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62 ティーコジー




 あれから一週間。

 かなりのブラック企業ぶりでは、とデルフィーナは懸念したが、皆の反応は「こんなものだ」という感じだった。

 もちろんオーナー二人もかなり忙しく、デルフィーナは午前にレッスン、午後は店舗につきっきりという毎日を送っていた。

 アロイスはデルフィーナに代わって各工房へ確認や受け取りや支払いや、諸々の手続きのため慌ただしく出入りをしていた。馬車は速度も遅いし面倒だからと、ジルドを連れて馬二頭で移動していたくらいだ。


 店で菓子類の試作を幾度もし、スタッフだけでは食べきれない分は屋敷へ持って帰っていたため、家族はもちろん、使用人達にもかなり喜ばれた。

 口外厳禁として配ったので、開店前に店の売りが外部へ悟られることはなかったが、密やかな噂として、エスポスティ家の子息子女が新しく開くお店はかなり珍しい甘味を食せるらしい、と前評判はかなり広がっていた。


 実はそれに一役買っていたのが、デルフィーナの母、クラリッサだ。

 明日はプレオープンという日。デルフィーナはその母に呼ばれた。


「お母様、お呼びと伺い参りました」

「ああ、デルフィーナ。ちょうどよかったわ。そちらへ」


 ソファを示されて、デルフィーナは腰を下ろす。

 クラリッサは窓辺に置かれたハイタイプの丸テーブルを侍女達と囲んでいたようだ。椅子から立ち上がると、さっとスカートを払う。刺繍糸のくずが膝上に落ちていることがあるため、癖になっている仕草だ。

 寸前まで針を持っていたようだが、言葉から程よいタイミングに来られたとわかって、デルフィーナはほっとした。


 三人いる侍女の一人はすっと部屋を出て行き、一人はクラリッサの作品が入っているキャビネットを開けていた。残った一人はハイテーブルの上を片付けている。

 ローテーブルを挟んだ対面にクラリッサが座ると、キャビネットから籠を取り出した侍女がその背に立ち、手にしていた籠を差し出す。受け取ったクラリッサはそれを、ローテーブルへと置いた。


「これは、明日に間に合えば、と思って作っていた物です。貴方のお店で使えるかしら?」


 クラリッサは籠に被せてあった布をそっと外す。


「これは……」


 中にあったのは、見事な薔薇の縫い取りがしてある、ティーコジーだった。

 籠から一つずつ取り出してみると、全部で七つある。少しずつ、薔薇の色や形、構図が違っている。


 ティーウェアが少しずつ揃ってきた段階で、デルフィーナはエレナにティーコジーの説明をして簡単な物を作ってもらっていた。

 家で紅茶を飲むようになってから、ティーセットには必ずティーコジーも入っていたので、セットが増える都度、エレナが作った物を元に使用人の誰かが増やしていたのだろう。

 そしてそれを参考に、クラリッサはもっと見栄えのいい品を作ったようだ。


 フラヴィオの工房で作られたティーポットにちょうどいいサイズのティーコジー。上から被せるタイプのポットカバーは、コットンで作られているのに、薔薇の刺繍があるだけで高級品に見える。

 いや、“クラリッサの刺繍”ならまごうことなく高級品だ。


 クラリッサは基本的に自室かサロンにこもっているが、それでいて顔が広い。

 朝には弱く、社交以外の時間はほぼ刺繍に費やしているものの、その刺繍が素晴らしい出来映えのため、エスポスティ家内では誰も何も言わない。

 秘してはいないが公言もしていないため、知る人ぞ知るなのだが、クラリッサが刺繍を施した物は、固有魔法の効果で、お守りとなるのだ。

 刺すときに願ったことがお守りとして効果を発揮する。

 単純に刺繍を入れたものと、全て一からクラリッサの手で作られたものとでは、お守りとしての強さが違うらしい。

 強いお守りを作るときには、布を裁つところから自分でしていた。

 大抵は小物――ハンカチやポーチ、サシェなどだが、たまに大きなものの依頼があると、かなり時間を取られているようだった。


 子爵夫人の趣味としてやっているものだから、販売はない。

 だから値はつけられないのだが、彼女の固有魔法により、貴族の間では貴重なお守りとして人気が高かった。

 おつきあいのある貴族にはクラリッサからの贈り物として、また別の貴族へ贈り物として作ってほしいと要望を受けて“厚意”でクラリッサは作ってあげている。

 それは、とりもなおさずクラリッサの社交であり、エスポスティ家へ恩恵をもたらしていた。

 子爵が繋ぎを求める貴族がいる時や、エスポスティ商会が伝手を求めている時は、クラリッサの刺繍が一番力を発揮する。

 普段からほどよく高位中位の貴族と交流して、ささやかでも常に庇護をもらえるよう働いているため、お守りの効果と実力を知っている人がさり気なく仲介してくれるのだ。

 だからクラリッサが身体を壊さない限り、誰も、彼女の趣味でもある刺繍や裁縫に没頭することを止めない。

 言葉にせずとも、クラリッサもドナートに劣らずエスポスティ子爵家の屋台骨を支えていることを、七歳のデルフィーナですら理解していた。


 そのクラリッサの手によるティーコジーだ。

 店に出したら欲しがる客が後を絶たないだろう。

 だが確実に客を呼び込むネタの一つになる。

 フラヴィオの作ってくれたティーセットに描かれた薔薇に合せた、けれどそれ以上に華やかな薔薇の刺繍。大小の薔薇、蔓、葉が、絵とはひと味違った品の良さで刺されている。


「あまり数は作れなかったのだけれど、どうかしら」


 穏やかに微笑むクラリッサにデルフィーナは満面の笑みを向けた。


「ありがとうございます、お母様! こんな素敵なティーコジー、お客様がきっと喜ばれますわ」


 お母様が刺してくださったの、と自慢して回りたいくらいに嬉しい。そんなデルフィーナの気持ちは思いきり顔に出ていたのだろう。娘の表情にクラリッサもつられて笑みを深めた。


「まあ、よかったわ。このところ、美味しいお菓子を振る舞ってくれるでしょう? 私の侍女達も休憩時間にちょっといただくと針が進むと言って、喜んでいたの。お店が繁盛しますように、と願っておいたから、きっと上手くいくわ」


 コロコロと笑いながらイタズラっぽく小首を傾げる。

 いつもおっとりとしているクラリッサだが、その社交力は刺繍に限らず侮れない。こういうチャーミングなところが、他所の貴婦人達にも好かれるのだろう。

 この様子だと、手紙などでさり気なくデルフィーナのお店をご友人方へお薦めしてくれていそうだ。


 思わぬ“お守り”も手に入って、デルフィーナはコフィアで新作の菓子を作ったらいの一番にクラリッサへ進呈しよう、と心に決めた。







お読みいただきありがとうございます。

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