48 夜食中の思考
カフェテリアコフィアの改装に大変満足したデルフィーナは、その足で搬入予定の椅子とテーブルを見に家具工房へと向かった。
デルフィーナとアロイスの来訪に驚きながらも喜んでくれた工房の職人は、サンプルで屋敷に持ち込んで確認させてもらった椅子を量産していた。といっても当然一点ずつ手作りだ。
前世でいうならクイーンアン様式に近いデザインで作ってもらったテーブルと椅子は、デルフィーナの気分を否が応でもあげた。
アフタヌーンティーを目安にカフェテリアのメニューを決めていくつもりだが、ビクトリアン様式はまだこの世界にはないため、流行りはじめだというクイーンアン様式を採用した。
お茶が世界に広がり始める時代と、デザインの世界の時代がちぐはぐなのだが、そこは前世とは違う世界、違う文化のためと思うしかない。
バロック様式やロココ様式は、お茶を飲む空間としては少し賑やか過ぎる気がしていたので、ありがたかった。
メインのお茶やお菓子より家具が派手派手しいのはちょっと困る。
ティーセットを華やかに見せるためにも、お菓子を美味しく見せるためにも、ベストな家具を用意できたと思う。
「では搬入は数日内にお願いします」
「かしこまりました」
アロイスと工房長が笑顔でやり取りしている。
エスポスティ商会の工房へエスポスティ家の人間からされた依頼なので、愛想が良くて不思議はないが、それ以上に大口の客だったからというのもあるだろう。
職人は商人のように表情を取り繕うことが少ないから、素直に気持ちを受け取れる。
しゃべることなくそっとアロイスの傍で工房内と二人を見ていたデルフィーナは、自身もにこにことしていることに気付いていなかった。
その夜もアロイスはドナートへの報告をして、ようやく自室へ戻った。
デルフィーナの手伝いと言うべきか、カルミネの手伝いと言うべきか、新しい商品を作るにはアロイスの存在が欠かせなくなっている。
デルフィーナを隠しつつの開発は、発想や着眼点が今までにない分、アロイスの橋渡しがかなり重要だった。情報の伝達は、間に挟まる人間が理解不足だと上手くいかない。その点、アロイスはデルフィーナからも各種の工房からも既に一定の信頼を得ていた。
とはいえアロイス自身、作る意図がよく分からないまま発注しているものも多い。実際使ってみれば理解と納得ができるのだが、製作段階では職人と共に首を傾げるものもいくつかあった。
今日は郊外の工房へ足を運んでいたため、夕餉を食いっぱぐれてしまった。
厨房で明日の仕込みをしていた料理人に軽めの食事を作ってもらい、今やっと食べている。
その時覗いた厨房で、久々に、アロイスが責任の一端を持つ相手の顔を見た。
領地でアロイスが見つけて、あちらの屋敷で見習いとして雇っていた少年だ。
アロイスが王都へ呼ばれそのまま移住となったので、後から呼び寄せ、今は王都の屋敷で料理人見習いとして働いている。
「ああ、そういえば」
少し硬くなったパンをワインで胃に流し込みつつ、アロイスはデルフィーナの呟きを思い出す。
簡易氷室――“冷蔵庫”の開発をしていた時だ。
「温度を保つ魔法があればいいのに……」
独り言だったのだろう。ぽつりと零された姪の言葉を、その時アロイスは拾えなかった。聞こえてはいたものの、なにせ当のデルフィーナが次々と新しい物を提案し、カルミネが全部に食いつくものだから、そこまで気が回らなかったのだ。
今夜厨房で見かけて、やっと彼の魔法を思い出した。
少年を登用したのは、彼の固有魔法あってのことだった。その魔法は、デルフィーナが求めるものに近いかもしれない。
打診や意思の確認は明日してみよう。
煮込まれた肉を咀嚼しながら、アロイスは一年前のことを思い出していた。
その日、アロイスはいつもと同じように領地の視察をしていた。
視察と言っても、のんびり馬で領地を巡って、何か困っていることはないか、変わりはないか、と領民の様子を見たり話を聞いたりするだけだ。
家畜を狙って狼が出ることもあるので、特に森の近くはゆっくり回っている。
マナーハウスからかなり離れた地区を廻っていた時、農家のある一家が昼食に招いてくれた。
念のための携帯食しか持っていなかったアロイスは、ありがたくご馳走になることにした。
近所の牧場からもらった牛の乳のシチューは野菜がたっぷり入っており美味かったが、問題は添えられたパンとワインだ。
パンはまとめて焼くのが普通だ。日持ちをするよう固く焼きしめるパンと、焼いて数日で食べきる柔らかいパン。
この家では近所の家と共用の窯があるらしく、柔らかいパンを食べているらしかったが、その柔らかいパンも数日経てば固くなる。
家の様子では今日はパンを焼く日ではなさそうなのに、出されたパンはほかほかと温かいのだ。
そしてワインは、驚くほどよく冷えていた。
冬場なら分かるがその時は晩夏だった。近くに川もないし、樽のワインは井戸で冷やせるものではない。
どうやって温め冷やしたのか訊ねたところ、その家の息子の一人が使った魔法とのことだった。
物や空気の熱を調節できる魔法。彼特有の魔法により、パンは温かく、ワインは冷たく供された。
畑に広く使えるものではないため、もっぱら食事の時に使っているようだが、たいして役に立つものではないと家族も本人も考えていたらしい。
だが使う場によってはかなり有能な魔法だ。
毒味の必要な貴人はいつも冷めた食事をしている。冷めないよう保てば喜ばれるだろう。
料理人になっても、火加減の微調整ができるだけでかなり違う。
酒場で冷えた酒を出せばその店は人気になるだろう。
田舎ではたいして有難味がないとしても、街に出れば違う。
どこへあがるとしても、ある程度の知識と使用人の行儀作法くらいは入れた方がいい。
マナーハウスで一旦引き受け、ある程度身に付いたらタウンハウスにあげて子爵に委ねようとアロイスは考えた。
さいわい、農家は子沢山で職にあぶれそうだったため、本人も乗り気でマナーハウスに仕えることとなった。
その日のうちに連れてこられた彼は、一先ずマナーハウスの料理人に弟子入りした。
料理人が合わなければ執事を目指しヴァレットから始めることになったが、人前に出るのが苦手だという彼は、なるべく接する相手を減らしたいと、厨房に籠れる料理人の方で頑張る意思を見せていた。
そうして、そろそろ本格的に料理人を目指すか、ヴァレットになるかを選ばせようとした辺りで、アロイスはデルフィーナに呼ばれてしまった。
すぐに姪っ子の危うさに気付いたアロイスはそのまま王都へ移住することとなったため、マナーハウスへ連絡を入れた際、料理人見習いとして据え置かれている少年を呼び寄せた。
そんなわけで彼は、今タウンハウスで料理人見習いをしている。
デルフィーナがスタッフに欲しいのなら、それもありだろう。
タウンハウスの料理人は充分足りているし、子爵家では毒味も必要なく出来立ての食事を取れる。
王城にあげるなら執事見習いになる必要があるが、本人の希望とそぐわない。
このまま料理人見習いを続けるのも良いが、能力を生かせるならデルフィーナの元で働くのは彼のためにもなるのではないか。
アロイスはそう考えた。
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