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05 アロイス






 この世界には、魔法がある。

 前世の世界と比べて一番違うのは、この点だろう。


(といっても、私が使えるのは何の役にも立ちそうにない、特殊魔法一つなのよね)


 北大陸は魔法発祥の地とされている。


 北大陸の南端地域で初めて魔法の使える者が生まれた、と歴史書にはあり、徐々にその数が増えて、現在は大部分の北大陸人が微弱な魔力を持っている。

 強大な魔力を身に宿す者は魔法師となって、大半が国に仕える。が、バルビエリ王国に強い魔力を持つ者はあまり生まれなかった。

 魔法師は、なぜか大陸の西南の国に偏っている。戦になればその力は驚異だろうが、今のところ大きな戦火は起きていない。


 魔法師のほとんどいない国では、それほど魔法師は重要視されない。

 バルビエリもそんな国の一つなので、国民も魔法師を目指したりせず、魔法が使えてもちょっと便利な能力の一つとしか認識していなかった。


 生活魔法が使えるか、はたまた特殊な固有魔法が一つ二つ使えるか。貴族も平民も、大概がどちらか一方を持つのみ。

 生活魔法といっても、火打ち石を使わず火を起こせるとか、ボウル一杯分の水を出せるとか、そよ風を起こせるとか、畑の土を掘りやすく柔らかにできるとか、その程度だ。

 固有魔法も、使い方次第ではあるが、概ね何かの役に立てば良いくらいのものである。


 例えば、デルフィーナはものを均一にならすことができる。

 ドナートは他人の好悪感情を察することができる。

 クラリッサは願いを込めて刺繍をするとそれがお守りになる。

 ファビアーノは水さえあれば氷を作れる。

 カルミネは相手が嘘をついているかの判別ができる。


 どれもほんの些細な力だ。立場や使い方では非常に便利だが、なくても困らない。

 デルフィーナの魔法など、子爵令嬢にとっては使い処がなく、完全に宝の――宝かどうか微妙だが――持ち腐れだった。


(なんかもうちょい珈琲探索に使える魔法だったらよかったのにな)


 無い物ねだりをしても仕方がない。前世では魔法など存在すらしなかったのだし、見るだけでも楽しいのだから、自分の魔法が役立たずでもデルフィーナは気にしなかった。


(アロイス叔父様は、緑を育てる能力がある、から、こうして手土産としてくださるのよね)


 デルフィーナが魔法に思いを馳せたのは、アロイスの手に季節外れの花束を見つけたからだった。


「久しぶりだね、デルフィーナ」


 クリームイエローの髪を揺らしながら馬から下りると、無造作に花束を差し出してくる。馬丁に馬を預けてから渡せば格好がつくのに、そういったことには無頓着な質なのだ。


 琥珀色の瞳を細めると、会わない間の成長を確認するようにデルフィーナを眺めた。


 アロイスは今まだ十九歳。

 見た目からしても、「叔父様」と呼ぶには相応しくない。

 しかし今よりもっと幼い頃のデルフィーナが「アロイスお兄様」と呼んだところ、実兄のファビアーノが、


「お兄様は、僕!」


 とどうしても譲らなかったため、叔父様呼びで落ち着いた。

 デルフィーナに兄と呼ばれるのは自分だけと拘ったファビアーノは、週末毎に必ず帰ってきてデルフィーナを可愛がる。典型的な妹大好きお兄ちゃん(シスコン)だった。


(こうして改めて見ると、本当に全然似てなかったわ)


 デルフィーナは自分の、カフェオレ色の髪とチョコレートの瞳を思う。

 ファビアーノは母譲りのブルネットの髪に深緑の瞳だし、ドナートはダークブラウンの髪にデルフィーナと同じチョコレートの瞳だ。

 アロイスは色味からして全然違う。


 造作は、それぞれ系統が違うものの、一応貴族らしく整っている。

 デルフィーナは、ものすごい美人かと問われれば答えに窮すが、十人並みの容姿ではない。まだ発展途上、成長に合わせてお手入れをちゃんとすれば大丈夫、と思っている。


 だが目の前でデルフィーナを見つめる彼女の叔父は、ちょっとずるい、と思えるほどには容姿が優れていた。


(いいわ、このイケメンを客寄せにしてやるから)


 少しあくどいことを考えつつ、デルフィーナは微笑んだ。


「お久しぶりです、アロイス叔父様。お待ちしておりました」


 馬丁がおろしたアロイスの荷物をフットマンが受け取る。


「俺に手伝いをしてほしいって?」

「はい」

「一体どんな手伝いなんだろうねぇ」


 屋敷へ向かって歩きながら、アロイスは肩をすくめた。

 デルフィーナの微笑みから、よからぬ事を企んでいるのでは? と疑ったらしい。

 あながち間違いでもないだろう。のんびり暮らしていたアロイスからすれば、デルフィーナの計画への協力は怒濤の毎日への変貌だ。


「お疲れでしょう? まずは旅の疲れを癒やしてください。良いものがあるのです」


 デルフィーナはにっこり笑う。

 疲れて思考力が低下しているところで畳みかけてしまうのもありだが、疲れているときこそ、紅茶での一服は効果が高い。

 はじめにガツンと紅茶の良さを知ってもらって、それから引きずり込もう。


 着替えるアロイスとはシッティングルームで落ち合うことにして、デルフィーナはお茶の用意をしに厨房へ向かった。








 デルフィーナの目的は、第一に、珈琲獲得のための資金を作ることだ。

 珈琲までの道のりは遠いが、封建社会のこの世界で、女でありまだ子どもでもあるデルフィーナが取れる手段は限られる。

 人を雇って、代わりに動いてもらうしかない。

 だからお金がたくさん欲しい。

 大陸を渡ってもらうのだから、命の危険手当が必要な分、大金が必要だ。


 紅茶がこの先どうなっても、お金を得られるなら正直どうでもいい。

 もちろん紅茶も好きだから、飲める現状は維持したいが、他所の商会が売り出そうがレシピを取られようが、紅茶に拘る必要はない。

 別の方策は脳内にあるし、エスポスティ商会にアイディアを売ってもお金は作れる。

 とはいえ店を開く以上成功は絶対させなければならない。


(赤字で閉めるなんてごめんだわ。珈琲にたどり着けないのはナシ寄りのナシです!)


 現状使える食器を使って紅茶を淹れたデルフィーナは、その手元をじっと見ていたアロイスにボウルをサーブした。


 アロイスを引き込むことこそ、全てのスタートで成功の鍵だ。

 子どものデルフィーナでは成り立たないブルーノとの取り引きも、アロイスがいれば可能になる。


「東大陸から持ち込まれた“紅茶”です。お召し上がりください」


 テーブルを挟んだ対面のソファに座っていたデルフィーナは、自身の分も淹れて、目の前で飲んでみせる。


「器が熱いのでお気をつけて」


 湯呑みで緑茶を飲んでいた頃を思い出しつつ、ボウルの縁を持って傾ける。

 湯気とともに香りが鼻をくすぐり、自然、ほぅっと息をついた。


 そんなデルフィーナの姿を眺めていたアロイスは、躊躇いながらボウルに手を伸ばす。姪を見習って縁に指を添えると、香りをかいでからそっと口を付けた。


 いつもより増えた瞬きが、アロイスの内心を伝えている。


「ミルクも合うんですよ」


 そう言いつつデルフィーナは、キッチンで小さなボウルに入れてもらったミルクを、スプーンで掬って紅茶のボウルに入れる。

 ドナートに出したときはミルクピッチャーをそのまま持ってきたが、あれは大きすぎた。座ったままで小さなボウルに注ぐのは難しい。

 早くクリーマーがほしい。


「いかがですか?」

「……うん、初めての味と香りだけど、美味しいねぇ」


 味わいながらも飲み乾したアロイスに、デルフィーナは二杯目を注ぐ。


「これを飲めるお店を出そうと思っているんですの」

「これを?」

「ええ」


 デルフィーナとボウルとを交互に見てから、アロイスはふぅん、と面白そうに笑みを刷いた。


「それで、そのお店を手伝ってほしい、ってこと?」

「有り体に言えばそうですわね」

「久々に会ったからかな? なんだかフィーはちょっと、変わったね?」


 ドキリとした。

 前世を思い出してから、知識が増えた。人格に変わりはないが、言葉遣いや振る舞いは変わってしまっただろう。

 だからといってデルフィーナはデルフィーナだ。


「きっと、やりたいことができたからですわ」


 輪廻転生のことを伝えることに躊躇いはない。信頼できる相手なら明かしても構わないと思う。ただタイミングというものがある。

 今はまず紅茶のプレゼンをして、商会設立の協力を取り付けなくては。


「この紅茶は、エスポスティ商会と取り引きがあるブルーノが東大陸で買い付けてきたのです。薬として用いられているものですが、煎じて飲むのは苦すぎるので、お父様とカルミネ叔父様は試飲して買い取りを見送りました」

「こんなに味わい深いのに?」

「はい」

「ミントとは全然違うのに、胸がすっとするというか気分が良くなるものを、買わなかったの?」


 アロイスはきょとんとした。

 お茶として淹れたから、それを初めに飲んだからこそ、アロイスは紅茶を美味しい飲み物と認識した。


「お父様と叔父様にとっては、効能の不明瞭な苦い薬、でしたから」

「つまり、飲み方が全然違ったんだね?」

「はい。今こうして飲んでいるのは、お湯で淹れているだけで、煮詰めているわけでも煎じているわけでもありませんから」


 茶葉の量を含め、濃さが全然違う。

 用い方が全く違うのだから、似て非なるものになった。


「この飲み方を知っていて実践できるのは、多分、この辺りでは私だけでしょう。東大陸と取り引きがある別の国では、既に知られているかもしれませんが」


 確かな情報や技術は、ときに金より勝る。

 控えめに、この辺り、と言ったが、実際バルビエリ国内どころか近隣国でもこの飲み方はまだ認識されていないに違いない。

 どこかで飲まれていたら、取り引きがされていたら、エスポスティ商会の耳に入らないわけがないのだから。


「お父様には商会設立への融資はお約束いただけました。でも七歳の私が会頭では、下がついてこないでしょう。なのでアロイス叔父様に、顧問をお願いしたいのです」

「顧問」

「相談役というか、監督者というか……統制をとるお手伝いをしていただきたいの。

 私に分からないこと、できないことを教えていただいたり代わりにしていただいたり……アドバイスに限らず色々としていただきたいのです。

 かなり動いていただくと思うので、顧問というのも違うかもしれません、わね?」


 当てはまる言葉が見つからないが、一番近いのが顧問だと思う。


「まず商会を設立して、ブルーノから紅茶を確保します。その後、カルミネ叔父様というかエスポスティ商会傘下の工房で必要な物を作ってもらいつつ、店舗の準備をして、宣伝をして、お店のオープン、という計画ですわ」


 大まかな流れをざっと伝える。

 それにふんふんと頷いたアロイスは、ミルクを足した紅茶をさりげなくおかわりして飲んでいた。

 どうやら気に入ったようだ。


 本当は砂糖も一緒に出したいところだが、高級品なので持ち出せなかった。

 そもそもこの紅茶も、ブルーノがエスポスティ子爵に献上したものを勝手に飲んでいるのだ。しかも高価な輸入品である急須を使って。

 砂糖まで使ってはきっとドナートもいい顔をしない。

 本当はこの場にあれば一番良かったのが砂糖だったが、それは先送りの案件だ。


「七歳の子どもじゃ相手にされない場面で、俺にフォローしてほしいってことだね?」

「そうです!」

「ふぅん?」


 楽しそうに笑ったアロイスは空になったボウルを置くと、小首を傾げた。


「そのお手伝い、俺にメリットはあるのかなぁ?」











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