67 プレオープン1
抜けるような青空の広がる、秋晴れの朝。
いつもより早く屋敷を出たデルフィーナは、ドキドキと高鳴りそうになる胸を押えて、深呼吸をした。
馬車から降りて、慣れた勝手口から店へと入る。
今日はプレオープン初日。
ここしばらくずっと注力していた諸々が、日の目を見る日。
成功するだろうと考えてはいるが、何事にも絶対はない。
どんなアクシデントがあるか分からない。スタッフには好評なお茶も、スイーツもセイボリーも、万人受けするとは限らない。値段を付けたら、内容と見合わないという人も、いるかもしれない。
砂糖に関するリスクもある。
自信と不安が交互にやって来て、とても落ち着けるような心地ではない。
それでも、あまり顔に出さないよう、淑女教育を思い出しながら取り繕う。
だが緊張は周りにも伝わっているらしく、おっとりと構えているアロイスの存在が、デルフィーナにとっても、スタッフにとっても、ありがたかった。
(オーナーが二人ともあわあわしてたら皆も不安よね。叔父様サマサマだわ)
準備は万端整った。
後は客を入れて、実際にお茶を提供していくだけ。
プレオープンの記念として、テイクアウトとは別に、店内で飲食のお客様には細やかな持ち帰り用パウンドケーキを用意した。
クッキーにしたかったのだが、少量を入れる箱を用意するのが難しく、割れやすい菓子は諦めた。
その代わり、お茶に二枚ほどクッキーを添えることにした。
これで、お茶しか注文しないお客様にも、コフィアのスイーツをお試しで食していただける。
とにかくパラフィン紙を作ってパウンドケーキを焼いて冷やしては切って包んで、と昨日もいっぱいいっぱい働いた。
とはいえデルフィーナは夕方には屋敷へ戻らないと叱られるため、夜まで働いていたのはスタッフの面々なのだが。
その一同を前に、デルフィーナは背筋を伸ばした。
「おはようございます」
「おはようございます」
「本日よりコフィアは開店します。思わぬ事態が起きるかもしれませんし、それぞれ不安もあるでしょうが、精一杯頑張りましょう!」
「はい!」
「プレオープンの期間中は、アロイスと私もずっと店にいる予定です。何かありましたらすぐに声をかけてください。特に貴族のお客様の対応などで困った場合は、慌てずこちらへ回してください」
この店は、エスポスティ家の息女が商売を学ぶために開く店で、跡継ぎではない叔父が後見としてついているが、その実息女はオーナーに名を連ねているものの、事業を動かしているのはほぼ叔父である――というのが一般へと流している“コフィアの運営実態”だ。
実際はデルフィーナが主体だが、稀人であることを隠す以上、変な注目は集めない方がいい、と彼女は隠されている。
アロイスが隠れ蓑になっている訳だが、それはドナート、カルミネ、アロイスの三人が決めたことだ。
一般、といっても商業ギルド周辺やエスポスティと絡む貴族家だが、彼らへ上辺の話を流したのも三人のしたことで、デルフィーナは預かり知らない。
七歳女児はそこまで横のつながりを持たないため、誰かがわざとデルフィーナの耳に入れない限り、彼女は知らないままとなる。
怪しい人物は当然デルフィーナに近づけないため、箱入り娘はきっちり箱にしまわれていた。
しかしオーナーに名を連ねる以上、客対応はできるものとされる。
スタッフが持て余すような客が来た場合、アロイスかデルフィーナが出ていくのは必然だった。
プレオープンにあたって、招待状などは特に作らなかった。
そこまで手が回らなかったのもあるが、店のコンセプトとして、身分の上下を問わず客となってもらいたい。招待状のない人が遠慮するのを避けるため、広く門戸を開くつもりでチケットの準備はしなかった。
店の構えや雰囲気、メニューの値段から、どの道入れる客は絞られる。
お金さえあれば誰でもお茶と料理を楽しめる、そんな店としてコフィアはスタートを切ることにした。
朝礼として集まった一同の表情をそれぞれ確認して、デルフィーナは頷く。
「それでは、開店いたしましょう」
「はい!!」
揃った声が響く。
そこからそれぞれの持ち場へと散っていく。
プレオープン初日のデルフィーナの居場所は、来客への挨拶を兼ねて、入り口すぐのところ。
実際動くスタッフの邪魔にならない位置へと立って、デルフィーナは開店のドアが開かれるのを見つめた。
「いらっしゃいませ。カフェテリアコフィアへようこそ」
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませ」
開店一番のお客様は、予想外というべきか想定内というべきか、エスポスティ子爵と、エスポスティ商会長だった。
侍従へは後で迎えに来るよう伝えたのか、二人きりで店内へと入ってくる。
「開店おめでとう。今日のためにかなり頑張ったと聞いているよ。私が食べ損ねた白ワインのケーキもあるそうだね。楽しみにして来たよ」
(あれっ。お母様に差し入れたケーキ、お父様の分は取っておかなかったんだっけ?)
しまった、と思いながらデルフィーナはちょっと圧のある子爵の笑顔へ笑みを返した。
「ありがとうございます。もちろんご用意してございます。お楽しみくださると嬉しいですわ」
手の空いているスタッフに誘導を任せ、二人が席へ落ち着くのを見守る。
ドナートは店内のあちこちへ視線を走らせながら、内装やデルフィーナの作った“とっておき”に目を輝かせている。
二人が呼び水となったのか、続々と客がやって来た。
デルフィーナの知り合いは多くない。それでも、教養のレッスンでお世話になっている女史や、陶磁器工房のフラヴィオ、船出しているブルーノに代わってか彼の商会の副会長など、お世話になっている顔ぶれが訪れる。
店内で食べず、テイクアウトのスイーツだけを求める客は今のところいない。
デルフィーナと並んだアロイスが挨拶しているのは、商業ギルドの長だった。デルフィーナは顔も知らなかったが、漏れ聞こえる会話から類推できた。
個室とテラス席以外がほぼ埋まったところで、ようやく来客の流れが止まった。
席数に限りがある以上「ただいま満席」の札を作っておいたが、使わずに済みそうでほっとする。
クラリッサからの手紙で知ったという伯爵夫妻が一番身分の高い客だったので、二人を案内した、二階奥、フランス窓のすぐ手前の席の様子を窺う。
ちょうどついていたリベリオが、メニューの説明をしていた。その手には、提供する各種スイーツが乗った銀のトレー。
甘い物が好きなのだろう、伯爵は興奮を抑えきれないようで、リベリオの説明を熱心に聞いている。
一方の伯爵夫人は、窓からの眺めが気に入ったのか、テラス席とその外を見つめていた。
透明度の高いガラスは未だ珍しい。それがこれだけ多く使われ、庭と、隣接する植物園の紅葉が曇りなく見渡せる。外にいるのと大差なく暖かな室内から外を見られるのは、ちょっとした衝撃だろう。
お帰りの際には挨拶をする必要があるが、今は一先ずリベリオに任せて、デルフィーナはそれぞれの席へと目を走らせた。
イェルド以外のスタッフが総出で順に対応しているものの、お待たせしている方もいるようだ。ただどの客もよくよくメニューを読み込んでいるようなので、問題はないように見える。
一気に客が入った時のスタッフ対応について予め決めておかなかったが、そこら辺はリベリオが上手く裁いてくれたようだ。タツィオがよく補助してくれている。
エレナまで駆り出して接客をしている状況のため、デルフィーナはドナートとカルミネの席へと足を進めた。
他の客が相手だと、デルフィーナが給仕を務めるわけにいかないが、この二人なら差し支えない。
「いかがですか?」
店内の吟味を終えて、カルミネは手にしたメニューをじっくりと見つめていた。
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