60 紅茶の淹れ方
「さて、怖いお話はこのくらいにして。明日から、ガッツリ働いてもらいます!」
「がっつり?」
「ええ。がっつり。つまりものすごくしっかり」
「ものすごくしっかり」
デルフィーナのたまに飛び出る前世の言葉は、都度アロイスの突っ込みが入る。知らない人の前で暴露するような言動をとらないように、なのだが、誓約者の前では緩みがちだ。
アロイスに釣られたのかフィルミーノも復唱していた。
「開店まで時間がありません。シーズンが終わる前に開店する予定です。幸い、リベリオはすぐにも働けますし、補助に入る給仕はエスポスティ家のタウンハウスで使っているヴァレットを一人引っ張ってくることになっています」
面接に来るのが三人と分かった段階でデルフィーナはドナートと交渉していた。屋敷で子爵家の食事時に給仕している男性使用人を使えば不足は補える。
追加で新たにスタッフを雇うにしても、今は時間が足りない。それならば屋敷から借り受ければ、誓約も済んでいるため難がない。
一番肝心の料理人は、見習い含め二人を確保できた。菓子は事前に作っておけるため、普通の飲食店と比べて手が少なくても問題ない。
どの程度客が入るか、店が流行るかによって必要量は変わってくるが、なんとかなるだろう。
シーズン終わりとなる前に、開店にこぎ着ける。
それが彼らに課された目下の任務だ。
紅茶の提供の仕方は――茶葉を見せるか見せないか、茶葉の販売をするのか――どうするか。
お茶請けの菓子は何がいいか。試作と試食の繰り返しが必要となる。
初めて見る茶道具の使い方を理解し、美味しい紅茶の淹れ方をマスターしなければならない。
やることはたくさんだ。
今現在、紅茶を淹れるのが一番上手いのはアロイスだ。
飲んでいる量が多いのもある。
デルフィーナはカフェインを考えて飲むのを控えている分、アロイスの方が茶葉を消費している。
淹れるたび味が違ったのが気になったのか、飲み始めて数度目でアロイスは唐突に「そうだ、特訓しよう」と言いだした。
それ以来、屋敷でアロイスが飲む時と、屋敷に彼がいる時はアロイスに淹れてもらうことになり、結果腕が上がったのだ。
安定して美味しい紅茶を淹れられるようになったアロイスにそれを振る舞われた時、デルフィーナは素直に感心した。
「俺はねぇ、なんでも“ほどほど”なんだよねぇ。
大学に入れる頭はあるけど、大学で一番になれるほどではない。
生活魔法も特殊性魔法もつかえるけど、魔法省に勤められるほど魔法が使えるわけじゃない。
領地の管理なんて俺じゃなくてもできるし、商人としての才があるわけじゃない。
一番になれるものが、なんにもないんだ。ずっと、そう思ってたんだよねぇ」
「アロイス叔父様……」
なんでもそつなくこなす叔父の思わぬ吐露に、デルフィーナは驚いた。
何事にも動じない、動じてもすぐ自身を取り戻せるアロイスは、柔和な笑みと自然体で気ままに生きていると思っていた。血のつながりはないが、エスポスティ家の一員として、屈託なく生活していると。
「だからね、紅茶を淹れるのが一番上手いって言ってもらえたの、とっても嬉しいよ」
そう素直に笑ったアロイスは、本当に嬉しそうだった。
デルフィーナの勝手な都合で引き込んだ事業だが、紅茶がアロイスの救いになったのなら幸いだと思う。
好きこそものの上手なれ、というが、きっと本当だろう。おそらく現在このバルビエリで一番紅茶を淹れるのが上手いのはアロイスだ。
そんなつい先日の出来事を思い出していたデルフィーナは、実際に客へ出す紅茶を淹れる二人へ、アロイスから習うよう伝えた。
デルフィーナから教わるより二人も気が楽だろう。七歳児にものを教わるのは、やはりすぐには慣れないだろうから。
「褒めてもらえた紅茶の淹れ方を、きっちり伝授するね?」
デルフィーナに保証されたアロイスは、三人へ向けて、にっこりと笑んだ。
きっと彼は厚意で言っている。
だが何故だろうか。そこはかとない恐ろしさを感じた。
アロイスは、イェルドはともかく、リベリオとフィルミーノがマスターするまで、決して教えの手を緩めないだろう。
美味しい紅茶を客に提供してもらうには是非必要なのだが――。
(がんばれフィルミーノ、リベリオ)
デルフィーナは心の中で合掌した。
デルフィーナは、書きだしておいた「紅茶に合うお菓子」の一覧を眺める。
イェルドは字が読めるとのことだったので、作る前にレシピを渡せばおおよその工程は理解できるはずだ。細かいところは実際に作ってみないと分からないだろうから、試作の時は必ず傍に着く予定だが。
何を作るか、それを決めるのは、レシピを見つつがよさそうに思う。
作れるものとしては、スポンジケーキ、ショートブレット、クッキー、エッグタルト、クレープ、ミルクレープ、シフォンケーキ、カスタードパイにカスタードプディング。
クリームチーズは普通にあったので、チーズケーキも作れる。
カステラは、みりんがなくても使わず作れるレシピがあるから大丈夫。
シュークリームはオーブンの都合で要実験。火加減と焼き時間さえ確立できればいけるだろう。
フルーツタルトは、入手しやすいフルーツが、ケーキに使うにはどれも甘みが少なかったため、生で使うのは難しそうだ。
シナモンを効かせたカラメルビスケット、ビスコッティは、珈琲が入手できてから作りたい。
目下実験が必要なのは、ゼラチン、アイス、チョコレートだ。
これらについては、店が軌道に乗ってからでいい。
客が店に慣れてきた頃――つまり飽きが出始める前に、新たなる目玉商品として随時出していく計画だ。
銀細工工房や鍛冶工房へもデルフィーナは色々と注文をしていた。
コイルの説明で作ってもらった針金から、他に作れるものも色々と説明して、新たなる商品として作ってもらっている。
粉ふるいは、穀物を選別するのに使ったり、園芸用はあったので、もっと目の細かいものを作ってもらった。さらに小さくしてティーストレーナーも無事作ってもらえた。
ケーキスタンド、トレー、泡立て器。既存の砂糖を紅茶に入れられるよう出すため、シュガーニッパーとトングも作ってもらった。
砂糖を食す場での今の主流はシュガーハンマーなのだが、テーブル上で砂糖を小さくするのなら、ニッパーとトングの方がいい。これなら女性も品良く使える。
出来上がってきたこれらを、既に納品されていた鍵付きの棚へしまってあったので、三人へ説明して見せる。だが実演も必要だろう。
紅茶の運び込みも数日内におこなう予定だが、手持ちで少量を持ってくればすぐにでも淹れる特訓は始められる。
茶葉は何種類かあるので選別したかったのだが、あまり時間がなかった。全ての選別は終わっていないが、いくらかは確認できたので、確認済みを持ち込む予定だ。
開けてみて、品質の低い茶葉は輸送中にだいぶ砕けていた。粉になったものは、ティーバッグを作って安価で売り出すことを考えている。
いずれにしろ、劣化防止魔法がかかっている木箱を全て開けるのは得策ではないため、茶葉の販売はまだ先にするつもりだ。
店が軌道に乗ってからでも、来シーズンからでもいい。
ただ、客の要望があった場合に備えて、茶葉の販売もできるよう対策はしている。
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