56 イェルド
イェルドは緊張していた。
自分の相貌は大人の女性でも怯えるものだ。
聞いてはいたが、対面にいるのは品の良さそうな少女。
いつ泣き出しても不思議はない。心の内で身構えたイェルドはさらに渋い顔となったが、まったく自覚していなかった。
だが目の前の女児はイェルドの面相など気にもとめず、観察するようにイェルドを眺める。
「私はデルフィーナ・エスポスティ、このお店のオーナーです」
「……イェルドです。お願いいたします」
なんとか挨拶は済ませた。デルフィーナと名乗った少女に変化はない。それがまた不思議で、イェルドの渋面は深くなる。
その表情の変化を、デルフィーナもアロイスも冷静に――しかし面白そうに見つめていた。
灰色の髪に紺の瞳をした男は、青年というには年がいっていて、けれど中年ともいえない。表情のせいで年齢が計りにくいが、ドナートとあまり変わらない年齢に思える。ドナートは少し若見えするので、基準にはしづらいのだが。
(ふぅん? このひと、よく見たら意外とイケメンじゃない? 表情がなんかすっっごく険しいから、全然そんな風に見えないけど)
イェルドはなぜかとても渋面で、どうもこれが平常の表情らしい。事前に推薦者から聞いてはいたが、思った以上だ。
これでは怯える者もいるし、喧嘩を売られているのかととらえる者もいるだろう。
仕事が長続きしなかったのは、人間関係が問題だったと聞く。その問題は、表情に原因がありそうだ。
独り立ちする頃から見習いとして料理人をしていたのなら、奉公先で表情の指導をされただろうに。されなかったということは、何か他の職にでもついていたのだろうか、とデルフィーナは質問を始めた。
「料理人になる前は何かしていたの?」
「は」
短く応じる声は低くて、威嚇しているのかと思う。おそらく、はい、が短縮されての、は、なのだろうが。怖い。
多分顔を見なければ、ちょっと掠れた声がセクシーだとか思ってしまう感じなのに、その魅力が全くこれっぽっちも効果を出していない。
(七歳の女の子に威嚇するな! いや威嚇してるつもりはないんだろうけど!)
内心ちょっと引きながらデルフィーナは続きを待つ。
「料理人の前は、傭兵と、巡礼者の護衛をしていました」
「……傭兵?」
デルフィーナの問い返しをどう受け取ったのか。イェルドは心持ち肩を狭めて俯く。
一般的に傭兵は荒くれが多いとされて、街に住む女性には敬遠されがちだ。実態を知っている者はそれほど忌避しないが、普通の貴族令嬢からしたら野卑で野蛮に思える職だろう。
だが身構えたイェルドの気持ちに反して、デルフィーナは身を乗り出すと、テーブル越しにイェルドの顔を覗き込んだ。
小さいから、寄れば必然的に下から顔を見上げる形になる。
そのデルフィーナの瞳はギラギラと輝いていた。
「元傭兵ということは、同じく元傭兵に伝手があるわね?」
「は。ありますが」
「信頼のおける知り合いはどのくらいいるかしら?」
唐突にされた質問は、この店で働くことと関係ないように思える。だが面接で雇用側からされた質問なら、答えない訳にはいかない。
イェルドは過去の同僚を思い浮かべながら、一人、二人、と指折り数える。
その指が五を越えたところで、デルフィーナは両手を打った。
「採用!」
「は?」
「貴方は採用、決定!」
「えっ」
「デルフィーナ」
本来、面接後に最終確認してから返答をする予定だった。デルフィーナの決定に否を唱えるつもりはないが、思わぬ展開にアロイスはつい声をかける。
そもそもイェルドには前職を聞いただけで、料理人としての腕前や人柄などはまだ全くわかっていないのに、先走りすぎではないか。
壁際に控えていたエレナとジルドも、表情を抑えているものの心持ち目を瞠っている。
“傭兵”の一体何がそれほどデルフィーナの心に響いたのか、さっぱりわからない。
そんな周囲に頓着せず、デルフィーナは一瞬悩むように頬へ手を当てた。
「あ、でも待って、甘いものは苦手? 苦手だと困るのよ」
フィルミーノの面接時には漂っていた甘い香りが、今はかなり消えてしまっている。試金石代わりの空気は風に散らされて、現状役に立っていない。
「甘いものは普通に好きですが」
イェルドは何でも食べる。
現代社会では、美味しいものの最上位にあるのが砂糖ゆえ、幾度か食べている。ハチミツを使った菓子も行った地方で食べた。
砂糖の塊を食べて美味しいかと問われると疑問だが、あれはあれで中々味わえないものなので、口に入れるときは嬉しく思っている。だから普通に好きだといえた。
「なら問題ないわね!」
懸念が消えたとばかりにデルフィーナはにこっと笑う。イェルドを怖がらないばかりか、すぐさま採用を決定と叫んだ七歳児は、彼からすると異様だ。
本当か? 問題ないのか? とイェルドは思わず縋るようにデルフィーナの保護者であろうアロイスに視線を投げた。
内心を窺わせない微笑を浮かべていたアロイスは、その視線にもにこりと笑みを深くするだけで何も言わない。
デルフィーナの様子を見て、アロイスは既に諦めていた。だがイェルドにそれがわかろうはずもない。
大丈夫だろうか、と一抹どころでない不安に襲われながら、それでも料理人として勤められるのならば、とイェルドは頷いた。
しかし、イェルドにはどうしても確認しておかなければならないことがある。
「あの、自分は顔が怖いといつもクビになるんですが」
採用されてもすぐに解雇されるのならば意味がない。デルフィーナはイェルドに怯える様子を見せないが、他のスタッフや客への対応はどうするのか。
問題が起きてすぐに追い出されるのでは、という懸念が消えないと、勤められない。
「ええ聞いているわ」
「この顔でトラブルが起きるかもしれないのに、本当に雇ってもらえるんですか?」
「ええ。客前に出てもらうつもりはないから大丈夫じゃない?」
「しかし……」
深く考える様子もなく問題ないとするデルフィーナに対し、イェルドは言い淀む。
それを見てアロイスが口添えをする。
「たまに作り手の顔が見たいっていうお客はいるよ?」
「それなら、顔が怖いですけどいいですか? って聞いて了承得てから呼べばいいんじゃない?」
アロイスの言葉にすら、デルフィーナはあっけらかんと答えた。
無理を押すのは立場のある人間だろう。権力があるから自侭に振る舞う。
顔を見せた上でクレームをつけるなら、紳士のやることか? 淑女のやることか? 約束を違えるのか? と苦言を呈せばいい。
民臣からの不信感は、高位であればあるほど他から足を引っ張られる要素になるため、持たれないよう警戒する。だから王族や高位貴族は内心に関係なく、誰に対しても穏やかに振る舞うことが多い。
エスポスティの関わる店でトラブルを起こせば、最悪すべての店舗から入店拒否をされる。
デルフィーナはエスポスティ子爵令嬢、商会長の姪とあれば、商会をあげての抗議も可能だ。王室御用達であるエスポスティ商会にはそれだけの力がある。
そこまでしなくても、振る舞いについての噂を流すだけでいい。あとは勝手に政敵が動く。
顔出しを高位貴族にごり押しされても、クレームはつかないだろう。
低位貴族ならエスポスティ商会は何かしら使っているだろうから、ツケがあれば回収させて、なければ今後の取引を“遠慮”すればいい。
取引分の穴が一時的にあいても、その程度の補填はデルフィーナならば可能だ。新しい料理のレシピを一種か二種、提供すれば済む話である。
単なる豪商ならエスポスティの名を出せば終わる。
阿る者ならすぐに退くだろうし、元々よくない関係の相手なら険悪の要素が一つ増えたところで気にする必要はない。
なにより、作り手の顔が怖かろうが、出す料理やお菓子が美味しければそれでいいのだ。
味で客の舌と心を掴んでいれば、客足が遠退くということはない。
しっかり美味しいものを作って提供したら、文句など消え失せる。
いかに顔が怖かろうと、美味しいものは美味しいのだ。
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