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07 早々相談




「ふふ、ありがとうございます。本当に安心しましたわ」


 アロイスの心理など欠片も察することなく、デルフィーナはようやくソファに座りなおした。

 対面では涼しい顔で姪が落ち着くのを待っていた叔父が、紅茶のボウルを傾ける。


(叔父様それって何杯目? ……気に入ったんだなぁ)


 説得が上手く行ったのは八割がた砂糖のためだと思うが、紅茶の魅力があってこそともいえる。

 王都周辺の水が硬水でなくて救われた。

 軟水とも思えないが、紅茶を淹れてみた感じでは硬度に問題はない。水質測定器などないので、デルフィーナが飲んでの印象でしかないが。


(それにしても美味しそうに飲むなぁ。私はそんなに飲めないよ)


 本心では飲みたい。

 だが子どもの身体に多くのカフェインはよくない。徐々に慣らしていくとしても、日に二杯か三杯で止めておくべきだ。


(七歳の子どもがバカスカ飲むもんじゃないからね、成長を待つよ!)


 お代わり用に用意しておいた湯をボウルに注ぎ、デルフィーナはそれを飲む。

 茶葉の質を考えても、たくさん抽出できるものではない。紅茶はアロイスに譲ることとした。


「叔父様、早速ですがご相談がありますの」


 お湯を飲んで気持ちを切り替えたデルフィーナは、早くも諸々を諮ることにした。


 お店を開くにあたって、欲しいもの、必要なものがたくさんある。

 現在存在していない器具が中心ゆえ、物によってはかなりの商機にもなるから、叔父達にとっても決して悪い話ではないはずだ。

 どれだけ実現できるか分からないが、この時代でも再現可能なものから順に考えていけばいい。

 今の技術で作れるのか作れないのか、デルフィーナにはそれさえよくわからない。だから欲しいものの説明をして、アロイスに判断してもらうしかない。


「紅茶を淹れるために必要な道具を、揃いで作りたいと思いますの」

「お店で使うなら、雰囲気を統一するのは大事だねぇ」

「はい。今飲むのに使っているボウルでは少し小さいですし、熱くて持ちにくいでしょう? なので専用のカップと、それを支えるソーサーが必要ですし、ミルクを入れる器も。紅茶を量ったり、ミルクを混ぜるのにスプーンもいりますし」


 ソーサーとは何だろうと思いつつ、話を進めるためアロイスは一旦流す。


「陶器と金細工だね?」

「テーブルや椅子を含め、店舗の内装も合わせたいですし」

「全く新しいタイプのお店だもんねぇ。印象は大事だよね」


 日常で人々が飲んでいるのは、エール、ワイン、一旦沸かした水で作るハーブウォーターや果実水、生水に酢をくわえたものが主だ。これに、薬に分類されるハーブティーが入る程度。

 飲食できる料理店いわゆるレストランは存在するが、飲み物をメインにした店は、アルコールを提供する居酒屋的な飲み屋しかない。

 この世界にはまだカフェ、喫茶店、コーヒースタンドに当たる店がない。

 つまり、業種の形態が今までにないものとなるのだ。


 そのことを踏まえて、アロイスも同意する。

 初の業種の一号店となるのだから、先駆者がいない分、準備は万端にしたい。


「お茶請けとしてお菓子を作って提供しますから、そのために必要な道具も色々あって」

「うーん?」


 デルフィーナの言葉を聞きながら、アロイスは都度出てくる聞き覚えのない言葉に引っかかる。

 デルフィーナの欲する全体像がアロイスには見えない。


「うん、まずは欲しいものを全部あげてみようか」


 一つ頷くと、説明は二の次にして、とにかく列挙するよう言った。

 デルフィーナも従うように頷きを返すと。


「ほしいものはね、ティーカップとソーサーでしょ、ポットでしょ、クリーマーでしょ、スプーンとストレーナーでしょ」


 怒濤の勢いで羅列していく。


「ちょっ、ちょっと待った! 待って」


 慌ててストップをかけたアロイスは、ポケットから紙束を取り出した。

 デルフィーナのあげたものを書き留めていくらしい。


「叔父様、それはなんですか?」


 手のひらサイズの紙を複数枚重ねて綴じてあるように見える。

 それに、ポケットから共に出したのは羽ペンだ。


(その羽根、飾りじゃなかったんですね)


 てっきり襟元を彩る羽根飾りだと思っていた。南国の鳥の羽根は装飾品にあったが、アロイスが差していたのは何の変哲もない白い羽根だった。

 小さな硝子瓶が別のポケットから出てきた。そちらはインク瓶だ。


「これ? 控え帳だよ。ちょっと書き留めるのにいいんだ」

「紙をそんな気軽に使ってしまっていいんですか?」


 紙は植物紙でも高いという印象だった。それがこんな小さく切られて綴じられてノートになっている。


「ん? 紙はそんなに高いもんじゃないよ?」

「えっ?」


 アロイスの言葉にデルフィーナは驚く。

 文化の進み方は分野によってかなりまちまちらしい。

 デルフィーナの不思議そうな顔に首を傾げて、アロイスは説明してやる。


「んー、亜麻の服が流行った時にねぇ、ボロもたくさん出て、紙の材料がたくさん手に入ったんだよねぇ。だから紙が安くなったのはここ数年てところかな?」

「そうなのですね……」


 そういえば服にポケットがある、とデルフィーナははっとする。

 中世ヨーロッパに当てはめるならバロックからロココに移るくらいの服にポケットはない。むしろ服のデザインもバロックやロココに当てはまらない。


(誰かが、服飾で文化革命を起こした? 私が紅茶と珈琲で起こそうとしているみたいに)


 亜麻の服が流行ったのは一般庶民にだろう。ある程度資産のある人々は、木綿や毛織物の服を着る。生産量の少ない絹を着られるのは王侯貴族だ。

 服飾業界の余波が紙にあるとは思わなかった。

 紅茶も、いずれ流行れば、全然別の業種に影響を与えるのだろうか。


 アロイスが渡してくれた控え帳をデルフィーナはしげしげと眺める。


(誰が何をしてても関係ない。私は私。

 とにかく珈琲が飲みたい、そのために進むのみよ!)


 新品だったそれを返した後、デルフィーナは落ち着いて一点ずつ今欲しいものを枚挙する。

 それをアロイスは淡々と書き留めていった。

 たまに聞き返したり、綴りに悩んだりするものがある。この世界にはまだ存在しないもの、似た器具があっても呼び方が違うものなどだ。

 そもそもどんな物かを理解しているのがデルフィーナだけ、という品も多い。

 注釈をつけるのは後にして、とにかく一覧を作っていった。


「とりあえず今思いつくのは、これくらいですわ」


 一気に吐き出して、デルフィーナはほうっと息を吐いた。

 一人で脳内に抱えていた諸々を、一先ず伝えられた。小さいが大切な一歩だ。

 さてこの中で実現が容易いのはどれだろう。


 アロイスはと見れば、一覧に目を通しながらしかめっ面となっていた。


「じゃあ、次はこれの内容説明だねぇ」

「はい」


(かなりたくさん挙げたぞ。喉がもつかしら)


 苦笑したデルフィーナは、今日の三杯目を飲むことに決めて紅茶を淹れ直した。






 アロイスと相談した結果。

 ひとまず茶器に関しては、一度陶器で作ってもらうことにした。

 エスポスティ商会の抱える陶工は、磁器の作製にも試行錯誤しているらしい。原料となる鉱石がこの国ではほとんど産出しないのだとか。

 美術品として、また食器として耐えうる磁器ができるまでにかかるというのがアロイスの見解だ。


 ティーポットは現状のものから、ジャンピングしやすい形状で、もう少し大きいサイズで作ってもらう。

 ボウルはハンドルをつけてカップにする。指で摘まみやすく安定感のあるハンドルは、試作を幾度かしてもらう必要があるだろう。

 ソーサーは普通に皿として使える浅さのものでいい。カップの径と合うように段を付けてもらえば事足りる。

 クリーマーはミルクピッチャーのとても小さい物を作ってもらう感じだ。これも口頭で説明した後、試作をしてもらう。


 カトラリーは、銀細工師に依頼する。

 ティースプーンのついでにコーヒースプーンも頼みたいし、ケーキフォーク、ケーキスプーン、シュガーポット、シュガートング、トレイ、ティーキャディとキャディスプーンは必須だ。

 それに次いで、バターナイフに、ケーキスタンドとケーキナイフも必要だし、ケーキサーバーもいるだろう。

 忘れてはならないのがキャンドルスタンドだ。テーブルに乗せる以上デザインは揃えたい。

 そして肝心の、ティーストレーナー。

 ストレーナーをいきなり作るのが難しければモートスプーンでもいい。口頭説明でどこまで伝えられるか、ストレーナーには自信がないが、穴の空いたスプーンなら説明は容易い。


 デルフィーナの記憶には写真のみで実物を見たことはなかったが、あれはあれで綺麗だから、ティーセットが高級志向ならセットで作るのはありだろう。


(なんかスプーンに芸術的な感じで穴が開いていたのよね。名前思い出すの大変だった……)


 柄が細く、ポットのつまりを取ったり、ストレーナーが生まれる前は茶漉しがわりに使われていたものだ。

 スプーンに穴を開けてもらうだけなら手間も少ないだろう。その間にストレーナーの試作をお願いすればいいのだから。


 デルフィーナの頭にあるのはヴィクトリア様式のティーセットだ。

 なぜそんな様式名を覚えているかといえば、ヴィクトリアサンドイッチケーキでインプットしたからに他ならない。食い意地は記憶にも作用するのだ。


 テーブルの上に乗せるものだけで、こんなにある。


「一から始めるのはなんとも大変ですわね」


 嘆息したデルフィーナに、アロイスも苦笑する。


「これは、一旦カルミネ兄上に相談してからがいいかもね」


 注文する物が多すぎると、納期がいつになるのか分からない。エスポスティ商会お抱えの職人なら、そちらの仕事が優先されるのだから、なおのこと時間がかかるに違いない。

 早めに頼んでも、納品されるまで待つことになる。

 その間に、他の作業を進めるほかないだろう。


「そういえば、商会の名前は、もう決めてあるのかい?」

「……いえ、全く考えていませんでしたわ」


 名前は、商会の顔になる。看板でもありデルフィーナの名刺代わりにもなるものだ。

良い名付けをしなくては。


「うーん。少し考えておきますわ」


 今すぐパッと決められるものではない。

 保留案件に追加する。


「じゃあ、兄上が捕まえられたら、夕食後に話をしよう。起きていられるかい?」


 デルフィーナは子どもらしく寝るのが早い。夜更かしを怒られるのもあるが、遅い時間になると勝手に瞼が落ちてくるのだ。


「――頑張って起きていますわ」


 寝ない、とは確約できない。

 分かっているアロイスは、揶揄うように微笑んだ。









お読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
最近読み始めた者ですが、楽しませていただいております。 ありがとうございます。 今回の話を読んで、子どもの頃読んだ童話全集にあった亜麻の話を思い出しました。 亜麻が成長して、刈られ叩かれ、ああなんて…
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