42 愛情
クスクスと笑うアロイスにデルフィーナは反論できない。
「〈稀人〉は利用価値が高いと見做されることが多い。全ての〈稀人〉が当てはまるわけではないんだがな」
「でもデルフィーナは既に、有用な知識を持っているって、行動でかなり示しちゃったからねぇ」
「このまま黙って見過ごすのは危険だったのでな」
父と叔父達の言葉に、デルフィーナは首を傾げた。
「危険、ですか?」
砂糖革命は起こす気がないし、傘は既にあるものだし、磁器はそのうち職人が作り出せただろうし、スプリングもそうだ。針金がないのには驚いたが、どれもいずれ遠くないうちに発明されたように思う。
「知識は金になる。分かっているだろう? お前の作り出したもので、どれだけの商品が作れるか。それも一つ二つじゃない。まだまだ作りたいものがあると言っていなかったか?」
それはそうだ。
デルフィーナの目標は珈琲を手に入れることなのだから。
そのために必要な物は多いし、お金がなければ話にならない。だから色々と要望を出して作ってもらえるよう動いてきたのだ。
「今はエスポスティ商会内で納まっているが、売り出し始めてみろ。誰が考えたのかと話題になる。お前のことが漏れれば、他の商会に狙われるぞ」
「商会ならまだいい。お前の知識は軍事に生かせるものもあるだろう。国軍でも厄介だが、最悪他国に拉致されかねん」
思いもしなかった指摘に、デルフィーナは真っ青になった。
考えてもみなかった。
知識とはそれだけ危険なものなのだ。
使い方次第でどうにでもなる。そして、それを持つ人間が自分の身を守れない場合、自身の意思で使い方を選べるとは限らないのだ。
七歳の女の子が、軍に敵うわけがない。
身を守る意識がなければ、なおのこと簡単に掠われてしまうだろう。
バルビエリでも他国でも、国の上層部が決めたなら、たかが子爵家のエスポスティではデルフィーナを取り戻せない。相手次第とはいえ、掠われたらその時点で終わりだ。
前世の知識を垂れ流すのは、かなり危険な行為だったのだ。知らなかったとはいえ、デルフィーナはだいぶ危ない橋を渡っていたらしい。
今まで製作依頼をしたのはエスポスティ商会の工房ばかり、案を話した相手はほとんどがアロイスとカルミネだ。
ブルーノとの交渉は子どもらしくなかっただろうが、彼もエスポスティ商会の傘下で海運業を営んでいる。なんとかなるだろう。
「理解できたようだな?」
「はい。申し訳ありませんでした」
かなり動揺していたが、それでも泣かないのはデルフィーナが普通の七歳児ではないからだろう。
宥めるように、アロイスと斜め向かいに座ったファビアーノが、頭と背を撫でてくれた。
「お前の危機感が足りないのは仕方がない。普通の七歳ならこんな話をしたところで理解もできないだろうが――お前は大丈夫そうだな」
未だ青ざめたままのデルフィーナを見て、少し安堵したようにドナートは息を吐いた。
「今までお前が直接行った工房の者達と当家の使用人達には、魔法誓詞書でお前の情報を秘匿するよう制約をかけてある。残っているのは、この場にいる家族だけだ」
デルフィーナが迂闊に知識を垂れ流したアフターフォローを、父や叔父達はしてくれていたらしい。全く気付いていなかったデルフィーナは、驚きに目を瞠る。
昨日も結局、エレナに魔法誓詞書へのサインを求めることなく眠ってしまった。振り返って壁際に控えるエレナを見れば、小さく頷いてくれる。
どうやら本当のようだ。
ドナートの後ろに控えていた家令が、そっと数枚の羊皮紙を差し出す。受け取ったドナートは一枚をデルフィーナへ渡した。
目を通せば、エスポスティ家の秘密を部外者へ一切口外しないこと、といった内容だった。デルフィーナに限った制約にしなかったのは、万が一この誓詞書を外部の人間に見られたら、デルフィーナが稀人だと悟られてしまう、それを防ぐためだ。
含みを持たせた文面で制約の幅を少し広げ、想定外のこともカバーできるようになっている。
デルフィーナの情報を外部へ漏らさないよう、エスポスティ家の男達は苦心したらしい。
デルフィーナが読み終わったのを見て、ドナートは自らの指先を傷つけ血を絞ると誓約書へサインをした。
カルミネ、アロイス、クラリッサ、ファビアーノ、それぞれもサインしていく。
何も言葉が出ないまま、デルフィーナはその様子を見つめていた。
「これで秘密は保持されるだろう。少なくとも当面はな」
先々にどうなるかは分からない。
デルフィーナが派手に動けば察知する人間は増えるだろうし、その人間がエスポスティ家より力を持っていたら、事態がどう転ぶか分からない。
稀人をどう扱うか、どういう対応をとるかは、バレた相手次第だからだ。
勿論、平穏無事に生活していけるよう、デルフィーナは今後注意しながら動くつもりだが――珈琲にたどり着くまでは、どうしても控えめな行動に留めるのが難しい。
(いっそ、この上ない権力者にでも恩が売れたらいいのにね)
王族も高位貴族も、雲の上の存在だ。そんな人達を味方に付けるどころか、お会いする機会すらそうそうない。易々と手出しできない存在から後見を得るのはまず無理だろう。
自身の安全を確保しつつ、資金作りをして、南大陸と東大陸に人を送り込む。
基本の計画は変わらない。
外では余り話さず、工房などへの指示は叔父達を通して出せば、なんとかなりそうだ。もどかしい部分も出てくるだろうが、ちょくちょくアロイスに制止されていたことを思えば、デルフィーナが外でペラペラ話すのは危険な気がする。
外出が減るのは残念だが、身の安全を図るには、屋敷から要望を出すのが一番だ。
(暗躍、って感じに動けばいいのかな?)
それはそれでちょっと面白そうだ。
怖がってばかりでは珈琲を手に入れられないし、既に製作依頼を出してしまった品々についてはドナート達のフォローでなんとかなっている。
あとはカフェテリアコフィアを運営して行くに当たって、どう立ち回るかを考えればいい。
会頭として既に商人ギルドへ登録している以上、店舗への出入りは不自然ではないし、アロイスという隠れ蓑がいるのだから、なんとかなるだろう。
(あとは、もう少し子どもっぽく振る舞う、かな)
年相応の立ち居振る舞いがどんなものか、街に出たときにでも子どもを観察してみよう。自分の中のイメージだけで決めると、前世の情報が混じっていて危なそうだ。
一人脳内で計画の修正をして、デルフィーナは頷いた。
「お父様、お母様、叔父様方、お兄様――ありがとうございます」
サインされた魔法誓詞書は、デルフィーナに見えるようにしながら家令が集めてくれた。きちんと記入されているかの確認は必要ない。
家族の危機管理能力と、このために使われた金額を考えれば、感謝しかなかった。
エレナに使おうと思ってアロイスに用意を頼んでいたデルフィーナは、魔法誓詞書が幾らぐらいするものなのかを知っている。
外に出るようになって物価を覚え始めたため、それがどのくらい高価なのかも理解していた。
デルフィーナの軽はずみな言動をフォローしてくれて、可能な限り自由を与えてくれて、今のままでは危ないと判断して本人に内省を促す。
すべてはデルフィーナを思ってのことだ。
もちろん稀人の知識は多大な財をもたらすだろう。デルフィーナがエスポスティ商会に寄与するところは既に大きい。
だがたとえデルフィーナがたいして有用な知識を持たなかったとしても、この家族は同じようにデルフィーナを守ってくれたに違いない。そう思える。
低位とはいえ貴族らしい家族の距離感は、前世と違って多少の遠さを感じる時もある。それは否めないけれど。
それ以上に、きちんとした愛情を感じるのだ。
たびたび、愛されているな、と前世を思い出してからデルフィーナは感じていた。
それは間違いようもない事実で、だから今回も、制約がかかるのにこうして魔法誓詞書を使ってくれた。目の前で見せてくれた。
(私はホントにいい家族に恵まれたわ)
しみじみと思いながら、感謝の気持ちで頭を下げる。
この世界では、頭を下げることは滅多にしない。よほど深く謝意を示したい時にのみ取る動作だ。
(心から感謝したとき、心から謝りたいときは自然に頭が下がるものだっていうけど、本当ね)
顔を上げたデルフィーナは屈託のない笑顔で、愛する家族を見回した。
お読みいただきありがとうございます。
☆評価、ブックマーク、いいね、感想、すべて励みになります。
誤字報告も助かっております。
ありがとうございます!





