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37 実食1



 味の違いは、きっと砂糖の違いだろう。グラニュー糖や上白糖と比べたら、今日作った甜菜糖は、精製度がかなり落ちる。

 それでもコクと風味があって、悪いわけではない。自分たちで作った物と考えれば上出来だ。十分菓子作りに利用できる。

 このコクのある砂糖が向かない菓子を作るときは、輸入されているサトウキビの砂糖を使えばいい。あちらは精製されているので白く、雑味がないから繊細な味を求める菓子に向いている。シュガーコーティングなど、色が見えるような菓子を作るときは元々正規の砂糖を使うつもりだった。

 上手く使い分ければいい話だ。

 作った砂糖は薄い茶色で、精製する設備もないし、このまま出す訳ではないから砂糖の味の違いが客にバレることもないだろう。


「………………」


 随分静かだな、と思ってアロイスを見上げれば、目を瞑ってクッキーを咀嚼していた。


「いかがですか?」

「……うん」


 一つ頷いたものの、その後が続かない。


「お口に合いませんでした?」


 美味しく焼けたはずだが、と首を傾げると、アロイスはやっと瞼を開いた。


「美味しい。こんなの、初めて食べた」


 そっと、もう一つクッキーを摘まんで持ち上げる。

 しげしげと眺めてから、また口に入れる。味わうように、噛み締めるようにして食べていた。

 口には合ったらしい。が、何か別のことも考えているようだ。

 話す気になるまで待った方がいいだろう。


(さて、問題は、エレナね)


 使用人であるエレナは、一緒に作ったとはいえ、デルフィーナの許しがないと食べられない。アロイスとは立場が違う。

 砂糖作り、ファッジ作り、クッキー作り、全部をエレナは見た。魔法誓詞書による契約はまだしていないが、屋敷に帰ってすぐすれば差し障りはない。

 問題は、どこまで巻き込むかだが――デルフィーナの侍女になった以上、デルフィーナの見るものをほとんど見ることになる立ち位置に、エレナはいる。デルフィーナの意思も、エレナの意思も、関係ない。

 巻き添えに近いが、否が応でも手伝ってもらうしかなかった。


「ねぇエレナ、甘いものは好き?」


 デルフィーナは、少女らしく、けれど主らしく、そっと微笑む。


「はい、もちろんです!」


 甘い美味しい匂いが漂う厨房で問われれば、当然の答え。

 基本、祝祭の時にしか食べられない砂糖菓子。保存食としてあるハチミツ漬けの果実。ハチミツそのものも安価ではないから、たくさんは食べられない。

 たまの贅沢品、口のなかがとろけるような幸せの味を、嫌いなわけがない。

 エレナはアロイスの食す様も見ていて、デルフィーナの続く言葉に期待する。


「そう。私はね、これから色んな甘いお菓子を作るつもりなの」

「え?!」


 今日作ったものだけではないのか、とエレナは目を瞠る。

 一番に作った、ビーツを煮詰めた物。あの大鍋からずっと、甘い匂いがエレナを包んでいる。それを混ぜて作った後の二つも、違った風味の甘い匂いを出していた。

 ここまでくればエレナにも想像はつく。

 今日、デルフィーナが作ったものが何か。

 決して言葉にはしないが、材料も違うし驚きでしかないが、間違いない。


「でも、このことが漏れたら……。私は、お菓子を作ってなんか、いられなくなるわ」


 身に迫る危険がある中で安穏とお菓子作りなど、できるわけがない。

 “砂糖”について漏れたら、確かにデルフィーナは危険に晒されるだろう。

 エレナは途端に青くなった。この砂糖についてはエレナも知識を持ってしまった。危険な情報は持っているだけで恐ろしい。


「貴女が誰にもしゃべらず、私のそばにずっといれば、危険はなにもないわ?」


 にっこりと笑う七歳の少女はとても可愛らしいのに、どこか違和感がある。

 だが知ってしまった危うい物に青くなっていたエレナは気づかない。

 侍女に護衛などつかないし、すがれるのは主たるデルフィーナだけだ。今この砂糖を知っているのはデルフィーナとアロイスとエレナだけ。自分が口を噤んでデルフィーナに張りついていれば、危険はやってこない。


「このことを誰にも言わず、私の侍女を続けるなら、毎日のように甘いお菓子が食べられるわ。……秘密にしてくれるわね?」

「はいっ」


 エレナは目眩を起こす勢いでうべなうように首を振った。

 それにニッコリ笑うと、デルフィーナはバットから冷めたクッキーを一つ取り上げる。


「なら、エレナにもこれをあげる」


 エレナに向かってクッキーを差し出す。

 おずおずと差し出したエレナの掌にポトリと置いた。

 きつね色をした、少しいびつな丸の、小さな焼き菓子。エレナはそっと摘まむと、口の中に入れた。

 静かな厨房に、サクサクという咀嚼音が響く。

 驚いたようにエレナは目を瞠った。


「美味しい、です!」


 アロイス同様、初めて食べた食感と食べ慣れない甘い味わいに、エレナも感動したようだ。

 あっという間に食べ終えてしまったことを惜しむように、飲み込んだ後寂しそうな表情となる。

 デルフィーナは思わず笑ってしまった。美味しいものを食べたときは、誰しも子どものような反応になるのだろうか。


 自分が食べやすいように、火が早く通るように、一口で食べられるサイズにして良かったと思う。


「エレナ、綺麗なハンカチを持っている?」

「はい、あります」


 エレナがポケットから取り出した白いハンカチを広げ、デルフィーナはそれに何枚かのクッキーを包む。

 多いと誰かに見つかるリスクがあるので、エレナが一人でこっそり食べる分だけ。


「誰にも見つからないようにしてね」


 秘密、というハンドサインをしながら渡す。

 受け取ったエレナの顔は喜びに満ちていた。


(飴と鞭の使い方が上手いなぁ)


 スローペースだがずっと食べ続けているアロイスは、二人のやり取りを横目で見ていた。

 アロイスに対してもそうだが、聞いた限りのドナートとの交渉も、ブルーノとの駆け引きも、デルフィーナは既にいっぱしの商人だ。

 エレナもまんまと引き入れに成功したようで、姪っ子の交渉力が覗える。


(フォローはこちらでしておくべきかな)


 詰めの甘い部分は、これから学んでもらうとしよう。

 エレナがデルフィーナを裏切るとは思えないが、何があるかわからない。魔法での誓約は必須だし、本来先にすべきだった。

 もぐもぐとクッキーを味わいながら、アロイスは帰宅後の予定を脳内で立てた。






お読みいただきありがとうございます。

今回は少し短めでした。次回も同じぐらいの予定です。

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