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35 初めてのお菓子作り、ファッジ




「お疲れ様でした。休憩しますか? それとも……」

「お菓子を作ろう」


 長いこと鍋に向き合って作業していたくせに、アロイスはきっぱりと言った。

 エレナを見れば、苦笑している。

 一番疲れているはずのアロイスが休憩を挟まずお菓子作りを希望するなら、それに応えるしかない。

 頷いたデルフィーナは、必要な材料をそれぞれ量って準備した。スプリングが定着したらバネ秤も作ってもらおう。天びん秤で量るのはバネ秤より意外と手間がかかる。

とはいえ火を使わない作業は、自分でやってしまった方が早い。

 買ってきた乳製品を小さい器に必要量だけ用意する。今から作る物の材料はたった四つだ。あっという間に量り終えた。


「では、小さい鍋を出してください。それに、水、バター、さっき煮詰めた物を入れます」

「入れました」


 砂糖作りをほとんどアロイスがしてしまったため、お菓子作りはエレナが率先してするつもりらしい。先に動いて小鍋を手にしたエレナに、デルフィーナはそのまま指示を出すことにする。


「中火――弱すぎず強すぎない火で、混ぜながら溶かして、泡がぼこぼこ立つように煮てください」

「ぼこぼこですか?」

「ぼこぼこです」


 首を傾げるエレナに、デルフィーナは頷く。


「見えた方がいいかな?」


 デルフィーナの身長では、かまどにかけた鍋の中身は見えない。砂糖と違って水分が少ない状態での調理、まして砂糖入りでは焦げやすいため、見えるなら見えた方が指示しやすい。

 素直に頷くと、アロイスは椅子を持ってきてそれにデルフィーナを立たせた。転げ落ちないように、後ろから腰を支える。

 一緒に鍋を覗き込んだ叔父に、ありがとうございます、と礼を言いつつ。次に厨房へ入るときは、絶対踏み台を用意しよう、とデルフィーナは思った。

 そんな考えを他所に、小鍋の中は確実に火が通っていく。


「そろそろ生クリームを一気に混ぜて」

「入れました!」

「ずっと混ぜてて」

「はい」


 ふつふつと泡が立ちながら、鍋の中は変化していく。クリーム状になってきたところで火を弱める指示を出す。とろみがついてきたところで火から下ろしてもらった。


「固まり始めたら、バットに流しましょう」


 準備してあった小さなバットに流し入れてもらった。


 これで冷えて固まれば、ファッジの完成だ。

 もっと火をいれてから固めれば、ハードキャラメルになる。だがほろほろ崩れる食感のファッジの方が、デルフィーナは好きだった。


「木箱の中に、氷とくっつかないようにしてバットを入れておいてください」


 簡易冷蔵庫、どちらかというと保冷バッグに近いだろう、その中に入れれば常温に置くより冷めるのは早い。

 そう、このために牛乳屋で、氷も買ってきておいたのだ。冷たいといいながらアロイスが持ってくれた氷は、そこまで大きくないが、まだまだしっかり塊で、木箱の中はちょうどよく冷えていた。


 クッキングペーパーやラップがあれば、冷えて固まった後のバットからも綺麗に出せるのだが、ここにはないから仕方がない。代用品を考えるにしても、今は無理だ。

 バットにこびりついてしまうのはロスだが諦めよう。もしバットに残った砂糖をアロイスが惜しむなら、お湯を流し入れれば甘い飲み物を作れるだろうから、洗いつつ飲み物にして提供しよう。加熱したミルクを入れてもいいかもしれない。

 そんなことを考えている間に、小鍋の中身はすっかりバットに移動していた。


「これで、固まるまで待ちます」

「え? これも結局待つの?」


 デルフィーナの言葉に、目に見えてアロイスががっくりと肩を落とす。

 砂糖作りの最中からずっと、厨房は甘い香りに満ちている。すぐに食べたい気持ちはデルフィーナにもあった。が、今は我慢だ。


「待ちます。なので待つ間、次を作ります」

「次!」


 まだ作るのか、という表情のエレナと逆に、アロイスの目は輝いた。琥珀色の瞳がきらきらと、ハチミツのように蕩ける。


「オーブンを使うのでそちらの準備をお願いします」


 頷いたエレナは、調理用のミトンをつけると、鉄の扉を開いた。中を覗きつつ、火かき棒で奥に組んだ薪の状態を確認する。


「すぐに使えると思います」


 デルフィーナが考え事をしている間に、エレナは、いつ使ってもいいようにオーブンも用意してくれていたらしい。

 熱さにほんのり顔を火照らせたエレナへ、デルフィーナは笑顔となった。


「ありがとう!」


 これでさくっと材料を混ぜたらすぐに焼くことができる。

 うきうきとしながら、デルフィーナはまた材料を量った。


 バター、卵、小麦粉。

 今日買ってきた少ない材料の中から選んだのはこの三つ。これに作った砂糖を加えれば、一番シンプルなクッキーができる。

 配分を変えれば重めのケーキも作れるが、型がない。今日行った道具街の店には、パネットーネの型はあったが、菓子型はほとんどなかった。

 ベーキングパウダーの無い中で作れるケーキに向いた型は見つけられなかったので、これも作ってもらうしかないだろう。

 だから今日は、手で成形するだけのクッキーを作る。

 シンプルだからこそ、素材の味がよく分かる。出来上がった砂糖の味を確認するにもちょうどいい。


 この世界にはまだ、クッキーというものは存在しない。

 実はクッキーの歴史は浅いのだ。

 デルフィーナも前世で知った時は驚いた。

 アイスクリームの原型が十六世紀にはあったのに、クッキーはアメリカに移住したオランダ人が広めたらしいから、もっと時代がくだる。

 もちろん、焼き菓子というカテゴリーにはたくさんの種類があるから、古くからあるお菓子も多い。なのにクッキーはなかった。ビスケットもサブレも古くからあるのに。

 いわゆるサクサクのクッキーは、近代の食べ物なのだ。


 つまり、今のバルビエリにクッキーはない。

 新しい食べ物として売り出せる。


 保存食として焼かれる固いビスケットはあるけれど、ふわふわのパンはあるけれど、皿を兼ねたようなパイはあるけれど、サクサク食感の食べ物はない。

 バターたっぷりのサブレは酪農が盛んな地でないと作れないし、そういうところにある甘味はハチミツしかないから、デルフィーナが知っているような菓子としてのサブレはおそらくまだ生まれていない。

 ガレットブルトンヌのような焼き菓子と、サックサクのクッキーを作ったら、絶対人気が出るはずだ。

 そしてクッキー類は意外と口の中が渇く。紅茶が進むというものだ。

 あわせて提供すれば相乗効果がかなり見込める。

 紅茶に添えてクッキーを出せば、そこから他のお菓子への誘導もできる。甘味が苦手な人もいるだろうが、砂糖はスパイスや黄金と同じ価値を持つ。せっかく提供された貴重な物を、拒否する人はまずいない。


(サクサクのクッキー、作るぞー!)







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