61 磨く手始め
茶葉を入れる容器については色々考えた。
保存がきくもので、出し入れしやすく、貴族への贈答品としても問題ない見目。木箱、缶、瓶、陶器。アロイスと相談しつつ決めて、工房へ発注をかけた。
陶器にコルク栓だと見た目はいいのだが、密閉性が低く保存には向かない。蓋を他の素材にすれば、と思ったが、きっちり噛み合うものは作れず、やはり密閉性に欠けた。
パッキンがないとどうにもできないのだ。
ゴムやプラスチックがまだないため、クッションとなりつつ隙間を埋める役割を果たすものがない。
開け閉めで徐々に歪むため密閉性は落ちていくが、缶で作るのがベストだと結論づけた。
小さめの容器にすれば、茶葉が悪くなる前に使い切ってもらえるだろう。
少量ずつ売る方が、ブルーノが次に東大陸から持ち帰るまで、品切れにせず済む可能性が上がる。
紅茶缶と名付けた小ぶりな四角い缶も、近日中に上がってくる予定だ。
デルフィーナは、何をどこにどれだけ注文したか最早覚えていないが――雑談で披露した前世の雑貨類も食いついたカルミネのお陰で作っていた――カフェテリアが成功しないと赤字で恐ろしいことになる状況ではある。
全て必要だと思ったから製作依頼を出したが、かなりの数となり、ましてどれも一から試行錯誤してもらう物が多かったため、かなりの費用を投入した。
デルフィーナ個人は、カルミネに提供した知識のお陰で徐々に収入が上がりそうだが、店が転けたらそのお金を全部つぎ込んでも負債を補えるか不安である。
だから、カフェテリアコフィアの成功は、絶対に絶対に必要なのだ。
スタッフとなった三人に力説したデルフィーナは、試作する菓子を決めるべく、早速書き出したレシピを披露した。
デルフィーナの、貴族令嬢としての外見は、可もなく不可もなくといったところだ。十人中五人は美人だと言ってくれるだろう、そんなあたり。
カフェオレ色の髪は祖父譲り、チョコレート色の瞳は父譲り。ここにはカフェオレもチョコレートもまだないため、薄茶色の髪と焦げ茶色の瞳と言われるが。
どちらもおとなしやかな色合いで、金髪碧眼のような人目を惹く華やかさこそないが、可愛らしい顔立ちには合っている。
平民に混じれば、当然かなりの美少女だ。
そもそも、食生活も労働環境もまったく違う。
栄養価の高いものを食べ、肉体的精神的ストレスのない生活をしているのだから、当たり前ながら肌つやは良い。
髪も肌もきれいであれば、その分美しく見える。
ゆえにデルフィーナは一般からすれば美少女で、貴族令嬢としてはほどほどという外見だった。
子爵家はずっと裕福だったため嫁を選ぶ余地があった。歴代ほどほどに美人な女性を娶っていたので、概ね子どもも美しく生まれた。
高位貴族や容姿に恵まれた家と並べたら凡庸となってしまうが、それはどこの貴族家も大差ない。
しかし美しさに磨きをかけられるのなら、かけた方が、子爵令嬢としてもより良い結婚相手に恵まれる。
デルフィーナは特にそれを求めていないが、自分がより綺麗になれるのならその方が嬉しい。
美容液などは全く必要としない年齢とはいえ、大人になったときに使えるよう、準備は早めにしておくつもりでいる。
そして肌については先送りでいいとして――先んじてなんとかしたい問題があった。
それは、髪の毛。
デルフィーナはまだ子どもの髪だからサラツヤを保っているが、それでも前世と比べれば落ちる。
そもそも、香油で頭皮のマッサージするだけがヘアケアで、シャンプーがないのだ。
石鹸はあるから、洗うことはできる。だが石鹸で髪を洗ったら、今以上にごわごわするだろう。
デルフィーナとしては珈琲を手に入れることが第一だったので、思考も行動もそちらへ全振りしており、身の回りのケア等は侍女に任せきりだった。
しかし、コフィアのスタッフ採用面接で、生活習慣や立場の違う三人を見て、思うところがあった。
身近にいる侍女や母は、髪をきっちりまとめていたりアップにしており、父や叔父や家令達は、仕事の都合上か髪を撫でつけた状態にしていることが多かった。
つまりデルフィーナは、短くても長くても、櫛を通しただけのナチュラルな髪型をした人が身近におらず、じっくり見たことがなかったのだ。
それぞれ顔の造形はまずまずの、磨けば光りそうな男達。
美青年とはっきり言えるアロイス。
四人の髪を意識して見てみたところ――残念だった。
指通りの悪そうな髪。
リベリオは接客業のため気を遣っているのだろう、まだよかったが、艶を出しまとまりを良くするための油を使っているのがわかる状態。デルフィーナが前世で見たようなサラサラヘアとは違う。
洗いっぱなしで手入れをしていないだろうイェルドとファビアーノの髪は、比べるべくもなかった。
アロイスですら、デルフィーナの髪に比べればごわついて見える。色味で誤魔化されていたが、手入れはあまりしていない気がする。
磨けば光るということは、現状磨かれていないということ。
食生活に関しては良かったのだろう、肌に問題はなさそうだった。目に濁りもなく――イェルドはじゃっかん暗い感じがしたが、あれは来歴を聞いて先行きの不安が表れていただけだと思った――、動作にも障りは全くなかった。
カツラはこの世界では流行っていないようだ。被っている大人を見たことがない。ドナートがまれに宮廷へ出仕する時も、つける様子はなかった。
この先に関しては分からないが、今現在、カツラの需要は少ないのだろう。
つまり大人も子どもも貴族も平民も、自前の髪を見せるのが基本。
結うのも飾るのも、主に女性がおこなうことだが、男性もフォーマルな場では美しく見えるよう整える。
つまり勝負所では綺麗な髪にする必要があり――美しい髪はもてはやされる。
(はちみつと卵黄とオリーブオイル、レモン汁でパックして、様子見しよう。それぞれの髪質が分かったら合せた内容に切り替えて。あとは頭皮ケアかな)
ヨーグルトやアボカドやココナツオイルを使うレシピもあるらしいが、デルフィーナはそれを前世で試したことがなかったので、卵中心のケアしか知らない。
調理感覚で手作りヘアパックを作ったことがあり、その時は手元にある材料に絞ったから、多種類のレシピは記憶にない。
例えわかったとしても、アボカドやココナツオイルはこの大陸にないだろう。南大陸でなら産出があるのかもしれないが、輸入品となると、美容のために使うのは難がある。
高位貴族の美を追究するご婦人なら許されるかもしれないが、平民であるイェルドとフィルミーノは青くなって拒否するに違いない。
はちみつや卵もけっして安くはないが、店のためと言えば我慢するだろう。
大人の髪のきしみを取ってみせれば、レシピはカルミネ辺りが買い取ってくれそうだ。
前世の素材とは多少違いがあるだろうから、実際に作ってみないと効果の程がわからない。
その実験を兼ねて、スタッフの髪の状態をいじってみよう。
彼らを磨く手始めは、髪と決めた。
そんなデルフィーナだったが。
その後、エレナを筆頭とした屋敷の女性陣全員がヘアパックを求める騒動となり。最終的に、卵農園と養蜂家との専売契約を結ぶまでに至るとは、予想だにしていなかった。
いつもお読みいただき、誠にありがとうございます。
現在なんとか火曜日更新を保っておりますが、年末年始は更新が止まるか違う曜日になるかと思います。
ご理解いただけますと幸いです。





