50 悪魔の力
はぁ、と息を吐いてから、マリカは口を開いた。
「わ、私の魔法は、悪魔の力なんです……っ」
「悪魔の力?」
この世界に概念として悪魔はあるが、実在はしないし、それに類するものもいない。
魔獣と呼ばれる存在は魔法師が多い土地にいるらしいが、バルビエリにはいない。遠くの話のため、魔獣についてはどこまでが真実かデルフィーナは疑わしいと思っている。
それなのに、マリカは悪魔の力と言った。
(どういうこと?)
それぞれが持つ魔法は、誰かから授けられた力とは考えられていない。神から預かった力だと主張する一派もあるが、教会が前面に押し出している説ではない。
だから、悪魔の力というのは例えなのだろう。
よくない力、ということだろうか。
「虫が……虫が、し、死ぬんです……」
「虫が?」
言っている意味がよく分からなくて、デルフィーナは首を傾げる。
「一番大きくても、蝶、くらいなんです、けど」
マリカは震えながらゴクリと唾を飲む。
「私が魔法を使うと、虫が、死ぬんです……」
それだけで口を閉ざしてしまったマリカに、デルフィーナは更に首を傾げた。
マリカは、殺す力だから悪魔の力と言ったのだろうか。それにしては規模が小さい。
「虫が死ぬだけ?」
「は、はい」
「草が枯れたり萎れたり、物が壊れたり、布や紙がボロボロに崩れたりは?」
「な、ないです」
「本当にただ虫が死ぬだけ?」
「はい……」
マリカは恐れる様子のないデルフィーナに戸惑っている。
今まで自分の固有魔法について明かした時、たいていの人が不気味なものを見るような反応をしていた。中には、マリカ自身を嫌悪する人すらいたのだ。
ところがデルフィーナは興味津々で質問を重ねてくる。マリカとしては戸惑うしかない。
そんなマリカには構わず、デルフィーナは思考の海に沈んでいた。
最大が蝶なら、鳥やネズミ等の小動物は殺せない。
草が枯れない、枝も萎れないなら、他の生物を殺す能力ではないようだ。
静物に変化を与えないなら、劣化させる能力でもない。
殺虫に特化しているのだろうか。
ソファで悩み始めたデルフィーナに、マリカは、動揺を隠せない。
虫とはいえ殺せると申告したのに、侮蔑の雰囲気は一切なく、ただ熟考している女児はいささか奇っ怪だ。
無言で待っていたマリカに、デルフィーナはようやく視線を向けた。
「実験をしましょう」
「はい?」
その言葉に、マリカは固まった。どう返したらいいのか分からない。なにをどう実験するというのか。
一方でデルフィーナは、ワクワクしていた。
シャーレなどないから皿で実験するしかないが、もし虫以外でも微細なものを殺せるのなら、マリカの能力はとても使える。飲食店をやっていく上でかなり貴重な固有魔法だ。
全てを殺してしまうのか、選んで殺せるのか。
発酵食品に使う菌類は殺したらだめだが、それ以外の雑菌を殺せるのなら、色んな場面で使える。
医療関係にも勿論有用だろうが、デルフィーナは商人だ。
見つけた有能なメイドを他へ譲る気はない。
とにかく、微細な生物を殺せるのかを確認しなければならない。カビ類菌類に有効であれば、殺菌に使えるのだから。
今は煮沸消毒をしているが、マリカの魔法が菌やウイルスに対応できるなら、煮沸の必要がなくなる。
薪や水の節約にもなるし、煮沸で殺せないものも取り除けるのだ。
「まずはカビね。それから水と……んん、何をどうしたら殺菌されているかの確認になるかしら?」
煮沸消毒した瓶と、マリカが魔法をかけた瓶と、なにもしなかった瓶を用意して、同じ食材でも詰めればいいか。ザワークラウトのように塩と野菜を詰めるか。パンの酵母のように果物と水を詰めるか。
問題は、出来上がったものが有害か無害かを判断する方法だ。
同じように発酵するだろうから、見た目でその差がわかるだろうか。
菌が違えば匂いも違って、わかるかもしれないが、やってみないとなんともいえない。
「数日でできるのは果物での酵母ね。パンの酵母として使えるものだから、料理長に相談すればいいかしら」
カビに関しては、カビの生えやすい食材なり何なりの欠片を皿に乗せ、一方にはマリカが魔法をかけ、一方は何もしないで置いておけばいい。何もしなかった方だけ黴びればカビにも有用だし、両方黴びればカビは殺せないと分かる。
「あとはキノコかしらね」
キノコの生えているところで、マリカが魔法をかけ続け、その場所だけ新しく生えなければキノコの菌が殺せていることになる。
幸いキノコの増える季節だし、近くの森からキノコを採取してきてもらって、庭の日当たりの悪いところで倒木にでも菌を振りまけば実験可能だろう。ここら辺は庭師に相談だ。
「まずはアロイスに話してから、お父様にお許しをもらいましょう」
多種の菌に有効であれば、ウイルスにも有効のはずだ。
虫も菌も殺せるとなれば、菌の方が大きいのだから、それ以下のサイズであるウイルスも当然殺せる。
これは大事な検証となる。
デルフィーナはやる気を漲らせた。
「あの……お嬢様?」
一方で、デルフィーナの独り言を唖然としつつ聞いていたマリカは、小さな主が何をするのかと不安になる。
その顔を見て、デルフィーナは安心させるように笑った。
「マリカの魔法は、もしかしたらとっても大事な魔法かもしれないわ。でもまだわからないから、実験をしたいの。実験内容についてはアロイス……叔父様に相談するから、その時に聞いていてね」
「はぁ、はい」
「大丈夫、マリカはちょっと魔法を、言ったところに毎日使ってもらうだけだから」
「毎日ですか?」
「実験結果が出るまでだから、一週間ぐらいかな?」
「わかりました」
憂いはまだ残っていたものの、デルフィーナの言葉に危険はないと判断したのか、マリカは素直に頷いた。
今まで滅多に人にも言えず、どこにも使えない魔法だったのだ。もし実験で何かが変わるというのなら、協力するのに吝かではない。むしろ喜んで使う。
怖がらず忌避せず、マリカの魔法を聞いて興味を示してくれたデルフィーナ。その小さな姿に、マリカの胸は温かなものに満たされていった。
早速アロイスを掴まえて相談したデルフィーナは、最大が何か、も検証するように助言を受けて、詳細を詰めてからドナートの元を訪れた。
未だ困惑気味のマリカと、諦念の笑顔を浮かべているアロイスを見て、ドナートは早々に執務机から離れた。
傍にいたアメデオに声をかけて、お茶の用意をさせる。
休憩時にはお茶、という習慣が着々とエスポスティ家に根付き始めていて、デルフィーナはちょっぴりほくほくする。
ローテーブルを挟んだソファに座るよう促されて、デルフィーナは大人しく座った。
このソファは、数日前に新調したばかりだ。
スプリングの効いた、弾力はあるけれどふわふわすぎないソファ。
それまでは布を張った木製の長椅子、という感じだったから大きく変わっている。この変化にもデルフィーナは悦に入ってしまう。
そんなデルフィーナの様子はご機嫌な七歳児そのもので、これから話す内容との落差にアロイスは苦笑を禁じ得ない。
アメデオがお茶を淹れ終わったところで、デルフィーナはマリカの魔法について話し始めた。
「実験の概要はわかった。必要なものはアメデオに言えば揃う。庭も空室も自由に使うといい。それでだが……」
執事の名をあげて許可を出してから、ドナートは一瞬言い淀む。
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