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68 プレオープン2




「この“お品書き”というのは、おもしろいな」


 席の近くへ立ったデルフィーナへ、カルミネが眼差しを向ける。

 そこには、何故これまで教えなかった! という不満と、エスポスティ商会の上流階級向け飲食店で早速導入しようという期待感が表れていた。


 エスポスティ子爵家では使用人にも字を教え、識字率の向上を図っているが、バルビエリ王国内全体を見れば、識字率はまだまだ低い。

 貴族ですら、ファビアーノのように学院へ通う者以外は、読み書きのできない者もいる。そのため右筆という職が成り立っていた。

 植物紙ができ、書籍の量が増え、流通が始まった昨今は、昔より識字率も上がり右筆の仕事内容が変わってきているが、それでも未だ非識字者が多いのが現状だ。


 そのため、メニュー表のようなものはこれまでなかった。


 庶民向けの店では口頭で店員が客に伝える形か、選べるほど料理の種類がないかだ。完全なるおまかせだが、その日その日で違う料理が出てくるため文句はない。

 富裕層向けの店も基本的にはおまかせだ。晩餐会の場合、参加者は出された料理を食べるのが普通なので、それと同じ感覚なのだろう。立食形式のパーティーならば自分で見て選べるため、やはりメニュー表のようなものは必要ない。


 そんなところへ、紙に丁寧な文字で綴られた品書きを出したなら。

 食べたいものを“選べる”という喜びが新たに生まれる。


 目新しい店の形としての、更なる一味としてメニュー表は画期的だった。


 王都にいる上流階級の者は、貴族は概ね学院へ通うし、商人は契約時に書面を交わすため識字者がほとんどだ。

 コフィアの客層はそこに合致しているため、デルフィーナはメニュー表の導入を決めた。

 出す品目を決めた後で、カリグラフィーのように美しく、けれど読みやすい字で一覧を記し、飾りのついた厚手の紙に貼って見やすくした。

 侍女スキルの一つなのか、エレナの字が綺麗だったので書いてもらったのだ。


 デルフィーナはまだそこまで美しい文字が書けない。七歳の身体は力加減が大人ほど繊細にできなかった。

 色々な発注のため絵はだいぶ上達したので、文字も要練習と思っている。

 その気持ちで時間のある夜は机へ向かうのだが、不思議と、気付けば朝になっていた。

 眠気に襲われた時点でエレナがベッドへ誘導しており、半分以上寝ているデルフィーナには、その記憶が欠落しているだけなのだが。

 そんな訳でエレナの手による“お品書き”は、美しく見やすく、デルフィーナも自信を持って客へと提示できる。

 そのメニューへ目を通していた父と叔父は、興味深そうな声を上げた。


「このミルクレープというのは何かね?」

「私は、サンドケーキというのが気になるな」

「それと、プリン、ポップコーンというのは」


 文字で見ただけでは内容が分からない。

 主な材料や甘さの度合いを書いてはあるが、百聞は一見に如かず。

 うんうん、とデルフィーナは頷いた。


「見ていただくのが一番ですわ。今、他の給仕は手が放せないようですので、お二人とも、ショーケース内をご覧になってはいかがでしょう?」


 にっこりと笑いかける。

 途端にカルミネのヘーゼルの瞳が輝いた。

 先ほどは距離のある場所からちらりと眺めるだけで我慢していたのだ。傍でじっくり見たかったものの、他の客が待っている状況で席へと誘導されたら、従わないわけにはいかなかった。

 それを近くで見る許可がオーナーから出たのだ。嬉々として立ち上がった。

 ドナートも、話には聞いていたが実物を見るのはこれが初めて。カルミネほどでないにしても、ショーケースに対する興味は津々だ。


 ショーケースは、店に入ったらすぐ目の前に見える位置に設置した。

 テイクアウトのみのお客様へ対応しやすく、なにより入ってすぐのインパクトが大きい。


 この世界のガラスはまだまだ透明度が低い。

 太陽光で室内が明るくなるため窓ガラスは普及し始めているが、貴族や豪商などの富裕層が屋敷や城を新築する時に使いだし、やっと高級店などで平民の目にも馴染み始めたくらいだ。

 つまり、ショーウィンドウというものはまだ存在しない。

 ショーケースもしかり。

 だからこそ、カフェテリアコフィアの目玉の一つとして使うことにした。


 デルフィーナの固有魔法により透明度の高い板ガラスが作れると判明して、このところエスポスティ商会のガラス工房はフル回転していた。

 量産する中で職人達の腕もかなりあがったが、それでもデルフィーナの求めるショーケースに適した板ガラスは中々作り出せなかった。

 開店直後は干菓子と生菓子のみの販売予定だったが、いずれ冷菓子も出していくつもりのデルフィーナは、冷蔵機能のついたショーケースを望んでいた。

 簡易氷室と同じくショーケース内に氷を置くとしても、薄手のガラスでは冷気が逃げてしまう。ある程度の厚みが必要なのだが、厚みを求めると透明度が下がる。

 デルフィーナが魔法で均すとはいえ、元があまりに不透明ではショーケースとして成立しない。

 厚み、透明度、歪みのなさ。

 そのバランスを取るのが難しかった。


 職人達はよくやってくれたと思う。

 失敗作は温室を作る時に使うとして、デルフィーナはとにかく数を作らせた。その中で出来の良いものをショーケースに使用することを建前に、かなり習作を作らせた。

 おかげで職人の腕はかなりあがり、最後はなんとかデルフィーナの希望するものが作れた。完成は本当にギリギリで、開店に間に合ったのは快挙だった。


 エスポスティの工房を使ったとはいえ、望みのまま大量の板ガラスを作らせたデルフィーナのお財布は、けっこうな打撃を受けている。

 開店前に大変な赤字な訳だが、一旦導入してしまえば、ショーケースの話題が世間を席巻するのは確実だ。

 現に、店へ入った客は一様にショーケースへ目を奪われ、席への案内までに僅か待たされても気づいていないようだった。


 貴族は珍しいもの、目新しいものを好む。

 入店直後目に入るガラスのショーケースは、かなりのインパクトだろう。


 コフィアは紅茶とお菓子で勝負するつもりだが、視覚に訴えることも大事だ。内装や家具の他、ティーウェアにも気をつけた以上、最大級に見た目が素晴らしいものを置きたかった。

 テラス席のガーデンパラソルも目を惹くはずだが、テラス席に出ない限り利用がないぶん、今ひとつアピール力に欠ける。

 だがガラスのショーケースとなれば、客寄せに最高なはず。

 それだけ衝撃的な見た目と機能を有していた。


 ましてガラスのショーケースは、現時点で、デルフィーナの魔法なくして完成しない。

 他の店で真似するのは非常に難しいのだ。

 時間をかければデルフィーナと同じ魔法を持つ者を見つけられるだろうが、それまでの間にコフィアは本来の売りである紅茶や茶菓子で固定客を掴んでいる。

 後発の店に差をつけるという意味では、かなりリードできる算段だ。

 ガラスのショーケースを求める者は、どのみちエスポスティ商会へ購入の打診をするだろう。そうなれば赤字は黒字へ転換できる。

 板ガラスの量産についてはデルフィーナ個人の資産から出したので、実際はロイスフィーナ商会にダメージはないのだが、元々個人資産を増やすために商会を立ち上げたデルフィーナからすれば、コフィアの赤字も個人の赤字も気持ち的にはかわりない。

 だからショーケースには、めいっぱい活躍してもらわねば。


(氷菓子を出せるように、改良も考えなくちゃね)







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