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55 フィルミーノ




 一人目の面接者、料理人見習いの少年は、なんとアロイスの紹介だった。


 スタッフに悩んだデルフィーナは、何事もまずはアロイスに相談、というのが倣いになっていたため、雇用問題もすぐに相談した。

 結果、縁故採用をすると決まったのだが、その時にアロイスは「一人、心当たりがある」と言った。

 領地で見出しタウンハウスへ呼んだ料理人見習いの少年なのだが、聞くと、固有魔法で温度の調節ができるらしい。火や空気、液体の温度を変えられるとか。

 料理人としては駆け出しだが、家では家族のご飯を作っていたため、火の調節は上手いという。

 タウンハウスでは他の見習いもいるため、まだ下ごしらえしか仕事を与えられていないが、どのみちカフェテリアコフィアでおこなうのはほぼ製菓なので、今までの経験があろうと関係ない。

 むしろ、熱の調節ができるのなら、淹れ溜めた紅茶の冷め防止ができるではないか。

 簡易氷室の作製ができたため、冷やす方はなんとかなるが、温かさを保つ方は対策ができていなかった。その少年の魔法を使えば、簡易氷室を氷室たらしめる氷も、予定より長く維持できる。

 可能なら雇用したい。


 ただ、人柄や相性ばかりは会ってみないとなんともいえない、と今回の面接に至った。


「よろしくお願いします! フィルミーノです!」


 緊張からか、元気いっぱい声を張り上げた少年に、デルフィーナは気持ち仰け反る。


「初めまして、デルフィーナ・エスポスティです」


 同じ屋敷に住んでいても、厨房に顔を出していても、言葉を交わすのはこれが初。

 にこりと笑って、デルフィーナはテーブルを挟んだ対面の椅子に座るよう促した。

 テーブルはない方が面接しやすかったのだが、障害物なしに初対面の人間を置くのにジルドとアロイスが難を示したため、こうなった。


(おどおどしたタイプより、元気な方がコミュニケーションは取りやすいよね)


 言われるがまま椅子に座ったフィルミーノは、おそらく室内を見回したいのを我慢しているのだろう。視線がたまに揺らぎそうになるが、ちょっとアロイスを見るだけに抑えて、きちんとデルフィーナへ瞳を向けた。


(お? 素材は悪くないわね)


 朴訥とした田舎の少年な雰囲気は漂っているが、半年は王都で過ごした影響か、思ったより垢抜けている。紅顔の美少年までは成らないだろうが、そこそこのレベルまではいけそうな顔の作りだ。

 まだまだ改善の余地が十二分にあるが、磨けば光る素材だった。

 成長期のためか身体は細いが、数年したらだいぶ変わるだろう。

 これなら、人手が足りないとき、給仕スタッフへ回すことも不可能ではない。――勿論、給仕の教育も必要になるが。


 アロイスによれば、護身術は習い始めたばかりだという。

 元が農民のため体力はあるらしいが、武術に触れるのはこれが初めてで、基礎からのスタートだとか。

 “自衛のできる料理人”という条件の理由を考えると、しばらくはお使いなどには出せないが、配達をしてもらえる店もあるし、開店前後なら給仕にお使いを頼んでもいい。


 護身術を教えている師範の言では、伸び代はかなりあるらしい。

 デルフィーナが、あるいはカフェテリアコフィアの関係者として狙われるにしても、まだ猶予はある。

 それならなんとかなりそうだ。


 タウンハウスの使用人をしているフィルミーノは、既にデルフィーナが稀人だと知っている。魔法誓詞書での契約も終わっているが、ロイスフィーナ商会の商会員になるなら普通の使用人よりデルフィーナに近くなる分、危険も増す。

 その点に関してどう思うかと問えば。


「あの、オレ、足は速いです! 師範にも言われました。護身術を使う状況になる前に逃げろって。だから、多分大丈夫です」


 足が速い。つまり、捕まる前に逃げおおせる可能性が高いということだ。これはかなり大きい。

 三十六計逃げるに如かず。この世界でも言われているのか知らないが、狙ってくる相手と相対するより、逃げ切ることの方が大事だ。

 組み打ちになった場合、護身術低級者では捕獲される確率が高い。

 外では知らない人に話しかけられても極力距離をおき、少しでもおかしいと感じたら走って逃げる。街の各所には衛兵の派出所があるので、ここに駆け込むか、エスポスティ商会関係の店に逃げ込むようにしておけば、匿ってもらえる。

 そういう自衛の方法もあるということだ。

 とにかく相手に触れさせない、距離を取ることを身につければ、一人でのお使いもそれほど心配なくなるだろう。


 変声期特有の少しかすれた声で、拙いながらも説明するフィルミーノからは、ここで働きたい、という意思が覗えた。


「エスポスティ家へ仕えてから、甘い物を食べられるようになって! とっても幸せなので、自分にできる精一杯で働きます!」


 紅茶のような赤みがかった茶色の瞳にデルフィーナを写し、懸命にアピールしてくる。タウンハウスではなくこちらへ勤めたいとここまで希望するのは、おそらく。

 面接の前に、ひとつの釣り要因としてクッキーを焼いておいた、その香りが功を奏しているのだろう。

 甘い物が好きなら、あの匂いに釣られないわけがない。


(ふふ。一人ゲット!)


 内心の喜びを押し隠し、デルフィーナは令嬢らしく微笑んだ。


「わかりました。それではのちほど合否をお知らせしますね」


 フィルミーノの人柄はわかった。あとはアロイスと相談の上、決める。

 教育は必要だが見習いなので、料理人より審査の判定は甘くなる。料理人としての自己が確立していないため、デルフィーナの指示を柔軟に聞けそうな点もいい。

 デルフィーナはこのまま採用でいいと思うし、そもそもアロイスが推薦しているのだからほぼ決定なのだが、念のため、他のスタッフとの相性も見ておきたい。

 この後に二人続けて面接なのだ。ついでにそちらの顔合わせもしてしまえば判断が楽になる。

 フィルミーノには、一階で待つか、後で戻ってくるか聞いたところ、外に出たいとのことだったのでそのまま見送った。

 戦々恐々としながら「何か壊したらと思うと落ち着かないですっ」と言っていたから、外観や内装に慣れてもらう必要がありそうだ。


 エレナが淹れてくれた紅茶で一息つく。

 絵付けをしていない、シンプルな白のカップが空になったところで、次の面接者が扉をノックした。







今回もキリのいいところで切ったら短くなりました。

ストックがなくなったため、次回より不定期更新となります。

なるべく今のペースを維持するつもりですが、更新が遅れる時もあると思います。

呆れずお付き合いいただけたら嬉しいです。

いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!


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