72 庭師の紹介
プラントハンターは、いないわけではないが、ほぼどこかの国のどこかの高位貴族が雇って派遣している者のため、そもそも北大陸には滅多にいない。
フリーのプラントハンターなどいないため、デルフィーナが雇うなら、未経験者となるだろう。
「傭兵あがりの庭師なんて、いたらいいのにね」
「おりますよ?」
「えっ?!」
いきなりかけられた声にデルフィーナは飛び退いた。
「ああ、すみません、驚かせましたか」
「う、うん」
日傘が邪魔になって人影に気付かなかったのだ。
きちんと見れば、屋敷で雇っている庭師だった。
エスポスティ家の屋敷は、王都内でもかなり郊外に近いため、そこそこ広い。
厩舎の周りなど特に手入れされない部分もあるが、客の目にとまるところはきちんと庭師が手入れをしている。
何人かいる庭師のうちの一人であるコズモが、ちょうど近くで植木の剪定をしていて、デルフィーナの呟きを拾ったらしかった。
「お探しなんですか? 元傭兵の庭師」
「え? ええ。え、本当にいるの?」
「おります。当家に来たことはありませんが、王都内で仕事をしております。一つのお屋敷に雇い入れられるのではなく、日雇いみたいな形で、商家や貴族の別邸などの小さな庭の手入れをしていますよ」
「へぇ。そうなのね」
日本の庭付きの家でも、だいたい懇意にしている造園業者に来てもらって、庭木の手入れをしていたと思う。
貴族家の屋敷の庭は概ね広いため、日々植え替えをしたり駆虫をしたり剪定をしたり掃除をしたりで仕事が多く、おかかえの形で雇い入れるのが一般的だが。
小さな庭の家なら、雇い方も日本と同じような感じなのだろう。
「その人、旅は好きかしら?」
「旅ですか?」
「そう。南大陸とか、東大陸とか」
「……大陸を越えた旅なのですね」
「ええ」
コズモは、うーん? と悩んで大きな手で顎を擦る。
革製の手袋で擦れて痛くないのだろうか、とデルフィーナは思ったが、それを問うタイミングではない。
「本人に聞いてみないとわからんですな。呼び寄せましょうか」
「話を聞くだけになっても大丈夫かしら?」
旅が好きではなかったら、プラントハンターに抜擢はできない。
そうなるとすぐにお引き取り願う形になるが、と首を傾げれば。
「大丈夫でしょう。お嬢様が使用人にも配ってくださる菓子の一かけでも食わせれば、ご機嫌で帰ると思いますよ」
コズモはくくっと笑った。
コフィアが開店した以上、試作品は以前のように作らない。
だが、それとは別に今では屋敷でも菓子を作っている。思った以上に使用人達が菓子の魅力に負けたのだ。給金を引かれてもいいから焼き菓子を支給してくれという始末。
屋敷の料理人も、もっと菓子を作れるようになりたいと言って、イェルドが作っていない菓子も作ることがある。
レシピの提供者がデルフィーナのため、欲しいときには料理長に声をかければいつでも作ってもらえた。
コズモも配られる菓子の魅力を、身をもって知っているのだろう。
菓子で事足りるというのなら、その庭師も同類らしい。
イェルドもそうだが、傭兵を止めた人は食べることが好きなのだろうか。
「お菓子がお礼になるのなら、お話を伺ってみたいわ」
「かしこまりました。彼に声をかけておきます」
「ありがとう」
訪問の日程は、家令のアメデオが調整して決めてくれるだろう。
独り言が功を奏するなどとは思ってもみなかった。
その、元傭兵の現庭師が、どんな人で、雇えるかどうかも分からないが。一歩進んで二歩下がるケースだってあるが。
とりあえずは一歩前進だ、とデルフィーナはご機嫌になってウォーキングの続きへと戻った。
その男は、青年というには年がいっていて、さりとて中年というのは憚られる、実年齢がよく分からない見た目をしていた。
今日の面接は二人。
初めはコズモ紹介の庭師だけの予定だった。
それがどうして増えたかといえば、単純に成り行きだ。
「ねぇ叔父様、庭師との面談ってどこですればいいと思う? うちの庭師紹介なのだけれど」
「何かまた始めるのかい?」
“叔父様”呼びから個人的なことだろうとあたりをつけて、アロイスがうっそりと微笑む。その目は店の帳簿へ向けたままだ。
初めは屋敷に招くつもりだったが、子爵家への呼び出しは相手の性格によっては嫌がられるかも、と思い当たった。デルフィーナとしてはリラックスした状態で話をしたい。
エスポスティ家の庭は、とも考えたが、あまり外に長居するとまた風邪を引く可能性がある。エレナとアロイスのしょげ方を考えると、それも避けたかった。
それならばどこがいいだろうか。コズモに確認するべきか。悩んでしまった。
「ええ、ちょっとね。紹介される人への来てくれたお礼は、お菓子でいいって言われたから、コフィアで出しているのと同じものを用意するつもりなの」
「うちの庭師への礼は?」
「それも、お菓子にしようかと思って。何が欲しいとは言われてないし。こういうのって本人に聞くべきなの?」
コフィアのスタッフ募集に関しては、カルミネとアロイスが動いてくれたため、デルフィーナはそのあたりの機微がわからない。
「紹介された人物と今後どういうつながりを持つかによると思うけど、デルフィーナが個人的に何かを頼んだりするくらいなら……えっと、庭師なんだよね? 何頼むの?」
ようやく顔を上げたアロイスは、瞬きながらデルフィーナを見た。
「何を頼むか、会ってから決めるつもりだからまだなんとも言えないわ」
「うーん、なら、紹介者と被紹介者の二人をコフィアに呼んでお茶を振る舞えば?」
店で出している紅茶にも等級がある。ランクの低いものを、焼き菓子と一緒に振る舞えばいいと言う。
「あんまり大仰にすると二人とも恐縮しちゃうだろうからねぇ。ほどよいお礼には高くないものがいいんじゃないかなぁ。一階のテラス席なら、庭を見られるし、他のお客様を気にせず済むと思うよ」
なるほど、それはいい手だ。デルフィーナは頷いた。
冬が近く寒くなってきたが、普段屋外で仕事をしている二人なら問題ない。
逆に客を外の席へ案内することも減っているので、ちょうどよく利用できる。
地下のスタッフルームで面談の後、庭の席でお菓子を味わってもらおう。店の雰囲気が苦手そうなら、持ち帰りに何か用意すればいい。
「なら面談はここでするわ」
さいわいスタッフルームにはいつでもお茶を楽しめるようソファセットとローテーブルが置いてある。今は物置になりつつあるが、何かあったときのためにと、衝立で区切った奥には仮眠用のベッドまであった。
面談中スタッフはこの部屋を使えないが、厨房にも人数分椅子はあるし、休憩はそちらでできる。
現に今も、二人は厨房で会話している。
デルフィーナはイェルドに新作の菓子を教えるため、アロイスはその出来たてを食べるため――いつ出来上がるか他の部屋では察知できないと言って。
「コフィアのスタッフも、誰かの紹介で増えるといいんだけど」
新しい人材は今のところ見つかっていない。即戦力を求めるのがダメなのだろう。
じっくり育てるゆとりが今のコフィアにはない。いずれはと思うものの、今欲しいのはやはりすぐ役立つ人手だった。
「皆も、推薦したい人材がいたら教えてねー」
ダメ元で気軽に言ったデルフィーナに、その場にいた面々も、はーい、わかりました、と軽く返事をする。
そんな中、はたと動きを止めたフィルミーノが、まじまじとデルフィーナを見つめていた。
「ん?」
視線に気付いて目を向ければ。
「ああああの、ぼ、違った、私の推薦でもよい…よろしいのでしょうか?」
接客に必要な定番の丁寧語以外は未だ熟せない様子で、つっかえつっかえフィルミーノが尋ねる。
「誰か、いい人がいるの?」
デルフィーナが首を傾げれば、こくこくと頷いた。
「いい人、なのかどうかは、ちょっとわかりませんが。えっと、固有魔法が、多分、このお店では有用だと思います」
ちらりとイェルドを見る。
無頓着なイェルドは今、ガツガツと音を立てながらボウルとホイッパーでメレンゲを泡立てていた。
この厨房では頻繁に鳴る音なので、誰もその響きを気にしない。
「固有魔法が?」
アロイスも気になったのだろう。詳しい話を、とフィルミーノに促した。
そうして、とんとん拍子に話は進み。本日の面談、面接となったのだった。
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