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49 マリカ




 今日はエレナがお休みだった。

 代わりにマリカが侍女として入っている。


 そもそも、エレナは侍女に決まってから毎日ずっと傍に控えていた。一日の休みもなく、だ。

 デルフィーナが屋敷にいる間は離れることもあったが、せいぜい半日のこと。

 休みはいつ取るのだろうと尋ねたら、侍女は基本的に定期で休みを取らないらしい。常に主の傍に控えるのが侍女のアイデンティティであり、誇りである、らしい。

 侍女はメイドとは一線を画す。それに選ばれたのは誇らしいことで、選ばれたからには主に忠実に付き従うもののようだ。

 たとえ七歳の女児が相手でも、侍女である以上は常に侍るのが常識とのことだった。


 エレナからそう説明されたものの、デルフィーナは納得がいかなかった。

 そんなに誇らしいことなら、デルフィーナの侍女選びの時になぜ他の二人は自薦せずエレナを推したのか。

 それに、前世の記憶がある身からすると、定休がないのは良くないことに感じる。

 勿論、体調不良や、外部からの呼び出し、用があって遠出をしたり実家へ帰る時は休みが取れる。

 だがそれ以外は半日休みが取れれば良い方というのは、働き方としてどうなのか。


 モチベーションを保つためにも、休みによるリフレッシュは必要だと考えたデルフィーナは、さっそくそれをドナートに提案した。


 だいたい、常にいた人が急に休んで穴が空いたら、その穴埋めをどうするのか。

 勤める本人しか把握できていない事があるのはリスクが高い。

 侍女でいうなら、仕えていた主の趣味趣向、性格や行動等を把握していない者が引き継ぎもなく突然侍女にされたら、主も代わりの侍女も困るだろう。

 情報共有と、穴を空けても問題なく回せるようにすべきだ、とデルフィーナは主張した。

 勿論、職務上漏らせない情報もあるだろうし、代われない場面もあるだろうが、そういう場面や日を避けて休みを取り、代わりとなる人間を育てておくのは大事なことだ。

 ある種のリスクマネジメントといえる。


 切々とその有意性を伝えたデルフィーナに、ドナートは納得して、屋敷内の使用人には定休日をつくることにした。


 とはいっても、まずはお試しからだ。

 十日に一日、問題なく代わりが入れる職種や、一日くらいなら休んでも問題のない職務についている者――庭師やメイド達から、実験的に導入していく形だ。

 上手く回るようなら、料理人や侍従も、となった。

 デルフィーナは提案者だったこともあり、エレナがついてまだ浅かったこともあり、お試しの対象になっていた。

 急な変化は使用人達も戸惑うため、ドナートとしては、徐々に変化させていく目論見らしい。

 今までの常識とは異なることをする訳だから、緩やかな変革が望ましいのはデルフィーナにもわかる。

 どのように取り入れていくかはドナートに任せて、デルフィーナはエレナが休みを取れるようになったことをまずは喜んだ。

 そして今日は、そのお試し休みの、初めての日だった。


 マリカは、デルフィーナの侍女選びで候補に出ていたうちの一人だ。

 エレナを推薦したため侍女にならなかったが、デルフィーナの求める条件には合致していたメイドである。

 とはいえ推薦時に「エレナは生活魔法全般が使えるから」と言っていたため、マリカは生活魔法が使えないとわかっている。

 洗髪後の乾かしや、暖炉の火起こしなどは魔法に頼らずやるらしい。

 今日は屋敷で授業の日だったこともあり、朝から今のところ、代わりとして何の支障も出ていない。


 昼食は、家によってはとらない。平民は朝夜の二食が基本的で、食べないのが普通だ。

 エスポスティ家では先代の時代から、昼食を取る方が業務が捗るとされ、主一家も使用人も、軽食をとるようになっている。

 パンとスープ、そんな軽食をとったデルフィーナは、食後のお茶――麦茶だが――を飲みながら、一息ついていた。

 エレナとはなにくれとなく話すことがあって、いつも雑談をする時間。

 だがマリカはお茶を淹れた後、壁際に控えて黙していた。


(うーん、無言も気まずいし、それでは代わりとして慣れてもらうのにも時間がかかるよね。マリカとは何を話したらいいのか……あっ、そうだ)


「そういえばマリカは何の魔法を使えるの?」


 せっかくだから気になっていたことを聞こう、とデルフィーナは水を向けたのだが、マリカは慌てたように首を振った。


「わ、私は…っ、ま、魔法は使えません」

「? 生活魔法をとても弱くしか使えないってこと?」


 魔法が全く使えない、魔力がない存在というのは逆にとても珍しい。

 微弱ながらなにかしら使えるのが一般的だ。バルビエリでは釣瓶いっぱいの水が出せればかなり上等、というレベルなため、コップ半分の水しか出せなくても恥ではない。

 指先に小さな火をともせれば、火打ち石が不要になるので便利だ。と、その程度でしかない。

 あったら便利だがなくても構わない、バルビエリ国民の魔法に対する考えはそんな感じである。

 ごくごく微量な魔力しかなくても気にせず、また逆に、一切の魔力を持たない者も稀にしかいない。

 だからマリカの言葉にデルフィーナは確認として問い返したのだが。


「いいえ…っ、せ生活ま、魔法は使えませ、ん」


 真っ青になって否定する姿は、何かを隠しているのが明らかだった。


(嘘をつくのが下手だなぁ)


 だが逆に、主へ嘘をつかない使用人として信頼できる。

 生活魔法が使えないということは、固有魔法が使えるのだろう。固有魔法は千差万別。マリカがどんな魔法を持っているのか、予想できない。できないが、あまり人には言いたくないもののようだ。


「なにも咎めたりしないわ。私が少し変わっているのは知っているでしょう? 単なる興味なの。言いたくないなら無理に話さなくてもいいけれど」


 使用人として、主家の令嬢に嘘を吐きたくないのだろう。マリカは青い顔のまま泣きそうになっている。


「エレナは生活魔法が使えるから、って推してくれたわよね。確かに侍女としてなら生活魔法が使えるのは便利でいいわ。でも魔法が使えなくても、なんの問題もない」


 デルフィーナは立ち上がると、チェストの引き出しを開けて、紙とハンカチの二重包みにしていたファッジを一欠片、手に取った。

 そのまま壁際に立つマリカへ寄ると、真正面から見上げる。


「しゃがんでくれる?」


 言われた通り、マリカはおずおずと身を沈めて蹲む。


「口を開けて」


 静かなのに有無をいわさぬ少女の声音へ、マリカは素直に従った。

 青い顔のまま小さく開けた唇の隙間に、デルフィーナは手にしていたファッジを突っ込んだ。


「?!」


 驚いて口を閉じたマリカは、何を入れられたのかと目を白黒させている。だがすぐに、溶けだしたファッジの甘さに動きを止めた。


「美味しい?」


 表情の変わったマリカに、デルフィーナは嬉しそうに尋ねる。

 こくり、と頷いたマリカの顔色は、やっと青から通常へ戻った。

 甘味は贅沢の味。慣れないその味わいに、マリカはうっとりとしている。マリカも甘い物が好きでよかった、とデルフィーナは内心でほっとしていた。


 苛めるつもりなど一切ないが、主の立場から答えたくないことを問う場合、使用人にとっては圧を感じるだろう。


「無理して話そうとしなくていいのよ。雇用契約に魔法の行使はないでしょ?」


 秘密はない方がいいが、契約時に雇用主であるドナートは、マリカの魔法についても調べているはずだ。それで雇用されているのだから問題はない。


「いえ……お嬢様はエスポスティ家の方ですから」


 甘味でリラックスできたためか、マリカは肩を落としてはいたものの、先ほどよりしっかりデルフィーナへ視線を返す。

 話したくはないが、このまま伏せておくのも後ろめたい。そんな雰囲気を感じて、デルフィーナはソファへ戻った。座って、マリカのペースで話してくれるのを待つ。







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