43 現世の宗教
「今後は言動に注意しますわ」
「ああ。そうしてくれ」
「うっかりがないように、本当に頼むぞ」
デルフィーナの言葉に、どこまでそれが実現されるか危ぶみながら、ドナートとカルミネが頷く。
「外では内緒話ばっかりになりそうだねぇ」
二人の兄の表情に苦笑しながら、アロイスも肩を竦めた。
「デルフィーナのうっかりが減るように、お守りを作りましょうか」
のほほんと微笑みながら、クラリッサが提案する。
彼女の作るお守りは本当に効くので、是非頼む、と男性陣が願っていた。
「本当に大丈夫か?」
大人達の様子を見て、ファビアーノは心配そうにデルフィーナを伺う。
皆の扱いにぷんすこ怒りながら、デルフィーナは紅茶を飲み干し立ち上がった。
「大丈夫ですっ」
緩んだ空気に、もう大事な話はおしまいと判断する。
いつもなら、そろそろレッスンの時間だ。今日は教養の授業で、デルフィーナにとってはこの世界を知る大切な時間である。
何を作るにしても、何を求めるにしても、一般的なことを含め、教養は大事だ。今後どう動くかの参考になる。
授業時間が減らないよう、急いでいつもの部屋に移動しよう。
「それでは皆様、私は授業があるのでお先に失礼いたします」
所作のレッスンで習得中のお辞儀を披露して、デルフィーナはドアへと向かう。
(あ、そうだ)
エレナがドアを開ける前に、昨日考えたことを思い出したデルフィーナは、くるりと振り返る。
「そういえば叔父様。スプリングですが、秤にもできますわ。天秤ばかりより大まかにしか計れませんが、分銅を使わずに済むので楽に計測できましてよ?」
最後にまたひとつ知識爆弾を落としておいて、デルフィーナはさっさと退室していった。
デルフィーナのレッスンは、授業内容によって使う部屋が分けられている。
座学と、実技を伴う内容では必要な広さが違うからだ。
デルフィーナが今の一人部屋をもらった時、それまで使っていた子ども部屋は使う者がいなくなったので、今は改装して図書室のような部屋になっている。
子爵家に関わる資料やエスポスティ商会の古い文書、稀覯本はもっと管理のしっかりした部屋に収められている。資料が増えて収納しきれなくなりそうだったため、部屋を分けたのだ。
そのため元子ども部屋は、歴史、医学、哲学、芸術、などの本を始めとして、旅行記や演劇の脚本なども置いてある。使用人の利用も認められているので、娯楽向きや実生活に役立つ本も多い。
本は総じて高いものだったが、近年植物紙が発達した影響で本の価格も下がり、蔵書が増えているのだ。使用人達が、自分の欲しい本を買って、しまう場所に困り、収めているのが大きい。
だが識字率がまだまだ高くないため、本を書く人間も、写本をする人間も少ない。活版印刷は既に発明されているが、大衆本を印刷するまでには至っていない。紙の状況が変わっても、一般市民が気軽にそれを手に取る時代はもう少し先といわれている。
エスポスティ家は家族も使用人も、読み書きができた。新しく雇った者が非識字者だった場合は教育をするようにしている。そのため、それぞれが欲しい本を買い、蔵書が増える、という連鎖が起きていた。
書架は日の当たらないところにあるが、そろそろ棚の空きがなくなる。元々日当たりの良い子ども部屋なので、他に書架を増やすと本が日に焼けてしまう。本格的な図書室を別の場所に作ろうと検討されているため、ここは臨時の図書室だった。
エレナを伴って元子ども部屋、現図書室に入ったデルフィーナは、今日の担当教師がまだ来ていなかったのでホッとした。
前世でいうところのガヴァネスのような存在なのだが、デルフィーナの前世の国と時代にはガヴァネスはいなかったし、塾通いで家庭教師は頼んだことがないから、同じかどうかは分からない。
デルフィーナが定位置に座ってノートを広げたところで、教師のアレッシアが現れた。
「ごきげんよう、デルフィーナ」
「ごきげんよう、先生」
デルフィーナは立ち上がって、淑女の礼をとる。
このところの外出で挨拶をする機会が増えたため、以前より上手くなったと思うのだが、どうか。
目立って悪い点はなかったらしく、アレッシアは小さく頷いた。
「本日は、宗教の話をいたしましょう」
アレッシアは抱えていた本を机におろす。
数冊あるそれは、どれも教典だった。
「よろしくお願いいたします」
この世界の宗教がどうなっているのか。政教分離の世界しか知らないデルフィーナは、現世の宗教がどの程度政治に食い込んでいるのか、政教一致の度合いに興味がある。
商業を営む上で、教会は無視できない存在だからだ。
タブーに抵触すれば、ロイスフィーナ商会どころか、エスポスティ商会へも影響を出してしまうだろう。
稀人の扱いも気になるところだ。
デルフィーナはワクワクしながら、語り始めたアレッシアの声に耳を傾けた。
バルビエリ王国のある北大陸には、大きく二つの宗教団体がある。
北方教会と、西方教会だ。
どちらも同じ神をまつる一神教なのだが、宗派が違う。
西方は人も土地も魔力が強く、これを「神の力の発現」と捉える教えがある。
西方教会はその教えを積極的に広めた。「魔法が使えることを神に感謝する」趣旨と柔軟な姿勢で布教活動をしたため、後に大陸中央のアルムガルト帝国が国教とした。
その影響で、帝国から分離派生した国家は概ね西方教会に属している。
一方、北方は魔力が少ないかほとんどないため、北方教会は清貧を重んじ戒律の厳しい教えとなっている。自然の厳しい土地で教えが広がるうち、おのずとそうなっていった形だ。
布教活動はしているし、巡礼の修道士達は多いが、他の土地でも自分達のやり方を貫くため、西方教会に比べると信徒が少ない。
そんなわけで、バルビエリ王国民は一応、西方教会の教えに準じている。国教として定められてはいないため、北方教会の信徒も少数ながら存在している。
西方や帝国からすれば東方は聖地――初めの魔法師の生まれた辺り――から遠く、聖人もほとんど出ていないため、バルビエリへの派遣は高位の聖職者からすると左遷のような扱いだ。
その分、厳しく戒律を守らせる動きもなく、緩やかな雰囲気となっている。
東方は北方ほどでないにしろ魔力が少ない分、信徒は魔力を授けてくれたことを感謝する意識が薄めなのだ。神を信じてはいても、西方教会の教えが色濃く出る土地ではない。
良くも悪くも、信徒の敬虔さは西方や北方に劣っているだろう。
また、南大陸は多神教とのことだ。
獣人は種族によって各々の主神をまつっているが、お互いの神も尊重して、多種多様な神を奉じている。
「アニマは万物に宿る」という教えが共通してあるが、そこは西方教会の「神は魔力に宿る」という教えと通じるため、宗教的な対立はそれほど大きくない。
東大陸の宗教については、まだまだ明確に伝わってきていない。そもそもどれだけ国があるのかも判然としないのだ。一神教なのか多神教なのか、それすら不明なのが現段階だ。
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