41 “稀なる人”
食堂からシッティングルームへ移った一同は、ローテーブルが真ん中に置かれたソファセットに腰を落ち着けた。
二人がけのソファの一つへドナートとクラリッサが、もう一つにデルフィーナとアロイスが。一人がけのソファにそれぞれカルミネとファビアーノが腰かける。
そのローテーブルの上を見て、デルフィーナは驚いた。
陶磁器工房で試作してもらっているはずのティーセットが並んでいるではないか。
「まぁ。綺麗ね」
クラリッサの言葉に、デルフィーナは無言で頷いた。
まだ紅茶の注がれていないティーセットは、ほのかにクリームがかったオフホワイトの地に、華やかな色合いで蔓薔薇が描かれている。一重の薔薇はシンプルながら愛らしい雰囲気で、蔓の緑は落ち着いた風合いを醸し出している。
カップは陶器で可能なぎりぎりの薄さにしたのだろう。磁器ほどの固さがないためどうしても磁器より厚さがあるが、ボウルで飲んでいたことを思えば上出来だ。
ハンドル部分も折れない太さを保ちつつ、優美な曲線を描くよう取り付けてある。ソーサーの形はシンプルだが、カップとお揃いの絵がうるさくない程度に施されていた。
ミルクピッチャーも、デルフィーナの想定より少し大きいが形は要望どおり。シュガーポットも大きくて、塊の砂糖を入れるつもりで作られたと推察できた。
デルフィーナが想像していたより数倍良い出来だ。
「昨夜陶磁器工房から届いたんだ。フラヴィオはまだ改善点があるだろうって言っていたけど、使ってみての感想と意見が欲しいみたいだよ」
アロイスがにこにこと笑んで明かす。
視線でメイドに指示を出せば、ポットを持っていたメイドがカップに紅茶を注いだ。
このポットも、蔓薔薇の絵が施されている。近くで見れば、蓋まで連なるように蔓が描かれていた。
自分のカップに紅茶を注がれて早速、アロイスは香りを楽しんでいる。
デルフィーナは使い心地を確認しながら、カップに口を付けた。
メイドが淹れてくれたお茶はまだまだ洗練されていないが、デルフィーナの淹れ方を見て学んだ結果なのだろう。そこそこに美味しかった。
茶葉の選出や量、蒸らし時間などがベストから遠いとはいえ、十分に紅茶を味わえる。前世でいえばティーバッグと蓋付きのマグカップで淹れたくらいの美味しさだ。
渋くなるのを嫌って茶葉の量を控えめにしたのだろうが、食後の一杯としてはさらりと飲めてまずまずだった。
「なんですか? これ」
初めて見る紅茶に、ファビアーノは興味津々だ。茶器も見慣れぬものだから、カップ部分に触れて、あちっ、と指を離したりしている。
「東大陸から輸入された“紅茶”だ」
「へぇ、東大陸から」
カルミネの言葉に、ファビアーノはその香りをかぐ。今度はきちんとデルフィーナを真似て、ハンドルを摘まんで持ち上げていた。
「飲み方も必要な茶器も、デルフィーナの発案だ」
「デルフィーナの?」
デルフィーナは〈知っていた〉だけだ。それを発案と言われてしまうのは違和感が半端ない。
飲み方は東大陸でも同じだったようだし、茶器は前世あったものを再現してもらっただけなのだが――工房からすればデルフィーナが考案したと捉えても不思議はない。
「あー、ええと」
デルフィーナはなんと言えばいいか分からず言葉に詰まった。
その隙に、アロイス、カルミネの二人が、これまでデルフィーナが提案した数々の物、現在製作中の物について語り出してしまう。
二人の話に聞き入るファビアーノは、目を輝かせている。
「へぇ! デルフィーナは随分と色々作るんだなぁ」
「私は作っていませんわ……」
実際に作るのは、エスポスティ商会傘下の工房、職人達だ。
秘密裏に作った砂糖と菓子すら、作ったのはアロイスとエレナである。
「でも考えたのはデルフィーナなんだろ? 我が妹は凄いな!」
「いえ、あの」
「元々デルフィーナは可愛くて賢くて凄いと思っていたが! さすが“稀なる人”だな!」
「は?」
今、ファビアーノは何と言ったのだろうか。
デルフィーナの思考は停止した。
「あー……」
「んんっ」
予定外の流れだったのだろう。
アロイスは苦笑いをし、カルミネは軽く咳き込んでみせる。額に手を当てて首を振るクラリッサは、ファビアーノやデルフィーナが何かやらかした時と同じ態度で。
ドナートは諦めたように大きく嘆息した。
「あれっ?」
ようやく空気に気付いたファビアーノが、大人達を見回す。
それからデルフィーナへ視線を戻して、首を傾げた。
「デルフィーナは、前世の記憶持ち、なんだよな?」
「………………」
「だからなんか色々と凄いのを思いつくんだろ?」
(バレてた! やっぱりバレてた!! えっでもいつから? っていうか稀なる人って言い方するんだ?! 私以外にも結構いるってこと?!)
ファビアーノは寄宿学校へ行っており、週末も何かと出歩いているため、最近のデルフィーナの活動について全く知らなかった。だからこそ先ほど叔父達が説明していたのだ。
それなのにデルフィーナが前世の記憶持ちだと知っているのなら、それは当然、他の家族から聞いたということだ。
(怪しまれているとは思っていたけど、でも、こうもはっきりバレているとは思わなかったわ! なんで……今までスルーされてたのに。なんで? なんで今?)
混乱するデルフィーナを宥めるように、隣に座っていたアロイスがそっと背中を撫でてくる。
薄いけれど大きな手が温かくて、緊張で固まっていたデルフィーナを解かしてくれた。
「そのことについて、これから話すつもりだったのだ。お前は先走りすぎだ」
相変わらず落ち着きがない、と父として思うところがある様子で、ドナートが眉根を寄せて溜め息をつく。
「だがまあ、そういうことだ」
気持ちを切り替えたらしく、ドナートはそう言ってデルフィーナを正面から見つめた。
父の視線を受け止めて、デルフィーナはキュッと両手を握る。
その瞳には、責めも恐れも嫌悪もない。打算も喜びも邪気もなかった。ただ事実を事実として受け止め、確認しているに過ぎない。それをチョコレート色の目から読み取って、デルフィーナは身体の力を抜いた。
「ご存じだったのですね」
「ああ」
「打ち明けてくれるのを待っていたのよ。でもその前に貴方は色々と動き始めてしまったでしょう?」
「う……」
クラリッサは苦笑を浮かべている。
確かにデルフィーナは、前世を思い出して、珈琲が飲みたくて、現世にない欲しいものを得ようとして、作り出すために速攻の勢いで動いていた。紅茶のプレゼンに始まり、今までレッスン時間以外はそこに注ぎ込んでいた。
前世についてはバレたら話せばいいか、ぐらいの気持ちでいたため、流してしまっていたのは否めない。
アロイスにはなんとなく察知されているのでは、と疑うことがあったが、家族全員が知っているとは思っていなかった。
「あまりに色々とするものだから、フォローが大変だったのよ?」
デルフィーナの行動を、まるでお転婆を咎めるレベルで話すクラリッサに、男性達は苦笑を噛み殺す。
そんなレベルで話すことではないのだが、彼女はどこかおっとりとしており、危機感がまるでないように思えてしまう。
そう思えるだけで実際のクラリッサはきちんと事態を把握しているから、男性陣も笑うだけで済んでいるのだが。
「そもそもねぇ、こんなものを作っておいて、“約束”をすれば事足りると思ってるあたり、デルフィーナは甘いよねぇ」
アロイスが開けたシュガーポットの中には、デルフィーナの指示で作った砂糖が入っていた。
そういえば、アロイスの口止めをするのを、すっかり忘れていた。ドナートへは筒抜けになるだろうと思っていたが、まさか家族全員が知ることになろうとは。完全に油断していた。
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