70 プレオープン4
(今回少し短めです)
「このフルーツタルトとロールケーキというものは素晴らしかった! プリンは“牛乳の雪”にも口当たりが似ているが、鼻に抜ける香りも、付けられたソースのほろ苦さも最高だ」
絶賛してくれたのはラビア伯爵だ。
注文前、熱心に説明を聞いていたので甘味好きなのだろうと察せられたが、これはアロイス以上かもしれない。
アロイスは「甘ければ甘いほどいい」タイプだが、伯爵は香りや食感、喉越しなど総合的に味わって評価するタイプのようだ。
「紅茶という、東大陸渡りの香り高い飲み物を出すと聞いて足を運んだが、まさかこれほど素晴らしい菓子に出会えるとは」
「ええ。クラリッサ様から紅茶のお話を伺ったときは、お茶に合うお菓子もあるのよ、という程度でしたのに」
にこにこと笑いながらどこか責める様子の伯爵夫人は、事前に知らされなかったことがご不満のようだ。
たまたまタイミングが合って今日来店したが、もしかしたら知らずに食べ損ねたかもしれない。そう考えれば、少しの腹立ちも納得できる。
それでも美味しい菓子と馥郁たる香りの紅茶に癒やされたばかりで、文句も言うに言えないのだろう。目は笑っていた。
「添えられたクッキーも美味しかったわ。持った感じは固いのに、サックリしていて驚いてしまったわ」
「ありがとうございます。クッキーはお持ち帰りにもなれますが、割れやすいため、専用の箱と紙でお包みしております。箱の方は買い取りか貸し出しを選べる形になっております」
デルフィーナに付き添っていたアロイスが、持っていた木箱の蓋を開けてみせる。中にはパラフィン紙で包んだクッキーが詰められていた。
それぞれのテーブルへお茶とお菓子がサーブされ終えた頃合いに、デルフィーナとアロイスは挨拶回りを始めた。
食べるのに集中しているお客様は後へ回して、紅茶を飲みつつおしゃべりの時間に入る方々から回っていたのだが。伯爵と伯爵夫人は何度か追加注文をされていたため、タイミングを逃し、結局、開店直後に入店されたお客様方の、一番最後となってしまった。
本来なら一番初めに挨拶しなければならないのに、とデルフィーナはそわそわしたが、アロイスは平気な顔をしていた。どうやらラビア伯の甘味好きを知っていたらしい。
「この紅茶というものも、菓子を食べる時にちょうど良い。ローズウォーターやアルコールではどうも食べづらくてな。果実水かアーモンドミルクを飲んでいたが、今後は紅茶にするよ」
一般的にある甘味は、どれも一度にたくさん食べるタイプではないはずだが、この話しぶりだと伯爵は家の料理人に色々と作らせているのだろう。
「牛乳の雪」はメレンゲ、クリームに砂糖とローズウォーターで風味付けして泡立てた菓子のことだ。作りたてを食べる菓子のため、お抱え料理人がいる貴族家か、高級飲食店でないと食べられない。
他に甘味といえば、果実の砂糖漬けか、ジャムなどをパンに乗せて食べるか、コンフィットや教会が売る麦芽糖の飴か。
砂糖を使うにしても、コフィアで出したような菓子はお抱えの料理人には作れなかったに違いない。
菓子は料理の一部という位置づけだが、本来貴族家の料理人の専門は、晩餐で出すようなもので、菓子ではない。
伯爵の要望に合わせて甘味を作っていたとしても、既存のものを伯爵好みに合わせて作るのが精一杯だったと思われる。
だからこそ、革新的で衝撃的な菓子の数々は、ガッツリとラビア伯爵の心を掴んだようだ。
「紅茶の淹れ方ですが、必要でしたら茶葉での販売時に使用人の方へ詳しくお教えしますわ。また、淹れるには専用の茶器でないとあまり美味しくはいらないので、よろしければこちらを作っている工房をご紹介いたします」
「エスポスティ商会の店頭での取り扱いもありますが、今ならお好みの絵付けを注文できます。注文が増してくると特注は仕上がりまでお待たせしてしまうことになりますので、もしその気がおありでしたら、早いほうがよろしいかと」
さり気なく耳打ちするように追加情報を伝えるアロイスに、一瞬目を瞠ったラビア伯は、呵々と笑った。
「これはこれは。さすがエスポスティのご息女とご子息だ。抜かりなく宣伝してくるとは。一本取られたな」
コフィアはデルフィーナとアロイス二人の立ち上げた商会の店だが、エスポスティ商会とは切っても切れない間柄。
必要な道具類は全てエスポスティ関連の工房で作っている以上、何かを勧めるなら必然的にエスポスティの商品となる。
デルフィーナ発案の品が売れればデルフィーナにも幾ばくか入るので、彼女からみれば相互利益の関係だった。
結局ラビア伯爵と夫人は、紅茶の茶葉と、コフィアに置いておいた茶器一式、持ち帰りできる菓子の全種類を求めたのに加え、ガラス加工についての依頼までして帰っていった。
ガラスについては、今後のお得意様ということで、クラリッサを通じて訪問日を決め、個人的にデルフィーナが伺う感じになるだろう。
伯爵夫妻との話を、聞くともなしに聞いていたのだろう。同じフロアのお客様は概ね持ち帰りの菓子も注文してくれた。
初日はその後だんだんと客足が伸び、入店まで待ってもらうことが増えた。
とはいえ回転率はそう高くない形態の店だ。富裕層の人々を店の外で待たせるわけにもいかないため、希望者には三日目の予約チケットを渡す形にした。
もとよりそのつもりでプレオープンを三日間に設定していたので、ある意味予定通りといえる。
二日目からは菓子のテイクアウトのみの販売も開始した。
そんなわけで。
コフィアの評判は人伝に広がり、大盛況のうちにプレオープンは幕を閉じた。
お読みいただきありがとうございます。
キリの良いところで切ったら、短めとなりました。
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