63 ティーコジー2
ドナートやカルミネも反応はするが、彼らは菓子よりも、店で作る賄いの方に食いついていた。どうやらアロイスが毎日報告しているらしい。
忙しなく動き回っているアロイスだが、昼だけは賄いを目当てに店舗へ戻って来る。
材料から、作れる範囲は限られているのだが、それでもデルフィーナの前世知識による料理は目新しく、毎回感涙しつつ食べているリベリオの影で、アロイスも舌鼓を打っていたらしい。
おかげでデルフィーナは屋敷の料理人にも、コフィアでは出さない予定の料理を教える羽目になっていた。
そんな店の賄いは、イェルドとフィルミーノ、助っ人使用人のタツィオにもかなり好評で、これがあるために少々きつい仕事環境でも誰も苦にしていないという状況になっていた。
とはいえブラックな状況は一時的なもので、店が軌道に乗ってしまえば大丈夫だとデルフィーナは読んでいる。
もし忙しさが変わらぬようなら、雇用を増やすつもりで、アロイスなどは今から準備した方がいいと言ってスタッフ探しも並行しておこなっているらしい。
多分、どこかの店から引き抜くのだろう。エスポスティ傘下の店側からすれば、本家の子息に引っ張られたのなら文句も言えまい。
そういった事態になったときは、くれぐれも丁寧にお礼をするよう――もしコフィアが人気店になったら、希望日の予約を取り、デルフィーナのおごりで楽しんでもらうよう手配しようと――考えている。
それが礼になるかは相手次第ではあるが、何もしないよりはいい。
引き抜いた店がどんな店なのか知りたいだろうし、エスポスティ本家の人間が開いた新しいジャンルの店なら、飲食を仕事にしている者として気になるだろう。
角が立たないよう新しいスタッフを迎えられたら、それが一番だ。
外へ出ていたクラリッサの侍女が、ティーセットを持って戻ってきた。
エスポスティ家内ではすっかり定着した紅茶を伴う休憩時間。時刻的にもお茶となることを読んでいたエレナのアドバイスで、デルフィーナは白ワインのパウンドケーキを持ってきていた。
目配せで了解したエレナが、クラリッサの侍女が用意した皿に乗せて、テーブル上へサーブしてくれる。
「まぁ。これはしっとりとしていて、今までの焼き菓子とはまた違うわね」
早速にフォークを入れたクラリッサは、興味深そうに味わった。
甘さ控えめにして、贅沢にワインを使ったケーキは、大人の味だ。既存の砂糖菓子が苦手な人でも食べやすいように用意した一品である。
加熱である程度アルコールは飛んでいるものの、たっぷり使っているため完全には飛ばない。白ワインで酔わないように、デルフィーナはほんのちょこっと食べるだけに留めた。
バルビエリ王国の法律ではアルコール摂取の年齢制限はない。清浄な水がない土地では酒を飲むこともしばしばなため、そもそも制限ができない。
多少なら飲んでも平気だが、やはり七歳児という自分の年齢を考えて、味見の時も今も、控えめな量にしている。早く大人になりたいと、こういう時は思う。
手土産として持ってきたわけだし、残りはクラリッサと侍女達で楽しんでもらおう。
ゆっくりと、けれど止まらない手でケーキを食べ続けるクラリッサは、ニコニコとご機嫌だ。口に合ったようでほっとする。
紅茶の香りを楽しみながら、デルフィーナは母親がケーキを食べ終えるのを見守る。
差し入れの菓子はどれも喜んでもらえたみたいだが、あれはコフィアのスタッフでは余したもののお裾分けだったし、使用人達にも分け隔てなく与えていた。
だから、テーブル上に華やぎをもたらす素敵なティーコジーの礼が、白ワインのパウンドケーキ一本では釣り合わない。
(お母様にはそのうち……手が空いたら、この時代にはない布製小物についてお教えしよう)
裁縫があまり得意ではなかったデルフィーナの過去世では、針を持つことがほとんどなかった。ハンドクラフトは友人の影響で多少やったが、布製品はもっぱらハンドメイドの作品を購入するばかりだったが。出来上がった物はしっかり見ていたので、図案として描くことは出来る。
構造の詳細が伝えられなくても、クラリッサと侍女達なら出来上がりの形から型紙を起こすことも可能だろう。
がま口バッグは口金がいるが、これは小物を作っている鍛冶工房へ依頼を出せばいい。
仕事を増やすなと工房長には怒られる可能性もあるが、カルミネは泣きながら喜ぶに違いない。どういった意味で泣くかは、デルフィーナは知らない。知らないったら知らない。
他にも、何かいいものがないか頑張って思い出して、クラリッサの趣味に貢献したい。きっと新しい物作りは――ティーコジーをこれだけ短時間に作ってくれたことを考え合わせても――楽しむタイプだと思うから。
人様に贈りやすいものがあったらそれが理想的だろう。
贈り物にもきっちりお返しをしたいと考えるデルフィーナは、ギブアンドテイクが馴染みすぎていて、自分の思考が完全に商人なことには無自覚だった。
パラフィン紙がほしい。
カフェテリアコフィアは回転率が高くない。その分、持ち帰りの菓子を増やすことで利益を増やしたい。
そのためには包み紙が必要だ。
この時代、貴族は訪れる先に銀食器を持参する。自前の皿やカトラリーを預けて、晩餐会などに参加するのだ。どれだけの物を持っているか示すのが貴族の矜持であり、体面を保つのに必要な道具でもあった。
一方の平民は、木製の器や皿を使う。これは屋台などの露店でも同じで、皿を返せばその分返金される仕組みのところが多い。
最近になって陶器が社会一般に馴染んできたため、利用者も増えているが、割れ物のため外で使うことはまずない。持ち出さず、家で使うのが普通だ。
つまり、コフィアで持ち帰りの菓子を販売するときに、器が必要になるのだ。
コフィアの客層ターゲットは貴族または平民の富裕層だ。
持ち帰り用なら木の器でも許されるだろうが、だからこそ返却は望めない。都度都度器を無くすと考えると、木の器でも経費が嵩み過ぎる。
アロイスお気に入りのファッジなどは、できれば少量ずつを包みたいので、やはり紙が理想的なのだ。
デルフィーナの手元には、完成した傘があった。
日傘と、雨傘の両方だ。
カルミネを通して収められたばかりの傘を見ながら、デルフィーナは唸る。
完成までの簡単な話を聞いたら、防水性をあげるのに、蜜蝋とは違うワックスを用いたとのことだった。デルフィーナが興味を持つだろうから、とアロイスのアドバイスがあったらしく、そのワックスも固形の状態で見せられた。
パラフィンは石油から作られるものなのだが、どうやら性質がよく似たものがこの世界にはあったらしい。
当然のごとくもらってきたそのワックスは、パラフィンによく似ていた。
今年最後の更新は、大晦日になりました。
今年も一年お付き合いくださった皆様、ありがとうございました。
来年も引き続きお読みいただき、応援していただけたら嬉しいです。
どうぞよいお年をお迎えください。





