設定だとカルミネから聞いている。
教会へ納める分とロイスフィーナ商会で売る分とで、かなりの量を継続して作る必要があり。これも専門となる小さな工房を作って、人を雇った。
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