58 リベリオ
「リベリオ・カザーレです。よろしくお願いいたします」
ゆったりと口の端をあげた彼は、悠然と礼をとった。
明らかに営業スマイルなのに、追従の雰囲気は感じない。
光が当たればキラキラして見える砂色の髪と、若草色の瞳。接客業としてギリギリ許される長さの前髪に、更に長めの後ろ髪は飾り紐で縛ってある。
少し垂れ目気味の目尻には小さなほくろがあった。
パッと見、とても女性にもてそうな軽い佇まいなのだが、同時に一線を引いて気軽に踏み込ませない雰囲気がある。
これはできた給仕が来たぞ、とデルフィーナは気を引き締めた。
それに、“カザーレ”はエスポスティと姻戚の家だったはず。確か、数代前にエスポスティから嫁を取り、没落しかかっていた家を立て直した子爵家だ。
ということは、彼は貴族だ。
フィルミーノとイェルドは平民だったが、エスポスティの縁者なら貴族でもおかしくない。
だが、家令や執事や右筆ではなく給仕をしている貴族の子弟は、かなり珍しいのではないか。
「デルフィーナ・エスポスティです。よろしくお願いいたします」
子爵家の子息なら同等の扱いをするべきか、と自分が年下なのもあり、デルフィーナは丁寧に礼を返した。
だがそれへ僅かに微笑を深くしたリベリオは、鷹揚に手で制す。
「籍は抜いていませんが、家を出た身ですから、どうぞ他の面接希望者と同じ扱いにしてください」
「他に来た人達は平民でしたが、よろしいのですか?」
「はい。現状ほぼ平民と変わらない生活をしておりますから」
にこりと笑う姿に偽りはないのだろうと頷き、デルフィーナは椅子へと促す。
優雅とはいわぬまでも正統な所作で座ったリベリオに、デルフィーナは内心首を傾げた。
リベリオの現在の勤め先は、エスポスティ商会が運営する高級料理店。国内外の貴族を客とした、王室御用達の店だ。ここなら低位貴族の勤め先として問題はない。同じ飲食店でも、カフェテリアとはレベルが違う。
彼は店での評判もいいらしいし、何故コフィアの面接に来たのかわからない。
紹介者はドナートということになっているが、そのドナート曰く、クラリッサの推薦だそうだ。
母は何を思ってリベリオにこの話を振ったのか。
リベリオの立場ならクラリッサに言われても嫌なら断れる。だからここにいるのは本人の希望なのだろうが、いまいち解せなかった。
子爵家の子息で、物腰は柔らかく、所作は整っており、話し方も丁寧で、声も悪くない。そしてなによりアロイスとはるレベルの美青年である。
(よくまあ今の勤め先から反対されなかったわね?)
わからないことは端的に聞いてしまおう。
呆れと不審を抱えたまま雇用はできない。
「リベリオはどうしてウチの募集に応じて来たのかしら?」
デルフィーナが素直に問うと、ぱちぱちと瞬きした後にっこりと笑った。
どうやら驚いていたらしい。感情を顔に出さないのは貴族としてか給仕としてか、いずれにせよ訓練の賜物だろう。
「新しい形態の飲食店だとお聞きしました。東大陸渡りの飲み物を提供するとか」
「ええ。紅茶をメインに運営する予定よ」
(いずれは珈琲を出すつもりだけどね!)
「紅茶というのですね。香り高い飲み物だと聞いています」
「そうね、わりと万人受けする香りだと思うわ」
もちろん苦手とする人もいるだろう。
しかし今のところデルフィーナがふるまった相手で、紅茶を受け付けなかった者はいない。屋敷の使用人や来訪者に飲ませて反応を調べたので確かだ。
ブルーノが持ち帰った紅茶は癖のないものが多く、どの茶葉を淹れても問題なさそうだとわかっている。
前世におけるラプサンスーチョンのようなお茶だと反応が別れた可能性は高いが、今回買い取った茶葉は――未開封のものがあるため断言できないが――概ね大丈夫だ。
「それに合わせた、新しい料理も出されるとか」
「料理というよりお菓子ね」
菓子作りも大枠でいえば料理には違いない。言い添えつつデルフィーナは頷く。
「つまり新しい菓子が作られる、と」
リベリオの瞳がキラリと輝いた。熱を帯びた声音と、少し身を乗り出してきた相手に、デルフィーナは顎を引く。
「ええ」
デルフィーナの応えを聞いて、リベリオは嬉しそうにうんうんと首を振った。
「私は新しい食事に目がないのです。異国の料理にも興味があり色々食べましたが、どうにも舌に合わなくて。ですがこの国の新しい料理なら、美味しく食べられると思うのです!」
「甘いものが中心で、食事とは違うのよ?」
カフェテリアのメニューは軽食の範疇だ。しっかりした食事を出す予定はない。
「甘いものの料理は、それこそ数が少ないんですよ! 砂糖を使った料理は料理と言えないものばかりです」
「そう言われればそうかしら?」
ジャムもシロップ漬けもあるが、砂糖を使った菓子は、混ぜたり漬けたりコーティングしたりするのが主。
焼き菓子はそれなりに種類があると聞くが、国によって違うだけらしく、下級貴族には詳細なレシピはわからない。
国際会議や国交の晩餐会で供される焼き菓子がどんなものなのか、一介の子爵令嬢に過ぎないデルフィーナには知りようがない。それはリベリオも同じだろう。
砂糖を使った菓子の数が少ないのは砂糖が高価だからでもあるが、元が薬だから発達していないのもある。
そのまま食すのが砂糖の基本なのだ。
コフィアでは紅茶に合う菓子を提供する予定で、デルフィーナは菓子作りに必要な型や器具も職人へ発注していた。
新しいものを作るのは確かなので、勧誘時にクラリッサからその辺を聞いたとみえる。
「今の店も新作はよく出すのですが、あまり冒険はできなくて。結局お客様にとって馴染み深い料理中心になってしまうんですよ」
客の舌に合わせた料理を出すのは高級料理店として正しい姿勢だ。高位の貴族なら毒に対する警戒もあって、突飛な料理は受け付けにくいに違いない。
リベリオが求めるような新作は出てこないのだろう。
「店を移ろうかな、と検討していたところに子爵夫人からお話をいただいたのです」
店が変われば味も変わる。知らない料理を求めてリベリオは店を転々としているらしかった。
なるほど、これだからクラリッサもドナートも声をかけたのだ。
身元は確かで給仕としての能力も高いが、新しいもの好き。
デルフィーナならこの世界にない料理を次々と出すことができる。たとえ店のメニューに出さないとしても、脳内にはたくさんのレシピが詰まっている。
ようはリベリオが飽きなければいい訳で、彼に新しい料理を食べさせればずっとコフィアに引き留められるのだ。
数人の料理人が回す店と違い、デルフィーナの知るレシピは多種多様。過去の世界のたくさんの料理人が作り上げたものを流用するだけで、リベリオからすれば天才のように見えるだろう。
実際はデルフィーナが考えたレシピではないが、他の料理人は知らない料理なのだから、どう使おうとデルフィーナの自由だ。
ひとつの店に長く勤められないリベリオの問題点を、デルフィーナなら解消できる。
カフェテリアコフィアにとってリベリオは全く問題のない人材。
(ありがとうお母様お父様!)
屋敷へ戻ったらすぐにお礼を言わなくては。デルフィーナは内心で感謝してにこりと笑った。
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