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40 三人の苦労

(今回少し短めです)




 皆の流れに合わせて部屋へ向かいながら、エレナはぼんやり昼間のことを思い出していた。

 デルフィーナが変わったと感じたのは、前世を思い出したから、らしい。

 それで、普通の七歳児と少し違っていたのだろう。

 そして今日作った、砂糖とお菓子。あれはその、前世の知識によるものだと分かった。

 きっとこれからも、今日みたいなことがまま起こるのだろう。そのために、アロイスがずっと傍についている。それも理解できた。


 今後に不安はもちろんある。

 けれど、侍女を辞めたいとは思わなかった。


 ちょっと不思議な方だが、お仕えするのが嫌だと思ったことは一度もない。それで十分だ。

 忙しく動いているお嬢様を見れば、エレナも忙しく働く必要が生じるが、それも覚悟の上だ。

 普通の子爵令嬢の侍女とは少し違ってしまったが、面白い体験ができるのは確実。デルフィーナの言を信じるなら、甘味もたくさん味わえそうだ。

 エレナは貰ったクッキーを思い出して、ふふ、と微笑む。


 この時のエレナは、これからも目まぐるしく、普通のメイドだった頃には思いもよらない生活になっていくことを、全く予知していなかった。








 エスポスティ家の家令、アメデオは手にした契約書を検めて総数があっているのを確認して、ドナートへ手渡した。


「遅い時間にご苦労だった。お前ももう下がっていいぞ」


 受け取ったドナートは契約書の全てを、特殊な鍵のかかるキャビネットへとしまった。

 労いと本日の業務終了を言い渡されたアメデオは、いつも通り折り目正しく黙礼するとドナートの執務室を退室していく。


 ソファとローテーブルへ寄ったドナートは、疲れたようにどさりと腰を下ろした。

 そこで待っていた二人の弟は、労うようにワインを注いで渡す。


「これで我が家の心配はひとまず解消、ですね」

「ああ。久々に教会へ大金を納めたな」


 魔法誓詞書の発行は主に教会がおこなっている。似たような契約書類は他でも扱っているが、魔法師の作るものは教会から買うのが一般的だった。

 そもそも国内に魔法師が少ないのだ。

 ある種の治外法権となる教会は、他国で作られたものも教会発行としてバルビエリで販売できる。魔法師の多い国から安く取り寄せればいい収益となる。運ぶのは専ら巡礼の修道士なので、輸送にも困らない。

 今回は一度に枚数を多く求めたため、ドナートは一括でかなりの金額を教会へ納めていた。


「大丈夫でしょう。失った分はすぐデルフィーナが取り戻しますよ」


 根拠がある様子でカルミネが頷く。


「そうだな」


 アロイスとカルミネそれぞれから話を聞いているドナートは、順調に進んでいる商会内での諸々の製作物を思い出す。

 デルフィーナが細部について曖昧にしか覚えていない物の進みは遅いが、クリップやスプリングマットレス、磁器の作製は順調に進んでいる。


「さて、デルフィーナへの説明は明日だな」

「そうですね。ファビアーノも先ほど戻りましたから」


 子爵家嫡男は普段、貴族の子弟が通う寄宿学校へ行っている。毎週末には帰ってくるが、いつもは朝一に学舎を出るところ、今週は夜のうちに戻るよう伝えていた。

 王都郊外、内陸側の広い敷地を有す(貴族学院)は、エスポスティ家の屋敷から見ると王城を挟んだ反対側だ。とはいえ半日もかからない距離。ファビアーノは使用人達を集める前に帰宅していた。


「明日のデルフィーナの予定は?」

「午前は歴史の授業、午後は鍛冶工房へ行く予定です」

「それなら朝食後にしよう」


 ドナートとカルミネは一日屋敷で仕事をするよう調整しており、アロイスはデルフィーナ次第、ファビアーノへは一日空けておくよう早い帰宅を促す手紙で伝えてあり、クラリッサは社交に出るとしても昼以降。

 全員の予定を合わせやすいのは午前、デルフィーナの授業は開始を少し遅くすれば十分間に合う。

 ドナートの決定にカルミネとアロイスは頷いた。


「今夜は早めに休むとしよう」


 既に遅い時間だ。

 今夜に続き、明日もエスポスティ家にとって大事な話し合いが控えている。

 三人はゴブレットのワインを飲み干すと、銘々寝室へと引き上げていった。








「お兄様?!」


 デルフィーナが食堂へ行くと、いつもなら週末、土曜日の午前に帰ってくる兄が席についていた。

 朝食を共に取るのは日曜日の朝ぐらいしかない。それが今日はどうしたというのだろう。

 デルフィーナは席を立って両手を広げたファビアーノにゆっくり飛びついた。

 妹が大好きな兄は、帰ってくるたびデルフィーナを抱きしめる。それに応えないと悄気てしまうため、こうしていつもぎゅぎゅっとハグをするのだ。

 デルフィーナはデルフィーナで、兄に甘かった。


「少し大きくなったか?」

「もう。一週間ではそうそう変わりませんわ」


 抱きしめたまま、ファビアーノは薄茶色のデルフィーナの髪を撫でる。

 数日離れただけで成長しているのではと疑う兄に、デルフィーナは毎回苦笑するしかない。いくら成長期でも、七日でどれだけ変化するというのか。

 子ども特有の細く柔らかい髪を撫でて満足したのか、ドナートが食堂へ来たためか、ファビアーノはやっとデルフィーナを離して席へ戻った。

 デルフィーナも自分の定位置へと着席する。


「お父様、おはようございます」

「おはよう」

「おはようございます」

「今日は朝食後に話がある。食事を終えたらシッティングルームで待つように」


 ドナートの言葉に、ファビアーノとデルフィーナは顔を見合わせた。ドナートが二人へこう言うのは珍しい。それぞれに話があっても、二人同時というのはほとんどないのだ。

 不思議に思ったが、叔父二人と母も食堂へ現れたため、デルフィーナは疑問を抱えたまま朝食を取る形となった。






お読みいただきありがとうございます。


毎回の文量は同じくらいにしているのですが、区切りの良いところで分けると短い回があります。

今回はそれで短めになりました。ご了承ください。


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