44 残す課題
ざっとした説明を聞いて、デルフィーナは込めていた肩の力を抜いた。
教会へ行く頻度は高くないと思っていたが、やはりバルビエリはそれほど宗教色が強くない国らしい。
(まぁそうだよね。私だって、商会の本拠地に選ぶなら、教会の横槍が入りにくい国を選ぶもん)
エスポスティ商会の本拠地を定めたご先祖様の考えを推察しながら、デルフィーナは頷く。
円滑に金儲けをするなら、権力者の庇護を受けるのが手っ取り早い。
王族や高位貴族と教会が対立していたら厄介だし、世代交代で関係が変わる可能性もある。両者がそれぞれ権力を持っている国より、一方だけが強い国の方が、阿る先を絞れるし、かかる経費も半分に減らせる算段だ。
居を定めるにあたり、その辺を考慮して、バルビエリを選んだのだろう。だからこの国は宗教的に穏やかなのだ。
デルフィーナが新しく何かをするにあたっては、必ずアロイスに相談する。
アロイスがダメだと思ったこと、ドナートの許可が下りないだろうことは、その時点で止められる。彼らなら理由もきちんと説明してくれるだろう。
だから、デルフィーナが対外的に宗教的観点から不味い行動をとる可能性は低い。
アレッシアの説明ではわからなかったが、なにか不味い事態に陥ったとき、金を積んで解決できるのか、その確認だけ後でしておこうとデルフィーナは思う。
その思考回路がすっかり商人めいていることを自覚せぬまま、デルフィーナは着実に“子爵令嬢”の姿から遠ざかりつつあった。
「はい、本日の授業はここまでです」
アレッシアが開いていた西方教会の教典を閉じて、にこりと笑う。
「教典は、時間のあるときに読んでおくようにしてくださいね」
「ありがとうございました」
そのまま渡された教典を受け取って、デルフィーナは礼を述べる。
油断するとお腹が鳴りそうな、お昼の時間になっていた。
稀人だとオープンにしてから二ヶ月が経った。
砂糖の試作をした日、庭にいた御者とフットマンにも甘い匂いは嗅ぎつかれていたので、彼らにはクッキーをあげて口止めしていた。匂いが二種類あったと広まっては困るからだ。
だが翌日、前夜既に魔法誓詞書を交わしていたとわかったため、デルフィーナの気はかなり楽になった。
とはいえ内装工事の最中に甘い匂いを漂わせる訳にはいかない。
外部の人間が立ち入る改装中はキッチンを使わないことにして、デルフィーナは脳内でレシピの検索をしては書き出し、必要な道具や材料をピックアップしていた。
ガラス加工については稀人とは関係ない能力のため、カルミネの付き添いで二週間に一度工房へお手伝いに入る。
この時アロイスは同道しなかった。カルミネの秘書やら護衛やらで人数が増えていたので、エレナを伴うだけで十分だったのだ。
その分アロイスは、デルフィーナが欲した道具類を発注するため、銀細工工房や鍛冶工房、木工所へ足を運んでいた。
デルフィーナの要望をよく聞き取り、彼女の描いたものを描き写し、それを見せながら職人に説明して作ってもらい、出来上がった試作品を持ち帰る。直してもらった試作品をまた持ち帰って、と何度か作り直しをしてもらった。
陶器に関してはフラヴィオが屋敷へ来てくれたため、直で意思疎通ができたぶん早かった。
銀のカトラリーは概ね現在世間で出回っているものからサイズダウンし、デザインを茶器に合せた雰囲気にしてもらった。コランダーに似た形でティーストレーナーも作ってもらえたので、試作品はそのままエスポスティ家で使っている。
アロイスには試作の砂糖をほとんど渡し、ファッジもほぼ彼の胃に納まった。
その報酬が効いたのは確実だろう。
カフェテリアが始動すれば、もっと色々な菓子を食べられる。デルフィーナの書くレシピを見て確信したアロイスは、精力的に働いてくれた。
対外的に商会長として、商会ギルドとのやり取りを含め、店舗内装の確認や庭の手入れを庭師に依頼したり、配置する家具の発注や確認をする。
デルフィーナも商会長として登録してあるため、行っても差し障りのない所へはアロイスと一緒にたまに顔を出していた。
ずっと屋敷に閉じこもっているのは逆におかしいためだが、スプリングマットレスを入れた馬車になって以来、乗り心地が改善され移動が苦にならなくなったのもある。
基本のお伴はアロイスとエレナに、アロイスに新しくついた従僕のジルド。ドナートが、忙しくなったアロイスにも側仕えをつけたのだ。
温和な雰囲気だがアロイスより年上の彼は、上背も身幅もあるのに圧があまりない。大きな身体ならもっと存在感があってもいいのに、昼寝を楽しむ大型犬のような静かな雰囲気だった。
まだ小さな身体のデルフィーナは、初め近づくのを躊躇った。だが大きな身体を縮めて相対してくれたため、すぐに馴染むことができた。
もちろん彼も、秘密を漏らさぬよう魔法誓詞書で契約してある。
週四回のレッスンを受け、十日に一度ガラス工房へお手伝いに入り、その合間にアロイスや屋敷へ来てくれる工房長達と試作品の改良点を詰めたり、新たな物について語り合う。
あまり方々を回ることなく、外へ出てもほぼ黙して、視線や首振りなどで意思疎通ができる程度までアロイスが進めてくれていたので、何事も問題なく進行した。
ドナート達の忠告からこちら、外へ出るたび警戒していたデルフィーナが拍子抜けするぐらい、どれも順調に出来上がっていく。
そんなこんなで、カフェテリアコフィアの開店準備は、あっという間に整っていった。
残す課題は、スタッフについてだ。
店舗の内装工事はそろそろ終わる。
家具も、テーブルと椅子が納品されれば一通り揃う。あと一点頼んでいる物はあるが、これはプレオープンまでに間に合えばいい。
陶器の茶器と銀器のカトラリーも少しずつ納品されて、今は増産してもらっているところ。
一先ず、必要な物は最低限用意できた。
数少ないこれらを使って、スタッフ教育をしなければならない。
何人従業員を入れるかもまだ決めておらず、デルフィーナは裏庭で放牧されている馬を眺めながら唸っていた。
草を食んだり転がったりしている馬達はのんびりとしており、デルフィーナと対照的だ。今日は晴れているので、日に当たって毛が艶々と光っている。
デルフィーナはエレナがすぐ傍で日傘を掲げているので、影の中だった。
この傘も、デルフィーナが伝えて作ってもらった物だ。テラスに設置する大きなものを作る前に、骨組みの確認で手持ちサイズを試作したのだ。傘を作ったことのない職人達が、その構造を把握するためだった。
失敗もしつつなんとか完成した以降は、ガーデンパラソルのサイズ作製まですぐだった。
カルミネは傘の販売を馬車に先駆けてするつもりのようで、工房での作製が優先されたのも早かった理由だろう。
馬車はサスペンション機能についてはっきりしてから売り出す算段らしい。
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