53 面接
中には入らず、店の裏手で話を聞いている。外での立ち話なのは、また給仕達が怖がると困るためだが、要件も手早く終わらせるためでもある。
飲食店はこれからが忙しくなる時間帯だ。長話を避けるため、イェルドはあえてこの時間に来た。それを店長も分かっていたのだろう。
「エスポスティのお嬢様が商会とは別個で新しく店を出すんだと。そこで料理人を探してるらしい。うちの店はやっと下が育ってきたばっかりだし、出せるヤツぁいねぇ。それでお前を思い出したんだよ」
今の料理人見習いは、イェルドが解雇された後に入った少年とのこと。抜けても大丈夫な料理人がいないため、イェルドに声をかけてくれたというわけだ。
イェルドは紹介先の店もすぐに解雇されてしまったので、店長は紹介した先が悪かったと申し訳なさを感じていたらしい。
雇用前にしていた話からも、イェルドが常に働き口を求めている男と知っていたため、ダメ元で行ってみたらどうかと紹介してくれたようだ。
こういうところが、店長が店長たる所以なのだろう。
その新しい店がどういった店なのかは、紹介している本人も知らないという。
その点だけは不安だが、イェルドも元雇用主の店長もダメ元で考えているため、さして重要ではなかった。
「七歳で店の経営ってのは早すぎる気がぁするが、貴族様ってのは結婚もはえぇからなぁ。エスポスティのお嬢様なら貴族に嫁に行くんでも商売に強いところだろうから、早くっからいろはを叩き込んどくってことなんだろうな」
平民からすれば七歳はまだ奉公にも出ない年だが、貴族は違うのかもしれない。イェルドは今まで貴族との縁などなかったので、そういうものか、と男の意見に頷いた。
「まぁお嬢様にはちゃんと後見っつーかお目付け役っつーか、エスポスティの若様がついてるってんだから大丈夫だろ」
イェルドの背中をバシバシ叩きながら元雇用主は笑った。
この男の紹介なら、そう悪い職場ではないはず。ダメ元で応募してみるのだ。どんな店なのかは行けばわかる。
料理人を募っている以上、料理が仕事になるのは間違いない。
イェルドが求める職と合致するなら、ダメ元でも行ってみるべきだろう。
手持ちの綺麗な服はあっただろうかと脳内で衣装箱を探りながら、イェルドは男に礼を言って詳しい面接場所を教わった。
それなりに忙しく過ごしているデルフィーナのスケジュールは、最近、エレナがアロイスに確認の上決めている。
子どもらしく夜は眠ってしまうデルフィーナが使える時間は、朝から夕方まで。
その中でロイスフィーナ商会の仕事をこなし、エスポスティ商会のガラス工房へ足を運び、屋敷へ訪れる各種工房の職人と新しい生活用品等の提案、試作品の精査や検討をおこなっている。もちろん子爵令嬢として礼儀作法や教養の授業は欠かせない。
そんな今日のデルフィーナの予定は、ずばり面接だった。
「本日会うのは三人です。料理人見習い、料理人、給仕を希望しています」
希望しているというが、実際のところ面接に来るのは、過去または現在、その職に就いている者達である。
どんな人物なのか、紹介者からは軽く聞いている。いるが、大雑把というか、紹介するに至ったあらましが主で、詳しい為人まではわからない。
だから面接はかなり重要だ。
身上書を書く社会通念はない。
少なくとも、バルディでの求職時には不要である。
アロイスは紙を高くないといったが、紙を買うなら食べ物を買うという庶民の方が圧倒的に多い。
識字率もそこまで高くない世の中だ。就職活動で履歴書のようなものを用意するのは、よほど高位の貴族家へ勤める場合や、王宮への雇用希望を出す時くらいだろう。それも本人が書くのではなく、紹介者が用意するのが普通だ。
そんな社会の中、平民が主体として雇用される店で、書面での審査などあるわけがない。
書類面接がない以上、広く公募してしまうと、どんな手合いが来るかわからない。
身許不確かな者が近くへ来るのはデルフィーナにとってリスクが大きいため、アロイスやドナートと相談の上、あまりおおっぴらにせず人を募ることにした。
つまるところ、エスポスティ商会の伝手を使う――縁故採用である。
血縁関係に限らず、デルフィーナの求める能力を持った者なら単純な知り合いでもいいとして、商会各種の店長や商会役員に紹介を頼んだのだ。
求める条件はずばり、自衛のできる料理人。自衛のできる給仕だ。
店のスタッフ一人一人に護衛をつけるのは難しい。ならば元から自分の身を守れる者を雇えばいいのだ。
そう考えた結果、募集の段階でかなり間口が狭くなった。
おかげで、傘下の商会まで含めるとかなり従業員が多いエスポスティ商会の中でも、数名しか該当者がいなかった。さらに、今までにないカフェテリアという業種、その初店舗へ移ってもいいという者は、片手の数にも満たなかった。
当然だろう。先々どうなるか不透明な店へ移るのは不安がある。現状勤めている店はエスポスティ商会かその傘下のため、収入も店の基盤も安定している。
安定した生活を蹴って新しい店へ移る意味などないのだ。
だから、今日来るのは、なんらかの瑕疵があるか、まだ安定した生活基盤を築いていない者ということになる。
それでも紹介されて来るのだから、デルフィーナに近づけても問題ないと判断された者ではある。
安心はできるが、スタッフとしてきちんと使えるのかどうか。
そこだけがデルフィーナは気がかりだった。
今日も今日とて、コフィアへ向かうデルフィーナは、エレナとアロイスとジルドを連れている。
揺れの減った馬車で、必要な物をいくつか買い付けながら、面接会場にもなるコフィアへ到着した。
店舗は家具も搬入されて、すっかり開店準備が終わっている。
あと一点、職人達が苦心しているものがあるのだが、それが出来上がって搬入されれば、完璧にデルフィーナの思い描いたカフェテリアが完成される。
道路に面した生け垣は常緑樹のため通年で変わりないが、敷地へ入れば、裏庭も見せる側の庭も、すっかり秋の装いだった。
それなりに落葉しているはずだが、積もっていないのは手入れされたばかりだからだろう。
この庭の手入れは、屋敷の庭師を月に一度借りることにした。
他から庭師を雇うより安全だし、子爵家に雇用されるくらいなのだから腕もいい。
当然ながら別途手当てが出されるので、庭師側にも損はない。
アロイスの固有魔法も知っているため協力してもらいやすく、ドナートの許可を得られた時のデルフィーナはほくほくだった。
その庭師達が保ってくれている庭は、秋らしい美しさを見せている。
この紅葉している葉が落ちきる前に、コフィアをオープンさせたい。
シーズンを過ぎたら領地に帰る貴族が多い。
さいわいバルビエリは雪の多くない国なので、冬場動けなくなる土地は少ないが、それでも北の方は馬車での移動が難しくなる。
道がぬかるめば車輪をとられ、街道であっても走れなくなる。馬か羽馬での移動に限られてしまうため、物流もほとんど止まる。
冬は領地や家にこもるのが地方での過ごし方の基本だ。
そのため、地方が基盤の貴族は、冬場マナーハウスに戻り、徴税をおこない、離れていた間に起きた事案に取り組む。
元々貴族とは、民を守る者として王に認められた存在が発展したものだ。
だから貴族の元来の姿は騎士なのである。
外敵から土地と民を守る任を得た戦士が、そのうち外敵だけでなく、自然災害や人口の増えた街でのもめ事を仲裁したり罪人を罰したりと仕事が増え、政治をとるようになっていき、今の貴族の形となった。
ゆえに「地位ある者はその身分にふさわしい振る舞いをしなければならない」と言われるのだ。
いい生活をしているのは、有事の際に民を守る立場だからこそ。民が敬うのは、何かあった時に命をかける存在が本来の貴族だからだ。
立場には責任が伴う。それを果たさぬ者は軽んじられる。
領地をきちんと治めない貴族は民から反発をくらい、隙があれば近隣を治める貴族から狙われる。おのが土地を広げようと虎視眈々と狙う貴族は多い。
今ではそうそう領地間での諍いは起きないが、その分、王へ奏上して、あわよくば土地を得ようとする貴族がいる。民達も訴えることはできるため、王家も何かあればすぐに領主をすげ替えたり領地没収をおこなう。直轄地が増える機会のため、王家もこういった時はすぐ動くのだ。
ノブレスオブリージュはフランス語だが、こちらの世界でも、「貴族という身分は義務を負わせる」のに違いはない。
つまり、貴族は民だけでなく他の貴族、王家に対しても、隙は見せずに領地を治める必要がある。必然、年の半分は領地へ帰らざるを得ない。
シーズン中は議会と社交のため王都へ集まるが、冬は各地へと帰る。
王都に残る貴族も勿論いるが、その数は半減する。
カフェテリアコフィアの顧客対象は、中流以下の貴族と平民の富裕層。
そのターゲットがごそっと減ってしまっては、せっかく店をオープンさせても、つく顧客の数も限られてしまう。
まったくの赤字にはならないと思うが、珈琲のためになるべく早く資金の積立てをしたいデルフィーナからすると、どうあってもシーズン中に開店したいのが本音だ。
開店を急ぐなら、スタッフも早く揃える必要がある。
今日の面接に、いい人材が来てくれることを願おう。
デルフィーナは心の中で、むん、と力拳を握った。
キリの良いところまでにしたら、いつもより少し長くなりました。
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