66 食いしん坊の集い2
「うーん、バターが多いとくどく感じるね」
「塩が強すぎると喉が渇きます」
「紅茶をより飲んでもらうには良いのかもしれないが」
「むしろ酒向きになるだろ」
「ですね」
「両方控えめすぎるのも味が足りなく感じるんだよねぇ」
「なら三番目の配分が一番ですかね」
「うん。これが一番美味しかった」
「自分もそう思います」
「同じく」
「ならこれで!」
もぐもぐしながら山を崩していく面々は、食べて話しながら結論を出した。
ちなみに味付けは、ポップコーンを火にかける前、フライパンでバターと塩を先に溶かしておいて、フライパンを振りながらするといい、とデルフィーナからアドバイスがあった。
どの程度振ったらいいのかは、試作するうちになんとなく掴めたが、はじめは味の付き方がまばらになってしまった。
納得いくまでイェルドが振ったお陰もあって、山となったのだが。
オマケでもらってきたコーンは、まだまだある。
バラバラにする作業を頑張り、細かくなったコーンを袋に詰めて、芯は別に分けたものの、穀物を入れる麻袋がいっぱいになっていた。
ばらしたり弾けさせたり、いっぱい作業した面々は、軽い食感なのもあいまって、ぽいぽいポップコーンを口に入れていく。
山とあったそれは、結局、瞬く間に消えていった。
「はー、美味しかった」
「味が濃かったのも、料理としてはありかな」
「この食感だと、軽食とも言えないくらい軽いつまみに思えるがな」
「でも結構腹いっぱいになりますよ」
練習がてら淹れた紅茶を飲み、サーブの練習を互いにしながら、口々に述べる。
「ここではお腹いっぱいに美味しいものを食べられるので、幸せです」
紅茶をカップに注ぎながら、フィルミーノがしみじみと呟いた。
田舎の家は農家だったため、野菜はたくさん食べられた。それでお腹いっぱいになっていたのは確かだが、味を考えると天地の差で。
「そうだな」
美味いものを食べたいがために料理人になったイェルドも、“美味しいもので満腹になれる”経験はそう多くなかった。
リベリオはそこそこ美味しいものに満ちた生活をしていたが、デルフィーナの料理は珍味や高級食材を使うわけではないのに、今までにないものばかりで、毎日が驚きと感動に彩られている。
「ははっ。ここは食いしん坊ばっかりですね」
残っていたポップコーンを食べながら、ジルドが笑う。
そう言う彼こそ、身体の大きさに見合ってなのか、一番に量を食べていた。
「否定はできないな」
「新しい料理に出会うために生きているんだよ? 当然食には貪欲さ」
「自分も、お屋敷からこちらへ異動になってよかったです!」
「いや、異動にはなってないはずだけど」
「なら異動を希望します!」
「そう……」
タツィオの言葉にアロイスは笑いを噛み殺す。
そのうちマリカもこちら中心となりそうだし、持ち帰る菓子のお陰でコフィアのお手伝いを希望する使用人が、実はかなりいたりする。
屋敷の方で新しく人を募集する方が早いかもしれない。
砂糖を入れた紅茶を一口飲んでから、アロイスはふう、と息を吐いた。
「実は一番食いしん坊なのは、フィーナだと思うんだよねぇ」
しみじみと呟かれた言葉に、笑っていた一同は止まった。
「え? そうですか?」
「お嬢様は、あんまり食べてませんよ?」
試作する時は必ず味見をするが、完成品を食べたがる様子はない。
よく食べる男どもは、流石にオーナーが欲しがれば譲る弁えはもっている。だが彼女はレシピが完成すれば、後の出来上がった料理にはそこまで頓着していなかった。
お陰でスタッフ達が腹一杯食べられるのだが。
疑問符を浮かべる面子にアロイスは聞き返す。
「でもさぁ、あれだけのレシピを記憶してるって、それだけ過去に作ってたってことでしょ?」
デルフィーナは“見た記憶”のあるレシピは作ったことがなくても覚えているのだが、アロイスはそれを知らない。
「作ったのって食べたいからでしょう? 材料が足りないってよくぼやいてるから、多分、今ここで食べているのって氷山の一角なんだよねぇ」
デルフィーナは、ベーキングパウダーをはじめ、醤油やみりん等の、人が作った物は半ば諦めている。しかし植物に関しては、南大陸あるいは東大陸からまだ渡ってきていないだけなのでは、としょっちゅう輸入品店へ行きたがる。
その度にアロイスは却下して、エスポスティ商会の南大陸交易部門から今度人を呼ぶから、と宥めていた。
デルフィーナからもたらされるレシピを増やすには、扱っている品を見せるのが一番のため、実際屋敷へ部門の長を呼ぶ予定でカルミネが調整している。
あれも、これも、なーい! と控えめに喚く姪っ子を見ている身としては、痛切に思うのだ。
デルフィーナは美食家だ、と。
「……それは」
「いわれてみれば?」
「確かに、食べる量は少なくても色々食べたがりますよね、お嬢様は」
思い当たることがあったのか、それぞれに納得している。
「ほらね?」
アロイスは笑って肩を竦めた。
自分だって甘味には目がないのだから、人のことは言えないけれど。
「ま、あやかってる身ではありがたいばかりですよ」
「食いしん坊様々ですよね」
「おかげで美味しいものをいただけるのですから」
「うん。どれも美味しいもんねぇ」
「そうです、美味しいは正義です!」
拳を握ったフィルミーノに、至言だ、と一同は笑った。
明後日には、カフェテリアコフィアはプレオープンを迎える。
怒濤の数日間だった。
開店しても一段落とはいかない、当然ながらてんてこ舞いの毎日になるだろう。
それでもきっとやりがいに満ちた毎日になる。
美味しいものに囲まれる日々を、男達は心から満喫していた。
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