64 パラフィン紙
(これ、使えるよね)
固形のそれに鼻を近づけ、匂いを嗅いでみる。無臭に近く、特に問題はない。
元々デルフィーナは、ワックスペーパーを作るつもりでいた。デルフィーナの固有魔法は固体にも液体にも利く。
普段使いしている植物紙はそこそこの厚みがある。前世で習字に使っていたような和紙ほどの薄さには、まだ到達していない。
だが、ひたすら圧をかけて伸ばして伸ばして隙間をなくしていけば、薄っぺらい紙にならないだろうか、と考えた。
それだけでもだいぶ普通の紙より包装紙向きにはなるが、防水防油については心許ないため、実験してみて程度が低ければ、蝋引きすればいい。
ようは、透明度があってなめらかな紙ができあがれば、それに蝋で耐水性対油性を加えて、包装紙にできる。
これを作ってみようと考えていたのだ。
その蝋引きを、蜜蝋ではなく今回もらったワックスでしてみたら、ほぼほぼパラフィン紙にならないだろうか。
(やってみるしかないかな)
マリカの魔法検証実験は、デルフィーナの想定通りの結果が出ていた。
虫は殺せるとマリカの言でわかっていたが、対象サイズがしっかり判明したのはよかった。
魚は、メダカサイズなら対象となり、フナサイズなら対象外だった。蝶と同じくらいのサイズまでが有効範囲らしい。小鳥やネズミは対象外とわかっていたため、他生物での実験だったが、貝類、オタマジャクシなども大体同じくらいの大きさならいけた。
尊い犠牲になってくれた生き物たちは、庭の片隅に埋めて、神官に祈りを捧げてもらった。
マリカの気持ちと、デルフィーナの罪悪感、エスポスティ家の体面を考えてのことだ。
何が足を引っ張るか分からないこの社会。弱みとなるようなことはなるべく潰したい。
とにもかくにも、キノコ類は死滅したし、カビは生えないし、チーズも出来なかった。
牛乳が腐ることもなく逆に不気味だったが、そもそも腐るのもバクテリアによる変化だから、乳酸菌が消えたのと同時に雑菌も死滅したということだろう。
植物に対しては全く効果がなかったのが不思議だが、何らかの条件があるのだろう。
ともかく菌類と、寄生虫などの極小の虫、ウィルスに対して有効とわかった。
それ以来マリカは、厨房で毎日魔法を使っている。水瓶や調理器具、買い込まれた食材に“殺菌殺虫”をかけているのだ。
はじめは魔力が尽きて中々大変そうだったが、連日おこなっていたら魔力量が増えたのか、はたまた効率がよくなったのか、余裕が出るまでに変わったという。
そのマリカの力を見出したのはデルフィーナのため、ドナートの許しを得て、カフェテリアコフィアでも魔法を使ってもらうことにした。
もはやメイドなのか魔法師なのか悩むほどです、と冗談を漏らすくらいにマリカは力を使っている。“悪魔の力”と言っていた自分の固有魔法に対して、抵抗感はなくなった様子だった。
そのマリカに卵の殺菌もしてもらっているため、生に近い卵の料理も作れるようになった。
コフィアの持ち帰り商品も、包む時に“殺菌殺虫”してもらえばいい。
デルフィーナがパラフィン紙を作ったら、それも殺菌殺虫してもらう。
そうすれば持ち帰ってからの食中毒などの事故は防げるだろう。
マリカの実験が成功してから、ドナートはデルフィーナが何か実験、試作、検証することを止めなくなった。もちろん事前の報告やエレナの立ち会いは必須だが、そしてたまにカルミネやアロイスや他の従僕が立ち会うが、概ね問題なくおこなえている。
どうしても再現できない記憶にある品などもあるので、自力ではどうにもならないと匙を投げた物は、職人達に振っている。デルフィーナが、ではなく、カルミネが、だが。
思い立ったが吉日とデルフィーナは早速パラフィン紙作製に入った。
マリカの実験用に使った部屋が、今ではデルフィーナの工房のようになっている。
思いつきを書き留めるための紙や、設計図、デッサン画を描くための紙など、何種類かが既に揃っている。
デルフィーナはそれを一枚一枚使って、試作を進めた。
「できた!」
結果。
薄く張りのある紙が出来、これに蝋引きをしたところ、求めるパラフィン紙にごくごく近い物が完成した。
パラフィンは使っていないが、この世界にパラフィンはないので、「パラフィン紙」と名付けてもいいだろう。
遠い未来、石油からワックスが作られても、パラフィンという名ではなくなるかもしれないが、まあ、物の名称など国によって違うのだし、些末なことと割り切る。
出来上がったパラフィン紙を持って、デルフィーナはアロイスの部屋を訪ね、その間にマリカを呼び寄せた。
「今度は何を作ったの?」
穏やかに微笑むアロイスは、デルフィーナに乞われてファッジを出してくる。
鋏で紙を切ったデルフィーナは、ちょうどいいサイズにファッジを割って、紙の上に乗せた。
「マリカ、ここに“殺菌殺虫”をかけて」
「はい」
言われたとおりマリカはファッジとパラフィン紙に魔法をかける。
デルフィーナはすぐにそれを包んで、両端をくるくるとねじった。
キャラメル包み、キャンディ包み、三角包み、と紙袋は作れるだろう。巾着型にするには柔らかさが少し足りない。
見目のいいラッピングについては別途考えるとして。
とりあえず、食品を個別包装することは可能だ。
キャンディ包みにされたファッジをアロイスに渡す。デルフィーナから受け取った彼は、しげしげとそれを眺めた。
「へぇ、これはいいねぇ」
今まで砂糖は貴族が買うのが主で、一度の取引で量があったため、こんな小さな包みは必要がなく、誰も考えなかった。
教会で祭りの時に売られる麦芽糖による飴も、水飴のような柔らかいものは壺か瓶に入れられていた。しっかり固形となったものは、一粒ずつ平民が買うのが主だから、その場で口にする者が多く、持ち帰るときはそれぞれがハンカチに包んでいた。
植物紙が出来てからそれほど年数が経っていないため、懐紙のようなものはなく、紙を“書く”または“描く”以外の用途に使う発想はまだなかった。
「蝋引きしてあるので水も油も通しません。砂糖菓子だけでなく、バターが主な焼き菓子にも使えますわ」
ニヤリとデルフィーナは笑ってみせる。
「それに、クッキーなどの割れ防止にもなります」
クッキーを一枚ずつ包むのはコスト的に難しいが、箱や缶にたくさん詰める場合、ぎっちりゆとりなく詰めないとぶつかって割れる。
綺麗に焼き上げても、屋敷へ持って帰ってくると割れていて、細かくなってしまうため、アロイスはいつも残念がっていた。
貴族の子弟として、粉になった部分をかき集めて食べる、という品のないおこないはできなかったのだ。
それ以前に、割れたクッキーは使用人達が「見目の悪いものをお出しするわけにはいきませんから」とアロイスに渡さなかった。渡らなかったクッキーが誰の胃袋に収まったのかは――考えなくともわかるだろう。
必然、アロイスの手元にクッキーなどの割れやすい菓子は、少量しか届かなかった。
その問題を、この紙は解決する。
客へ販売する時に使うため作った物だが、アロイスの同意さえ得ておけば、ドナートにもカルミネにも話が通しやすく、量産の許可もすぐにもらえる。
デルフィーナはしっかり学習しているのだ。
「水も油も通さないのかぁ。なら屋台の料理も包みやすいね」
今まで木の器で提供していたそれを、紙に変えれば。
店へ器を返す必要がないから、店から離れられる。店の近くに客がたむろしないから、店は客を呼び込みやすいし、なにより器の数を気にせずバンバン売れる。
「そうですね。持ち帰り用の包装紙として作りましたから。実験してみないとわかりませんが、ある程度の熱さまでなら耐えられると思いますわ」
さすがに高温はワックスが溶けてしまうだろうが、口にできる程度、手で持てる程度の温度なら大丈夫だろう。
日傘を作るときに、蜜蝋より融点が高いのもあってこのワックスが採用されたと聞いた。長時間の直射日光に耐えられるのなら、食品の熱にも耐えうると思う。
持ち帰り用に木箱でも用意してもらい、パラフィン紙で包んだものを入れて渡せば、コフィアのテイクアウト商品は問題なく客へ渡せる。
生菓子の持ち帰りには、木箱の中に氷も入れればいい。
その氷もパラフィン紙でしっかり包めば、溶けても心配ない。
木箱を返却してもらう形にすれば、もしかするとリピーターになってもらえる。返すつもりで店に来て、またその箱に買った物を入れて帰るという仕組みだ。
だから、頑丈な紙箱を作るのは、コフィアが軌道に乗って、押しも押されぬ店になってからでいい。
「この紙の名前は?」
「パラフィン紙です」
手にした包みを捻ったり開いたりして、アロイスは何気なく耐久性のチェックをする。
「また兄上達が――工房が、忙しさを増すねぇ」
開いた包みからファッジを取り出すと、アロイスはパクリと口に入れた。
大変遅くなりました。
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