74 リーノ
珈琲が見つからないのなら、プラントハンターを雇う意味がない。
真剣な眼差しに気圧されて、チェルソはごくりと唾を飲んだ。
デルフィーナの求めるソレを見つけない限り、ここへは戻れない。戻ってもまた旅立たねばならない。それがわかったからだ。
「引き受けた以上、見つけるまで探しますよ。その代わり、報酬ははずんでくださいね?」
旅の途中で泉下の客になろうとも、その時はその時だ。
チェルソはニィッと悪戯っぽく笑った。
「もちろんだわ!」
デルフィーナも破顔する。
プラントハンターに向いた人が見つからなければ、最悪育てるところから、と考えていたのだ。
それが、コズモのお陰で、うっかり呟いたお陰で、こんなに早く捕まえられるとは。
コフィアの売り上げは想定以上に良いし、アイディア料や諸々がエスポスティ商会から入ってきている。
ドナートへの借り分は徐々に返すとしても、デルフィーナは高位貴族の子息子女に比するほど個人資産を蓄えつつある。
それを全部つぎ込んでもいい。
他の事業をおこなうために必要な分は残すにしても、かなりの額をチェルソの旅費と報酬に充てられる。
珈琲にたどり着けるよう資産を増やしたのだ。
デルフィーナにとってはここが一番の使い処。
父や叔父達は眉をひそめるかもしれないが、個人の裁量で動かせる分をどう使おうとデルフィーナの自由だ。
改めて契約書を作ることにして、それは後日エスポスティ家で締結することを約束した。
タツィオの案内で二人はテラス席へと向かう。
裏庭を回って行けば店の中を通らずに済むし、スタッフが案内する以上、他の客に咎められることもない。
そもそも貴族は夜の社交が多く、朝が遅いため、この時間に来ているのは富裕層でも平民が主。難癖をつけられることはまずない。
葉がほとんど落ちているとはいえ、庭師なら枝しかない木々でも多少は見るところがあるだろう。庭の向こうには植物園の常緑樹も見られる。
なにより、菓子と紅茶を楽しめば、景観が寂しくても大丈夫。
足取り軽く、楽しみだと菓子について話しまくるチェルソと、淡々と相槌を打つコズモ。
二人の背を見送って、晴れ晴れとした気分でデルフィーナは息を吐いた。
本日二人目の面接相手は、事前の約束どおり、フィルミーノが連れてきた。
「遅くなりました!」
いつもならスタッフとして店に入っている時間だからか、フィルミーノは頭を下げる。
しかし来たのはほぼ約束の時間で、むしろ少し早いくらいだ。
とはいえ時間を計るのは鐘の音と日の高さくらいなので、大雑把な時刻しか決められないのだが。
そんな中でも、いつもならスタッフとして働いている頃のため、恐縮してしまったのだろう。
紹介を頼んだのはデルフィーナの方もなので、あまり気にする必要はないのだが。それをさらりと伝えたデルフィーナに、フィルミーノはほっと肩の力を抜いた。
連れてきたのはそんなに緊張を要する相手なのだろうか。
どんな人物なのか、とフィルミーノの後ろを伺えば、目が合った青年はニコッと人好きのする笑顔を浮かべた。
「こちらが同じ村出身のリーノです」
「はじめまして、リーノです。よろしくお願いします!」
フィルミーノにつられて室内に入ってきた彼は、ぺこりとお辞儀をした。
元気がいい。
好青年の見本のようだ。
「デルフィーナ・エスポスティです、よろしく」
対面のソファを勧めて、デルフィーナも腰を下ろす。
フィルミーノは二人が落ち着いたのを見て頭を下げると、部屋を出て行った。この後は店のスタッフとして勤務する予定になっていた。
王都からは各地の貴族が順次引き上げている。それに伴い、使用人達、御用達商人達も移動をしている。
シーズンはほぼ終わり。
そのためコフィアの客入りはほどほどに落ち着いている。
席が足りずお断りすることもなく、かといってガラガラでもない。スタッフ数を考えればちょうど良い案配である。
目新しい菓子は徐々に平民の間にも話題として広がり、テイクアウトが思ったより出ている。
貴族と違って来店時間がバラバラなので朝だけでなく昼や午後にもイェルドは菓子を焼いていた。
隙間時間に新作の練習をしたり、よりよい味にするためレシピを見直したりしている。
フィルミーノが慌てて店へ出る必要はないが、少ないスタッフで回している以上、手はあった方がいい。そのため彼は、面接へ同席せず休憩室を後にした。
フィルミーノがいなくなってもリーノは気にならないらしい。緊張は見られない。
相手が貴族令嬢でもそれほど意識していないようだ。
同じ村出身なら、アロイスとは面識があるのかもしれない。よく村を回っていたようだし、領主一家――エスポスティ家の人間がどういったタイプなのか知っているためだろうか。
フィルミーノによれば、リーノはフィルミーノより先に王都へ出てきたらしい。
村では稼げる仕事がなく、初めは領の城下街、といっても他の領に比べれば小さな街へ出たとか。
穀物商――主に麦を扱う粉挽き屋に就職したまではよかったが、粉挽きに有用と思った固有魔法を使ったら、水車を壊してしまったらしい。当然弁償せねばならず、就職早々借金を抱える羽目になった。
そのため、より稼げる仕事を求めて王都へ出てきたそうだ。
「水車を壊したと聞いたけど、なにがどうなって壊れたの?」
詳しい話はフィルミーノも知らず、デルフィーナは一番聞きたかったことを質問した。
雇っても同じように何かを壊されては困ってしまう。確認は必須。
「お嬢様は、小麦を粉にする方法って知ってます?」
敬語があまり身についていないのだろう。それでも丁寧にしゃべっているのがわかったので、デルフィーナは咎めない。後ろでエレナが眉を寄せている気配がするが、気にしない気にしない。
「水車を使っていたなら、水車の動力で持ち上げた杵が臼に落ちる形か、挽き臼の上を回す形でしょうね」
風車でもこの仕組みは同じだろう。
実際に見たことはないので、この国での粉挽きはどういった形が主流なのか知らないが、原理は変わらないはずだ。
リーノは頷いた。
「オレ、いや自分の勤め先だった粉挽き屋は、挽き臼を使ってました。上臼をたくさん回せば早く粉にできる。だから自分は歯車の回転を速めたんです。水車より速く回せば、早く粉になると思って。
びゅんびゅん回って、見てて気持ちよかったんです。初めは商会長も喜んでたんで、調子に乗っちゃって。
回転の速さについていけなくなったのか、力がかかりすぎたのか、歯車が壊れちゃって。歯車が跳んだ影響で他の部品も……」
木製の部品は摩擦熱で煙を上げ、あわや火事に、というところで分解して逆に幸いしたらしい。ともあれ石製の挽き臼以外の部品は作り直しとなった。
その間、挽き臼は使えない。
それこそ部品の新調が終わるまで、リーノは挽き臼を魔法で回し続けたらしいが。
「一日で使える魔法の量ってそこまで多くないでしょ? お陰でかなり使えるようになりましたけど、やっぱり追いつかなくて。店は赤字。クビになっちゃったんです」
入ったばかりの新人では、どの業務も教育しなければ熟せない。
赤字になる状況で新人教育などやっている余裕はない。
結果、リーノは粉挽き屋での仕事を失い、他で稼がないと借金を返せないと、王都へ出てきたという。粉挽き屋が紹介してくれて王都での職は得られたものの、賃金がとてもいいわけではなく。
田舎と比べて王都での生活には多くお金がかかるため、カツカツになっていたらしい。
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