47 個人的内覧会3
二階のフロアへ降り立つと、これまた広々と、なにもない空間が広がっていた。
ここにきて、L字形の建物だとはっきり分かる。
奥には個室へ続くドアが一つ。これも磨き上げられている。
その手前、L字の内側に壁はなく、全てがフランス窓になっていた。
「わぁ……」
今日は天気が良い。
秋の日差しが窓から入り込んで、床も壁も明るく照らしている。濁ったガラスですらこの開放感。デルフィーナが魔法をかけたら、庭や公園まで見通せて、もっと気持ちのいい空間になるだろう。
デルフィーナは思わず駆け寄って、次々窓ガラスを透明にしていく。
全てに魔法をかけ終えたら、外にあるテラスがくっきりと見えた。
テラスへ出るためフランス窓に手をかける。蝶番はするりと動いて、軋み一つなく窓が開けた。
整備されたテラスは、手すりも汚れ一つなく綺麗な状態だ。広いわけではないが、狭くもない。
下見に来た時決め手になったのは、このテラスと、庭、そしてそこから見える公園の景色だった。
思った通り、気持ちの良い風が吹き抜け、王都なのに人の営みから切り離されたような景趣となっている。
暖かい季節は、このフランス窓を全開にすれば、室内もさらなる開放感が加わるだろう。
寒い季節は閉めるしかないが、公園や庭の緑も落葉して寂しくなっているはずだから、問題ない。
そしてデルフィーナが構想していたとおり、注文していたとおりのガーデンパラソルが設置されていた。
初めて作る大きさに職人が四苦八苦したのは知っている。手持ちの日傘作りの段階までしかデルフィーナは関わらなかったが、最終的に思ったより大きい物を作ってくれたらしい。
雨の時はたたむので、張った布地の防水性はそこまで高さを求めなかった。
防水布については、塗り込む蝋の種類や量を、未だエスポスティ商会の縫製部門の工房で研究中だとか。デルフィーナは自分が欲しかった物は出来上がったため、その後はノータッチだ。
閉じられた状態のガーデンパラソルは二台設置してある。
三台だとテーブルを置くとき邪魔になりそうだったため二台なのだが、日陰は十分足りそうだ。
「開いてみようか?」
「お願いします!」
ガーデンパラソルを見上げていたデルフィーナに、アロイスが声をかける。
即座に返答したデルフィーナに笑って、アロイスとジルドがそれぞれ開いてくれた。
「どう?」
あっという間に陰ったテラスに、デルフィーナは満足する。
「ここと、ここと、ここ。三卓置けますね」
テーブルは三卓設置できそうだ。椅子はテーブルにつき三脚ないしは二脚置けばいいだろう。
風通しが良く景色も良く、表道路からは見えないテラス席は、個室以上に人気席になりそうだ。
「このテラスでお茶を飲むの、楽しみだねぇ」
アロイスは自分でもここで飲むつもりらしい。
甘味を口にする姿を女性客に見られるのは困るから、それは定休日にやってもらおう。
珈琲が手に入ったら、デルフィーナもここで楽しみたい。
(寒い日にはココアも良いかも)
冬場にわざわざテラス席に座りたがる客もそういないだろうが、視界から人を排除できるという意味では、ここはかなり良い。そんな珍客がいないとも限らないため、紅茶以外の温かい飲み物も検討しておこう。
ココアパウダーは作るのが面倒だが、ホットチョコレートならチョコレートさえ作れれば作れる。
以前見つけた“カカワトル”として売っていたカカオ豆。他のことが落ち着いたら、あれからチョコレートを作ろう、料理人の手を使って。
またひとつやる予定を増やして、デルフィーナは室内へ戻った。
手早く個室をチェックする。
ここはまだ絨毯を入れていないので、入れたら雰囲気がだいぶ変わるだろう。
三方に窓があるものの、大きいのは北に面したものだけなので、照明の用意が必要そうだ。
「最後は庭かな?」
個室を出たところで、アロイスが階段へとデルフィーナを促した。
庭は、緑に関する固有魔法を持つアロイスも、庭師と一緒に手がけてくれたらしい。
頷くと、誘導に従って階段を下り、フランス窓から庭へと出る。
ぼうぼうに生えていた雑草が除かれ、芝生が敷き詰められた庭は、下見の時と比べて様変わりしていた。もしかしたら一番変化したのが庭かもしれない。
今が春や初夏でないのが残念だ。
冬に向けて木々は葉を散らし、色を落としている。それでも王立公園との境になる低い垣根は常緑低木で、緑を残していた。
その手前、僅かに庭は狭くなるが、二重の垣根としてドッグローズを植えてもらった。
剪定されて短くなった枝に、葉が少なくなった枝という姿では、棘があるからかろうじてバラと分かる程度だ。
これが花の季節までにぐんぐん育つとはにわかに信じられないが、アロイス曰く、初夏にはしっかり茂るらしい。
北側だけでなく、裏庭である西側にもドッグローズを植えてもらった。こちらは元々植わっていたものに、追加した形だ。
新しく植えた木からは実りを得られなかったが、元よりあった木からはローズヒップが収穫できた。
砂糖作りの後、庭木を見て気付いたデルフィーナは、庭の手入れの時に採るようお願いしておいたのだ。
ビタミンCの爆弾と言われるローズヒップはかなり有用だ。
美容にいいのはもちろん、この世界でなら壊血病に効く。
この庭ではたいした量が取れないため、追加で購入して、ブルーノへ贈ろうと思っている。
長距離航海する船の船員がかかる病として壊血病は既に世に知られているが、その対策がどの程度とられているのかデルフィーナは知らない。
もしなんの対策もないならすぐさま対処しないとまずい。
なぜなら、デルフィーナにとってブルーノはかなり重要な人物だから。珈琲を探すために必要な存在が病気になっては困る。
国内のローズヒップの収穫量がどの程度か調べていないため、すぐさま対処法として広めるつもりはない。資金ができたら送り出そうと思っているプラントハンター達の航海に不可欠なため、ある程度は確保しておかないとならないからだ。
この庭で収穫できる物はすべてドライハーブにして保存し使うつもりだが、流通量を把握して、安いときに購入しておくつもりである。
これに関しては当然また、アロイスとカルミネを巻き込む予定だ。
そんなこんなで、この庭でもプラスになる物を収穫できるとわかった。
どうせなら、カフェテリアで使えるものを植えたらいい。
甘味を中心に作る予定なのだから、植えるのは勿論野菜ではなく果実。一年で採れる時期は限られるが、季節限定メニューに生かせれば十分だろう。
結果、来年の夏にはベリー類が実るように育ててもらうこととなった。
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