表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/140

04 二通の手紙






 エスポスティ子爵の領地は、王都の北西に位置している。


「デルフィーナから手紙なんて、めずらしいねぇ」


 執事から手紙を受け取ったアロイスは、おっとりと微笑んだ。


 少し前まで子どもらしい字を書いていたデルフィーナは、王都の屋敷で手習いを頑張っているらしい。まだ幼さは垣間見えるが安定してきた字に、宛名を見ただけのアロイスは瞳を和ませる。


 領地の見回りから戻ったら、羽馬が来ていた。


 ただの馬より速く駆ける羽馬は、時間を短縮したい時に使う。

 何か変事でもあったのかと一瞬緊張したが、庭で羽馬を休めている騎手に緊迫感はない。

 執事が預かったという手紙は姪からのもので、アロイスはホッとしたところだった。


 エスポスティ子爵の領地は、デルフィーナの曾祖父の時代に婚姻で男爵家から分捕った土地である。

 分捕るとは言葉が悪いが、広いがたいして収益をあげられずにいた貧乏男爵家に融資をする代わり一人娘と婚姻を結び、生まれた子どもに領地も男爵位も継がせたのだ。

 当然子爵位も継いだその子どもがデルフィーナの祖父であり、アロイスの継父だ。


 広さはあるが目立った特産物のない土地は、牧歌的な雰囲気で人も気候も緩やかで優しい。

 おかげで揉め事はあまりなく、アロイスはのんびりと田舎の生活を満喫している。


 刺激が少ないのは確かだが、昨年まで王都で大学に通っていたアロイスは、ずっとせせこましい生活をしていた。だから領地での管理とは名ばかりの暮らしは気安く楽しい。


 国境で多少の小競合いはあるものの、大きな戦のないこの時代、武官になるものは少なく文官は飽和気味といっていい。

 それでも大学を出るほど学のある者なら高官に取り立てられる可能性があったのに、アロイスはその道を選ばなかった。

 元は商人よと揶揄されることが嫌だったわけではない。

 ただ、国に支える官吏になるのは違うなと思ったのだ。


 かといって商人になる姿も明確なビジョンとして浮かばなかった。

 だから今は、やりたいことを探しながら子爵家の助けになる仕事をしている。


 大学に通っていた頃はタウンハウスで生活していたから、姪っ子と離れたのはここ一年くらいだ。

 さて、なにがあって手紙を寄越したのだろう。

 急がない内容なら、定期便の馬車で運ばれてくるはず、と手紙を開く。

 一度ざっと読んでから、再びゆっくり目を通す。


(うーん?)


 手紙に目を落としたまま、アロイスは首を傾げた。

 その様に、となりで見守っていた執事もつられて頭を傾ぐ。


「お嬢様はなんと?」

「うん、なんだか、冗談みたいなことが書いてあるねぇ」

「冗談みたいなこと、ですか?」


 うん、とアロイスは頷く。

 瞬く執事にふんわり笑顔を見せると。


「なんか呼ばれたから、ちょっと王都に行ってくるよ」


 アロイスはヒラヒラと手紙を振った。








 アロイスから返信が来た。

 マナーハウスへ送った羽馬が戻ってきたのだ。


 羽馬は王都の屋敷に二頭しかいない。

 一頭は子爵家の、一頭は商会のものとしてともに子爵のタウンハウスで飼養している。

 緊急時の連絡に使うため、なるべく常に王都に置いておくと決めてある。だからアロイスは騎手に手紙だけ託してすぐ返したわけだ。


(どのみちしばらく王都に居てもらわないとだし、荷物もあるもんね)


 騎手と、飛んでくれた羽馬に礼を言って、厩へ向かう姿を見送る。


(美味しいおやつをもらってね)


 仕事をした羽馬にはご褒美をあげる、子爵家ではそう決まっていた。今回はハチミツをあげるほどではないから、きっとリンゴだろう。

 野生は別だが、人に育てられた羽馬は普通の馬と同じ生活環境と飼料で養える。

 マナーハウスには三頭飼育されていて、定期的にタウンハウスの羽馬と入れ替えられる。

タウンハウスの厩と庭は狭いので、ストレスを減らすためだ。

 馬同様に甘味が大好物なので、ご褒美は甘い野菜や果物がメインとなっている。


 部屋に戻って手紙を開けば、予想通り、数日内に王都へ着くとあった。

 シンプルに用件だけの手紙だ。


 一方で、机の上には先ほど開いた、もう一通の返信――過剰な挨拶や装飾の言葉で綴られた手紙があった。

 すぐに屋敷へ来るかと思っていたブルーノからの手紙だ。


 要約すれば、ドナートかそれに代わる保護者の同席を求める、との内容。


 商談をするなら、当然信頼のおける相手としたい。

 ドナートの紹介状があっても、いきなりデルフィーナと二人での商談は承諾できないということだ。


(そりゃそうか、貴族令嬢とはいえ七歳の女児が、真っ当な取り引きをできるとは考えないよね)


 そしてこの手紙も、きちんと読み解けるかどうか、ひとつのテストなのだろう。

 小手調べにデルフィーナの知能や見識を計りにきたものだ。


(軽率に食いついてこないのは、逆に信頼できるわ)


 ブルーノの判断力に、デルフィーナはにやりと笑う。

 苦労して運んできた紅茶を、買い手が他についていないからといって容易く手放すようでは、貿易商としての商才は低い。

 慎重に動く者の方が取り引き相手としてありがたい。


 茶葉は足の早いものではないから、すぐに買い手が決まらなくても大丈夫と判断したのも評価できるだろう。


(あちらがこちらを試すように、私も貴方を“見て”いるのよ)


 手紙から判断して、アロイスが来てから同席してもらっての商談で問題ないだろう。


(ふふ、楽しみね)


 アロイスの到着で全ては動き始める。

 早く来ないかと、デルフィーナはウキウキ踊る胸を押さえた。







お読みいただき、ありがとうございます。


少しでもおもしろいと感じていただけましたら、下にある【☆☆☆☆☆】を押して評価いただけると嬉しいです。励みになります!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


とにかく珈琲が飲みたいのです!~転生少女は至福の一杯のため、大商人に成り上がります~ 10月10日発売!
187586136.jpg?cmsp_timestamp=20250718175814""


SNSはこちら→X(旧twitter) bluesky
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ