46 個人的内覧会2
逆に、地下へ下りる階段は、左手奥のドアの先にあった。
「まずは地下から確認しようか」
アロイスの誘導で左手奥へ進む。ここにも磨かれて綺麗になったドアがあり、その先はささやかなバックヤードとなっていた。
細長い形の部屋で、さらに奥にあるドアが勝手口となっている。これで外へ出られるのだ。
そしてその外に、地下の厨房へ繋がる石組みの階段がある。
庇はあったが、クロッシュを被せるとはいえ外階段を使って飲食物を運ぶのが気になったため、しっかりした屋根と風よけを付けてもらった。
後付けのため木製で作られたこれが、一番大きな工事だっただろう。
お陰で、雨でも支障なくお茶菓子を持って出入りできるようになっていた。
この建物は、上部が短いLの形をしている。
建物の南側に道路があり、東北側に庭がある。その庭を囲うような形で建っていた。
さらに北側は国立公園が広がっているため、庭の先も景観はずっと手入れされた木々となっていた。
地下への階段とバックヤードは西に面しており、西側と、L字のてっぺんである建物の北側は、客の目に触れない裏庭となっている。草刈りで発見された井戸は、建物西北の角にあった。
裏庭は表の道路から見えないよう、賃貸契約前から、よく茂った植物が垣根として植えてあった。
バックヤードは、地下の厨房から持ってきたものをワゴンに乗せるなどの準備をするのにちょうどいい部屋だった。
このバックヤードと庭との間に一部屋あり、これは個室として使う予定だ。
外階段は、どう手を入れたのか、躓きそうな凹凸がなくなっており、デルフィーナも安心して下りられた。もう手に物を持っての上り下りも大丈夫そうだ。
階段を下りきると厨房への入り口があり、こちらのドアは清掃しただけでピカピカにはなっていなかった。客の目に触れない部分なので支障はない。
地下はほとんど手を入れていないが、厨房の空いていた壁に作り付けの棚を増やしてもらったため確認する。
そして東奥の貯蔵庫には、冷蔵庫を置いてもらった。
エスポスティ商会の知る限り、冷蔵庫というものはなかった。なので、デルフィーナの発案で作ってもらった物の一つとなる。
魔法で氷を作れる人間がいないと成立しない物ではあるが、デルフィーナにはファビアーノという、水から氷を作れる兄がいる。
週末必ず寄宿学校から戻る兄に、大きな氷を作ってもらうことで冷蔵庫を機能させるつもりだ。
溶けない大きさの氷を入れ塩を振りかけ、その冷気をなるべく漏らさない形に作ってもらった金属製のそれは、木製の覆いでさらに遮熱をしてある。
熱源から離すため、厨房ではなく貯蔵庫に設置してもらった。
この冷蔵庫がかなり場所を取ったが、乳製品は毎日新しく仕入れたのを冷蔵庫内に入れる訳だし、小麦粉やフルーツは買い溜めしないので、貯蔵しておくものがそれほどないため問題なかった。
地下にはこの厨房と貯蔵庫の他に、一室があったのでそれは休憩室にする予定だ。
ソファやローテーブルを入れて、スタッフが落ち着ける場所にする。スタッフの私物があれば、それもこの部屋に置けるよう、ロッカー代わりの木箱も設置してある。
地下にはスタッフ用の化粧室もあった。
南西の角にあり、これは一階二階も同じだ。そちらは客用となる。下水道がしっかり整備されているお陰で、同じフロアにレストルームがあっても匂い問題が生じないのはありがたい。
一通り地下をチェックして満足すると、デルフィーナ一行は一階へと戻った。
バックヤードを抜けて、広いメインフロアへ出る。
まだテーブルと椅子が搬入されていないため、とても広々としている。
客室には絨毯を敷こうかと思ったが、賃貸料が思ったよりかかったため、また絨毯の値段を考えると初期費用としてかなり予算を上回ってしまうため、諦めた。
代わりに、特別扱いを必要とする客――高位貴族や、他の客から隠れていたい客――に利用してもらう予定の個室には絨毯を敷き詰めるつもりだ。
個室は一階に一部屋、二階に一部屋ある。
二階の方が格式高くコーディネート予定で、予算の都合上こちらのみとなってしまったが、清掃を考えるとフローリングの方が清潔を保てるので逆によかったのかもしれない。
L字の下側に当たる部分は、庭に面しており、壁に挟まれたフランス窓から庭へ出られるようになっている。
壁にも窓があったが、こちらは小ぶりだ。
いずれも濁りのある、ぼんやりしたガラスだった。玄関ドアと違ってこちらは外されることなく改装工事期間もずっとここにあったため、初見時と変わりない。
今日はこれに魔法をかけるのも、デルフィーナの仕事の一つだ。
「パパッとかけてしまいますわね」
言って、デルフィーナは窓辺へ近づく。
まずはフランス窓から。何枚かの窓を嵌め込む形で繋がっているように見せているガラス扉。そのガラス一枚一枚に魔法をかけていく。
屋敷の窓でさんざん練習し、今はガラス工房でもかけている魔法だ。苦もなく瞬く間に終わる。
だが壁に嵌め込まれた窓は少し位置が高く、デルフィーナの身長では届かなかった。
「………………」
まだこの店舗には椅子が運び込まれていない。
地下にはあるが、持ってくるべきか。
むむむ、と思い悩んでいると、近寄ってきたアロイスがひょいとデルフィーナを抱き上げた。
「わぁっ」
いきなり持ち上げられた驚きと、視界が高くなった爽快感とでデルフィーナは声を漏らす。
不安定さはなかったが、思わず広げてしまった両手をどうしようと悩んでいたら、片腕に座らせるような抱え方に変えられた。
「これなら届くでしょ?」
デルフィーナの正面が窓へ向くように、アロイスは身体の向きを変える。
回転されて慌ててデルフィーナはアロイスの首に手を回した。
「……そうですね」
先に一言欲しかった、と思いながら、デルフィーナは身体が安定したので片手を窓へと伸ばす。
そのまま魔法をかけると、アロイスは無言で次、次、と順繰りに移動してくれる。
無駄のないアシスタントのお陰で、一階全ての窓はあっという間に綺麗になった。
「お疲れさま」
「ありがとうございます。二階では、抱き上げる前に声をかけてくださいね?」
「ああ、うん、そうだね」
労ってくれるアロイスに礼を述べながらもデルフィーナは釘を刺したので、アロイスは苦笑した。
小さなレディの扱いは、大人のレディと同じにしないとまずいらしい。たまに忘れてしまうアロイスは、わざとなのか無意識なのか。
まだまだ軽い姪っ子に睨まれて、年若い叔父は彼女をおろし、ひょいと肩を竦めた。
「二階の確認をしましょう」
気持ちを切り替えてデルフィーナは階段へ向かう。
客も使う階段は、入ってすぐに見たように、磨かれて手すりも艶々だ。ガラスの透明度があがって外からの光が先ほどより多く入り、さらにピカピカして見える。
だがデルフィーナが掴まるにはちょっと高い位置で、先ほどのことと合せて、デルフィーナはちょっと悲しくなる。
(早く成長しないかしら。……まぁ無理でしょうね)
母のクラリッサは女性の平均身長より少し低めだ。
デルフィーナも、それほど高身長にはならないだろう。
女子の成長は男子より早いというが、まだ七歳。身長が伸びるのはもう少し先になる。
小さいと不便なのだが、数年はこの状態で我慢するしかない。
これからは少し多めに牛乳を飲むことにしよう。そう思いながらデルフィーナは階段を上りきった。
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