73 チェルソ
改めて、やって来た男を注視する。
エスポスティ家の庭師達と同じく、よく焼けた肌。落ち葉のような赤みがかった焦げ茶の髪。その中で碧い目だけがキラキラと興味深そうに周りを見回している。
抑えてはいるが、許されるならもっと身体ごと寄って色々と見たい、そう考えていそうな様子だ。
好奇心旺盛なタイプだと覗えた。
デルフィーナは、彼の隣に立つ、紹介者であるエスポスティ家の庭師コズモへ目を向ける。
その視線を受けて、コズモは礼を取った。
「こちらがお嬢様ご所望の庭師です」
隣からの声にハッとして、男も慌てて頭を下げた。
「初めまして、紹介に与りました、庭師をしていますチェルソです」
「はじめまして、デルフィーナ・エスポスティです。そちらへどうぞ」
ソファから立って二人を迎えていたデルフィーナは、そのまま座り、対面の席を示す。
コズモとチェルソは顔を見合わせた後、黙ってそれに従った。
いつもの仕事着だったら固辞していただろうから、コズモの気遣いが事前にあったのだろう。二人は少しよそ行きの格好をしているらしかった。
「元傭兵と聞いたのだけれど、どうして庭師に?」
「怪我が元ですね。それまで大怪我したことがなかったんですが、まぁちょっと復帰までに一年かかるような怪我をしまして。一年も無職って訳にいかないんで、その時持ってた金を元手に商売始めたらそのまま戦場に戻るのが馬鹿らしくなりましてね。
でもオレいや私は商売に向いてなかったんでしょうね、すぐにスッカラカンになりまして。はじめが当たったから続けてたんですけどね。まあ何とか借金だけはせずに済んだって感じで店畳みまして。
あ、店って言っても行商だったんでどっかに構えてた訳じゃないんですけどね。市民権なかったんで店構えらんなくて。でもその頃ご贔屓にしてくれてた客の一人が庭師で、でもそろそろ引退するってんで、なら後継ぐから教えてくれって頼み込んで、こっちは向いてたらしくて。
市民権までちょっと借金しましたけど取ってもらえる伝手紹介してもらって、庭師になったんですよ。でもほら、元々あっちこっち行ってて風来坊っていうか、縛られんのが苦手ってわかったんで、お抱えじゃなく依頼があったら行く形で仕事してます、ハイ」
ここまでが一息だった。
(よくしゃべる!!)
チェルソは人当たりはいいようだ。
だからお抱えでなくても顧客がついて、仕事が成り立っているのだろう。
「怪我はもういいの?」
後遺症はないのかと問えば。
「あっ、はい、ええ指がね、何本か足りないんですけどもうなれたんで、身体の方の傷は診てくれた医者がよかったのか、大嵐の時くらいしか痛まないんで、はい、あ、指ないとか貴族のご令嬢に聞かせたらまずかったですかね、すんません。あの」
段々相手の立場を思い出したのか、情けない表情と小声になっていく。
もちろんデルフィーナはそんな怪我や怪我人とは無縁の生活をしているのでびっくりしたが、チェルソの様子につい吹き出してしまった。
どうにも憎めない人物だ。
「ふふ、大丈夫よ。見せられたら驚いただろうけど、聞くだけなら」
「見まふぐっ」
チェルソが身を乗り出したところで、となりのコズモが慌ててその口を塞いだ。反対の手では手袋をしていたチェルソの手首を押えている。
す? まで言えなかったチェルソも、今のはまずかったのだと固まった。
「失礼いたしました」
咳払いを一つしたコズモが頭を下げる。
何と答えたらいいのか悩み、デルフィーナは頷くだけにした。
「すんません、軽挙なところがダメだってよく言われるんですが、性分で、中々治らなくて」
頭を掻きつつチェルソ自身も謝罪する。
確かに、これを他の貴族の前で、ましてやご令嬢の前でやったらまずいだろう。叱られるだけで済めばいいが、卒倒させたら顰蹙を買うだけでは当然済まない。
デルフィーナは気にしないが、それがわかっていたからこそ、コズモは紹介してくれたのだと思う。
ともあれ人柄はわかった。
話し好きなのも、コミュニケーションが上手いかどうかはわからないものの、人当たりは良い。
「チェルソは、旅は好きかしら?」
「好きですね。傭兵時代と行商人時代はあっちこっち行きましたしね」
「今も旅ができるとしたら行きたい? それとも安定した生活を続けたい?」
「いやぁ、そろそろ庭の手入れも飽きてきてたんで、何か別のことを始めるかどうしようか考えていたくらいで。あんまり安定した生活に魅力は感じてないですね。家族もいませんし。あ、私、孤児なんですよ。つってもいい施療院で育ててもらったんであっち戻れば兄弟みたいなやつらがいるんですけどね」
デルフィーナは片手をあげて、チェルソの言葉を切る。
「庭師を辞めてもいいのね」
「あ、はい」
しゃべりすぎたとチェルソも理解したのか、今度は短く答えた。
「旅は、どこまでなら行ける?」
「資金さえあればどこまででも」
「海の向こうでも?」
デルフィーナの言葉に止まったチェルソはパチクリと瞬いた。その目が真剣な色を湛える。
「南でも東でも、行けるもんなら行ってみたいですよ」
「決まりね」
ニヤッと笑ってデルフィーナは頷いた。
「私はとある植物を探しています。正確にはその木の実を。果肉は赤く、小さくて、中の種は白っぽい灰色がかった薄茶色、かしら。私はその種が大量にほしいの」
「はぁ」
「おそらく暑い地域にあるわ。行けるなら私が行って探したいのだけれど、無理でしょう?」
「それはそうでしょうね」
コズモもエレナも大きく頷く。
子爵令嬢という立場でなければ、子どもでなければ、“稀人”とバレてなければ、許されたかもしれないが、デルフィーナがこの先、大陸を渡るほどの旅を許されることはまずない。
「だから代わりに探してきてくれる人を求めているのよ。植物の扱いに詳しくて、自分の身を守れて、遠くまで旅することを苦としない人。
あなたはどうかしら?」
大人びた微笑を浮かべ、チェルソをじっと見つめるチョコレート色の瞳は真摯だ。
「プラントハンターとして、私に雇われる気はない?
旅費やかかる経費はこちら持ち。私が求める植物はいくつかあるから、それらを見つけたら都度報奨金を出すし、他にも有用な植物を見つけたら知らせてほしいわ。
こちらで育てるのが無理そうなら、取り引きできるよう基盤を整えて。といっても難しいことはこちらから人を送るから、顔つなぎをしておいてくれるだけでもいいわ。
どうかしら?」
デルフィーナの話は、チェルソにとって悪くないものだ。
必要な資金はデルフィーナが出すし、気ままに旅程を決められる。ただし、海難事故や道中のトラブルを考えれば、安全は保証されない。
南大陸や東大陸へ行く分、言葉の壁もあるだろうし、リスクは決して小さくない。
それでも、一攫千金を狙えるのがプラントハンターだ。
チェルソが悩む時間は短かった。
「やりましょう。いえ、是非やらせてください。オレはまだ行ったことないところに行けるし。色んな植物を見つけて育て方を調べて、苗と一緒に送りますよ。貴重なものなら一緒に帰るか、任せられるヤツを見つけて添えて送ります。そういうことですよね?」
「ええ。エスポスティ家の温室で育てられるものは送ってほしいわ」
温度湿度の管理をしても、全てを育てるのは無理だろう。
それでも育てられる幾種類かがあれば、温室の意義がある。
「私が一番ほしいものが見つかったら、旅は終わりでいいわ。でもそれが見つかるまでは探し続けてほしいの」
珈琲が見つからないのなら、プラントハンターを雇う意味がない。
真剣な眼差しに気圧されて、チェルソはごくりと唾を飲んだ。
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