69 プレオープン3
決意しているデルフィーナは、ショーケースの売り手となるだろうカルミネへ、この機会にさり気なくプレゼンすることにした。
コフィアのショーケースは、一番下の段に氷が入れられている。その上で、ショーケース内の温度を低く保てるよう、定期的にフィルミーノが魔法をかけていた。
液体、固体だけでなく、フィルミーノの固有魔法は大気にも有効だった。
冬は部屋を暖めて薪の節約をしていたと語った少年は、ショーケースくらいの狭い空間なら日に何度か魔法を使っても全く疲れないという。
朝一番で作った生菓子は地下の氷室――冷蔵庫でしっかり冷やしてあり、開店直前にショーケースへ移しているため、それ自体に魔法をかける必要はない。
茶葉の存在を秘匿するため、初めはポットで淹れるのではなくバックヤードで入れたものを提供しようかと考えていた。だが意外と良質な茶葉が多かったため、酸化する前に売れるよう、淹れ方が分かるように提供する形へ変更した。
バックヤードで一度にたくさん淹れるなら、紅茶を温めるのにフィルミーノの魔法を使うつもりだったが、必要なくなったので、現時点では氷室とショーケースの温度管理だけがフィルミーノの魔法的役割になっている。
このフィルミーノの魔法がない以上、他所で冷蔵ショーケースを使う場合、同じ能力を持つ者を引っ張ってくるか、氷のみで冷やすしかない。
とはいえショーケースは常温の物の展示にもよく使える。
宝飾品などは見栄えよく置けるし、高級文具や高価な書籍の陳列にも向いている。
客がすぐ触れないようにしつつ、良く見える形で商品を置くには、ガラスケースが最適なのだ。
コフィアに設置したような大きなものでなくても、ちょっと目に着くところにショーケースがあれば、自然と視線を引き寄せる。
ショーケースが斬新な今なら、両手で持てるサイズでも十分インパクトは大きい。
さて、カルミネならどの種のどの店でこれを使うだろうか。
いそいそとショーケースへ寄っていった父と叔父の後に続いたデルフィーナは、ほう、ふむ、と呟きながらつぶさに見入る二人にこっそりほくそ笑んだ。
「ショーケース内、上段左側からサンドケーキ、ミルクレープ、フルーツタルト、ロールケーキです。下段はアップルパイ、プリン、白ワインケーキ、キッシュです。
ショーケース上のバスケットに入っているのがポップコーンですが、こちらはご注文いただいたら作りたてをお出ししますので、見本ですわ」
サンドケーキとはビクトリアサンドケーキのことだ。
この世界でビクトリアの名を冠すと「誰のことだ?」となりそうなので、失礼ながら名前を省かせていただいた。
地名にサンドウィッチのないこの国では、挟むことをサンドするとは言わないのだが、デルフィーナは自分が分かりやすい方を優先した。他の人たちは固有名詞として覚えるだけだから問題ない。そのうち、サンドという表現を定着させられたら、とも考えていた。
フルーツタルトは、季節の果物で手に入るものを使った。
土台のタルト部分に詰めたカスタードを甘めにして、ナパージュもしっかりしたので、果物自体があまり甘くなくても大丈夫だ。
そのうち甘い果物も入手できたらとは思うが、優先順位は低い。お客様には、酸味と甘みのコラボレーションを楽しんでもらうしかない。
ちなみにクッキーは、紅茶に必ず添えて出すため、見本も出していない。ショーケース上にあまりたくさん置きたくなかったし、冷蔵ショーケース内だと湿気てしまうからだ。
スイーツは定期的に入れ替えをおこなう予定なので、今回作らなかった色々も、そのうちメニューに載るだろう。
人気の高い物を残していくつもりで、そこそこのサイクルで変更する計画だ。
シフォンケーキは、余りに食感がふわふわのシュワシュワで、スタッフ一同の反応はいまいちだった。衝撃的過ぎたのか、慣れた食感とかけ離れ過ぎていて受け入れにくかったのか、デルフィーナには判断がつかなかった。
くわえて、地味に泡立てるものが多すぎた。ホイッパーを作ってもらったとはいえ、全ての泡立ては人力である。イェルドの腕の負担を考えると、シフォンケーキをオープン当初のメニューに入れるのは難しかった。
ロールケーキや白ワインケーキ、サンドケーキで、ある程度ふわふわに慣れてもらってから、再度シフォンケーキの導入を考えている。
食べ慣れたスタッフの反応が良くなってきたら、お客様へも出せるだろう。
「ふむ。それぞれの前にも名前を書いて置いてあるのは分かりやすくていいな」
「説明が添えてあるのも一々問わずに済んで楽だな」
屈んでショーケース内を覗き込みながら、二人は頷いている。
「はい。その上で疑問がありましたら、お聞きくださいませ」
「この中は冷たいようだが、キッシュも冷たいのか?」
「はい。冷えたキッシュも意外と美味しいのですよ。温かい方がよろしければ、温かい物をお出しいたします」
「なるほど、選べるのか」
「はい。また、こちらにないクレープは焼きたてをお出しいたします。ハムとチーズのものは、チーズが蕩けて美味しいですし、シナモンシュガーは溶けたお砂糖とシナモンの香りがお楽しみいただけますわ」
デルフィーナの説明に空腹を刺激されたのか、カルミネがごくりと唾を飲む。
飲み物のメニューにアルコールは入れていないが、キッシュやハムチーズクレープはワインに、ポップコーンはエールに合う。
これはコフィアでは出すつもりがないので、二人に勧めるなら家に帰ってからがいいだろう。
ショーケースの内側も、今は見せるわけにはいかないため、一通り見終わった二人は促すと素直に席へと戻った。
二人の行動を皮切りに、他のお客様達も気になっていたショーケースを近くで見ようと席を立ってくる。
本来なら少し品のない行動かもしれないが、食事を始める前であり、注文すらまだの段階で、プレオープンという期間のため、マナー違反にはあたらない。
じっくり見るのなら今のうち、ということで、店側も「どうぞ見ていってください」の姿勢だ。
プレオープン中に来たお客様には、口コミでコフィアの評判を広めていただかなくてはならないのだから。
デルフィーナは代わる代わるショーケース前に立つお客様達の楽しそうな様子を後ろ目にしながら、そっとその場を離れた。
「では私は白ワインケーキとポップコーンを」
「私はミルクレープと、キッシュの、冷たいものを」
「それと、紅茶をそれぞれに」
「かしこまりました」
注文を取りに来ていたフィルミーノが、緊張した様子でメモに書き留める。
洗濯ばさみを作ってもらった工房に、小さなクリップボードも作ってもらったのだ。
お客様へ会計伝票を渡す予定は今のところないため、あくまでもスタッフが持つ物として、シンプルな作りとなっている。
オーダーの間違いがないよう書き取ることにして、ポケットにも入る細長い形で発注した。
お客様ごとに紙を差し替えられる点で、手帳とは違って使い勝手がいいだろうと思っている。
このプレオープンで、使った感想をスタッフから取って、改善点があれば直す予定だ。
スタッフが識字者でよかった。
使用人も教育する方針のエスポスティ家に感謝である。
お読みいただきありがとうございます。
更新が遅くなっていてすみません。のんびりペースでも進めていけたらと思っています。
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